パブリックトイレのあり方を考える
パブリックトイレをまちに繋げる仕掛け
中川エリカ(建築家)×小泉秀樹(東京大学教授)×山道拓人(建築家)
『新建築』2021年4月号 掲載
本誌では、これまで数回にわたり、パブリック空間における これからのトイレ(=パブリックトイレ)のあり方について議論してきました。この議論を通して、トイレに求められるLGBTや高齢者への配慮、トイレの変化に伴う建築や都市の変化の可能性、これからのまちづくりにおけるトイレのあり方など、トイレに関する視点が広がっていきました。今回は、中川エリカ氏、小泉秀樹氏、山道拓人氏を招き、中川氏がLIXILと共同で進めている地域密着型商業施設のトイレのプロジェクトを起点に、まちづくりに繋がるパブリックトイレの可能性について議論していただきました。今回、中川氏、山道氏には新建築社青山ハウスにて感染予防対策を十分に行った上で座談会に参加いただき、小泉さんはオンラインで参加いただきました。
※文章中の(ex SK1603)は、雑誌名と年号(ex 新建築2016年 3月号)を表しています。
地域密着型商業施設のトイレからまちづくりを考える
──中川さんは地方や郊外における商業施設のトイレを研究されていますが、どのようなきっかけで考え始めたのでしょうか。
中川エリカ(以下、中川)
今回の企画は、LIXILと共に、パブリックトイレの高齢者への配慮について考え直してみようというところから始まりました。高齢者に限らず利用者への配慮として、従来は設備スペースの向上など付加価値を与えるような提案が多かったのですが、パブリックトイレが居心地のよい空間として存在すべきというのは当然のことです。そこで、例えば超高齢社会において高齢者が日常的に利用する施設であるスーパーマーケットやドラッグストア、コンビニエンスストアなどの地域密着型商業施設に着目し、行政の運営に限らないパブリックトイレの再考を試みました。その矢先、新型コロナウイルス感染症が拡大し、緊急事態宣言を経験したことで、高齢者だけではなく、あらゆる世代の人びとにとって地域密着型商業施設がライフラインとして重要であることが再認識されました。地域密着型商業施設がパブリックトイレによって、まちと関係を持つこともあるのではないか。まちづくりと関連付けたトイレづくりの可能性について検討し、この1年間プロジェクトを進めてきました。
利用者を限定しないパブリックトイレづくり
──プロジェクトを進める上で、どのようなことを考えたのでしょうか。
中川
プロジェクトのテーマは大きく5つに整理できます。ひとつ目は、利用者が居心地からトイレを選べるようにすることです。トイレの衛生設備のスペックや用を足すという機能を満たすだけではなく、居心地の選択肢があるようなトイレのあり方を考えました。ふたつ目は、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い浸透した新しい生活様式をトイレの配置計画に関連付けることです。例えば、スーパーマーケットに入店する際、手洗いの代わりに風除室に置かれたアルコールで手を消毒することが当たり前になりましたが、トイレは元もと手洗いの場所を備えているので、従来の計画を見直し、建物とまちの接点に配置することが望ましいのではないかと考えました。3つ目は、水回りの什器をトイレのサインとして活用することです。現状、トイレのサインは、男性用か女性用か、さらにはおむつ替えシートがあるかどうかを、ピクトグラムにして示すことが多いですが、これからの社会において多様な利用者を個別のピクトグラムで網羅するのは難しいと思います。そこで、利用者が入りやすそうだと思うトイレを自ら選択できるようになる仕掛けを考えました。4つ目は、トイレをまちのさまざまな場所に配置することでまちづくりに貢献することです。その際に、住民がまちのトイレを十分に認知できるよう、トイレマップを作成することも考えました。5つ目は、パブリックトイレの運営の仕組みです。住民に参加してもらいトイレの周辺環境のメンテナンスを一緒にするなど、運営に関わる人や仕組みの新たなあり方を考えました。
以上5つのテーマに沿って、ファサードに小商いの場を持っているスーパーマーケット、コンビニエンスストア、ドラッグストアの3タイプの地域密着型商業施設を対象にパブリックトイレを設計しました。スーパーマーケットの店先では、キッチンカーや産地直送マルシェなど小商いによって交流の場が生まれています。コンビニエンスストアの店先では、室内のイートインスペースから溢れた人びとが飲食する場面が見られます。ドラッグストアの店先では、陳列された目玉商品が日替わりのファサードをつくり出しています。こうした小商い、あるいは小商いをサポートする機能によって生まれている店舗のファサードという公共性と、トイレ利用目的での来店が商品の購入に繋がるというデータを鑑みて、小商いの場と水回りやトイレのあり方を合わせて再編集することで、トイレ+αの新しいファサードをつくれるのではないかと考えました。小商いの場を持つ地域密着型商業施設とまちを積極的に繋げる場としてトイレを考えたのです。
小泉秀樹(以下、小泉)
まちづくりに取り組む中で、これまでトイレを中心に考えたことはありませんでしたが、高齢社会の郊外住宅地のあり方を考えた時に、たしかに今のまちにはパブリックトイレが不足していると思います。高齢者は、散歩の途中に急にトイレに入りたくなるということも考えられるので、さまざまな場所にトイレがあることは出かけるきっかけとして大切な要素になります。公園にあるような公衆便所だけではなく、民間事業者が運営する施設に据えられているトイレも重要な役割を果たします。中川さんの提案では、それがさらに積極的な意味を持つようになっており可能性を感じました。
山道拓人(以下、山道)
中川さんの提案では、トイレ+αとしてベンチや棚、荷物置きが設置されており、不足しているまちの小さな居場所を補完する働きがあるように思いました。
また、5つのスタディテーマはトイレの話をしているようでいて、建築の話にもなっていることが興味深いです。特に共感したのが、居心地の選択肢を用意することで、利用者が選べるようにするということです。トイレは人の違いが現れやすい領域で、ジェンダー、福祉、バリアフリーなどに対応すればするほど、その場所を利用してよい人を限定し分断を生んでしまいます。特に日本では、戦災から急速に回復するために、機能を純化することで住宅は住機能を満たす建物として供給し、それ以外を必要とする人たちには別の機能を持つ施設で受け入れるという体制を取ってきた歴史があります。機能を分けて考えることは、その建物を利用できる人を限定してしまう状況をつくり出すことにもなってしまいます。利用者に選択肢を用意することで、こうした体制を見直すことができると思います。
中川
プロジェクトを進める中で、利用者を限定してしまうことでトイレが使いにくくなっているケースをいくつか見ました。建築を設計する上で利用者の特性を調査することはよくありますが、その人のためだけの建物をつくってしまうと結果的に他の人びとを排除することになり、つくった建物が意味をなさなくなってしまいます。みんなが使いやすいようにできるだけ多くの選択肢を用意して、さまざまな人びとがそれぞれ異なる視点で利用できるような環境を考える必要があると思います。
中川エリカ氏とLIXILによる地域密着型商業施設のトイレのプロジェクト
スーパーマーケットのパブリックトイレの提案
スーパーマーケットは、お年寄りから家族連れまで幅広い世代の人びとが利用し、どの時間帯も賑わっていることから、広いトイレや滞在時間の短いトイレなど、さまざまな使い方の選択肢を用意すると共に、アクセスしやすくする必要がある。そこでパブリックトイレを放射状の平面とすることで、どこからでも立ち寄りやすいようにした。また円柱の中に大小ふたつのトイレを用意し、利用者が状況に合わせて選択できるようにした。スーパーマーケットのファサードで見られる、キッチンカーや産地直送マルシェなどの小商いは、パブリックトイレから放射状に突き出した台を利用して行えるようにした。
平面
断面
コンビニエンスストアのパブリックトイレの提案
コンビニエンスストアは、単身で訪れるケースが多い。また、最近になってエコバックを持参する人が増えているが、荷物を詰めるスペースがないためレジ周りに人が溢れてしまう。地方都市の場合、建物はたいてい平屋で階高もおよそ同じ高さになっており、ファサードはガラスでつくられている。そこでパブリックトイレはT型のボリュームにして、コンビニエンスストアのガラスの透明性を生かしながら、コンパクトなトイレをふたつ配置した。外部に面した洗面、軽食用のベンチ、荷詰め台を植栽と合わせて居心地のよい空間を提供できるようにした。
平面
断面
ドラッグストアのパブリックトイレの提案
ドラッグストアは、ベビーカーを押した人や杖をついている人、車椅子に乗っている人の利用が他の施設に比べて多く見られる。また、トイレットペーパーやおむつなど、買い物後の荷物が大きくなることが多い。そこでパブリックトイレは、間口の広さに対応するような門型を基本単位とし、幅を自由に設定した門が連続する立面とした。エントランスから遠い場所では、門のスパンを大きくし、ベビーカーを押した人がそのままトイレにアクセスしてゆっくり過ごすこともできる。ドラックストアのファサードは、その日の目玉商品が並ぶことで日によって変化する。その特徴を引き上げるように、門型の中に商品陳列スペースを設けた。
平面
断面
まちを自分の場所にする仕掛け
──小泉さんと山道さんにこれまで関わったプロジェクトを紹介していただき、まちづくりに繋がるパブリックトイレの可能性を考えたいと思います。小泉さんは、さまざまな地域でまちづくりやコミュニティデザインに携わっていますが、どのようなことを考えてプロジェクトを進めているのでしょうか。
小泉
2012年に神奈川県横浜市と協定を締結し、たまプラーザ駅北側地区をモデルに住民、行政、大学、民間業者が連携して取り組んだ「次世代郊外まちづくり」は、少子高齢化など大都市郊外が抱えるさまざまな課題の解決を目指したプロジェクトです。先ほど山道さんが指摘されたように、日本の郊外住宅地の機能は「住むこと」に純化しています。しかし、それでは新しい世代にとって魅力的なまちにならないですし、長く住み続けている高齢者をサポートすることもできません。そこで、このプロジェクトでは、「コミュニティ・リビング」をコンセプトに、住民の就労、交流、医療、介護、保育や子育て支援、教育、環境、エネルギー、交通・移動、防災といったさまざま役割を持った場所をまちの中に埋め込んでいくことを目指しました。また、同時にコミュニティにおける社会的事業や活動を生み出す仕組みを用意し、多様な事業・活動を場所場所で展開してきました。例えば、まちのさまざまな場所を自分たちの舞台としフラッシュモブのようなパフォーマンスを行うことで、人が移動するだけだった駅前広場や閉じていた団地の広場の場所としての意味や価値を変え、自分たちが愛着を持った場所にするといった活動などが生まれました。
同じく神奈川県横浜市の「上郷ネオポリス」は、2016年に組成した「上郷ネオポリスまちづくり協議会」が中心となって進めているプロジェクトです。2017年に実施した全戸住民を対象としたアンケート調査から浮かび上がった、「買い物が不便」、「住民同士の交流が少ない」などの課題を解決するため、2019年にコンビニエンスストアとコミュニティスペースを併設した施設「野七里テラス」をつくりました。「野七里テラス」は住民が従業員を務めており、アルバイトを含めると地元の高校生から高齢者まで幅広い世代が運営に携わっています。また、「野七里テラス」を拠点にした移動販売もしています。高齢社会では長距離の歩行移動が難しい人もいるため、ひとつの中心だけをつくってもあまり効果がありません。そこでコミュニティ施設の方から住宅街のさまざまな場所にアウトリーチし、パブリックな場所をつくり出すようなことを考えました。車のガレージなど住宅の敷地の一部を借り、そこで移動販売を行うなどさまざまな場所で販売をしています。移動した先で人びとが集まり住民の交流の場所になると共に、売り上げを増やすこともできました。多くの住民が関わることで、住民が「野七里テラス」を自分たちの場所にしようとする意識が広がっていきました。
東日本大震災で津波被害を受けた岩手県陸前高田市の高台に、成瀬・猪熊建築設計事務所らとつくった「りくカフェ」(SK1411)は、震災によって狭い仮設住宅に暮らすことになった人びとが気軽に集まれるまちのリビング(=コミュニティ・リビング)のような場所です。ランチなどの食事を提供する他、コンサートやワークショップなどさまざまなイベントを開催したり、介護予防事業を行っています。「りくカフェ」も地域の人びとによって運営されています。住民が交流をするコミュニティの場所であると共に、地域の人びとが入れ替わり立ち替わり働く場所としての意味も持っているのです。
紹介した3つのプロジェクトから言えるのは、まちのパブリックスペースを、地域の人びとが自分たちの舞台とし、自ら価値をつくり上げていく場所(プレイス)にするような仕掛けをつくることで、まちづくり全体に繋がっていくということです。また、プレイスメイキングを考える際に、公園などの政府が所有する外部空間を対象とするだけでなく、住宅や民間施設の敷地を含めた場所も対象にすることも重要で、まさに中川さんの地域密着型商業施設のトイレに通じるところだと思いました。
──山道さんは、都市的な視点を持って、まちと関わりを持った建築を設計されています。それらのプロジェクトではどのようなことを考えているのですか?
山道
緊急事態宣言下の2020年4月にオープンした「BONUS TRACK」(SK2005)は、小田急線の東北沢駅~世田谷代田駅間の地下化によって生まれた鉄道跡地に建てた兼用住宅群と商業施設です。失われつつある下北沢のまち並みを未来へ引き継ぐことをテーマにしました。既存のまちの中に新しい建物をつくる際、合理性や収益を優先させてしまうと、まちとの間に空間的な断絶が生まれてしまいます。そこで、「BONUS TRACK」ではまず既存のまちとの空間的連続性を考えました。一方で、下北沢は元もと若い人が音楽や演劇にチャレンジする場所でしたが、人気のエリアになったことで家賃相場が上がり、若い人にとってお店を出して自由に活動するのが難しい場所になりつつあるという背景もあります。そこで個人オーナーや新しい業態の若い人が借りられるように家賃から逆算して建物を計画しました。さらに、企業が管理を担う体制になると、設計時の考えが管理者に引き継がれないケースもあるため、建築の利用者の自治を促すための体制づくりや、地域の人びとと場所をつくっていくような仕組みづくりを考えました。それを私たちはコンヴィヴィアル(自立共生的)と呼んでいます。
大きな建物をひとつ建てるのではなくて、全部で5つの小さな建物からなります。敷地の西側4棟は兼用住宅です。1棟を家賃相場から逆算したボリュームでさらにいくつかに分割し、若い人が2階に住みながら1階で商いを行えるようにしました。東側の少し大きな建物は、4棟の兼用住宅のサポート的な位置付けとし、少し大きな店舗や共用のトイレ、ギャラリーをつくってまちの接点として機能するようにしました。敷地内には路地状の広場を広げ、居住者が、どんどん広場にはみ出して商いを行えるようなルールづくりと建物を改造しやすいディテールを用意し、働くことと住むことが混ざり合った状態をつくり出そうと考えました。オープン後は、自主的なお祭りや地元の酒屋さんを呼んだトークイベント、園児と一緒になって道路に落書きをするイベントなどが催されました。来年の春には、私たちの事務所もこの場所に移転し、自ら住民になって地域の人びとと共に場所をつくっていこうと考えています。
「ツルガソネ保育所+特養通り抜けプロジェクト」(SK1707)は、特別養護老人ホームで働くスタッフの子どもを預かる保育所のプロジェクトです。保育所の敷地周辺を広い視点で見ると、約200名の高齢者がいる特別養護老人ホーム、そのすぐ隣に高等学校、その周りに住宅地があり、児童、学生、職員、高齢者、近隣住民といった多様な世代が集まる場所であることが分かりました。このような場合、従来の施設計画では、セキュリティを高めて、異なる人同士の交流を分断してしまうことが多いですが、そうした計画の進め方に対する違和感を私たちも事業者である社会福祉法人も抱いていたので、ここでは保育所と特別養護老人ホームを繋ぎ、敷地全体を通り抜けられる道を計画しました。そして、保育所入口の軒下土間にコンセントやベンチを設け、自動販売機を設置したり、トイレを開放したり、特別養護老人ホームの敷地内にバスケットコートを設置して、多様な世代の人びとが交流する風景をつくることができました。
ふたつのプロジェクトで共通しているのは、従来的な管理の方法を見直して、さまざまな人びとや活動が混ざり合う場所をつくっているということです。新型コロナウイルス感染症でこれまでの価値観が見直される機会が多くなった今、中川さんの提案のような水回りやトイレでは特にチャレンジできることが溢れているように思います。
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公開日:2021年11月24日