パブリックトイレのあり方を考える
パブリックトイレをまちに繋げる仕掛け
中川エリカ(建築家)×小泉秀樹(東京大学教授)×山道拓人(建築家)
『新建築』2021年4月号 掲載
いかに「コモン・リソース」をつくるのか
──中川さんは、今の小泉さんと山道さんの発表を受けて、ご自身が設計されている地域密着型商業施設のトイレに対する気づきはありましたか?
中川
いずれも領域を積極的に押し広げ、コミュニティを掘り当てていくようなプロジェクトで、地域密着型商業施設で着目したことと近い意識を感じました。また、コミュニティとは必ずしも与えられて享受するものと捉えず、住民が参加しながら自らつくっていくものであると考える点に共感しました。パブリックトイレの場合も、利用者が自分たちの場所として捉え、運営できるようになれば、その意識がまちづくりにも広がって、まちの風景を変えることに繋がっていくだろうなという期待を抱きました。コミュニティの財産になるような「コモン・リソース」を住民と一緒になってどのようにつくるのかが、まちづくりの鍵であると思いました。
小泉
そうですね。私たち3人のプロジェクトに共通しているのは、地域の人びとを招き入れる仕掛けづくりを探求していることと、民間の敷地に「コモン・リソース」をつくってパブリックな空間に変えていくことだと思います。近代的な政策は、空間をカテゴライズして特定の機能や目的に特化することで効率的な運営を成り立たせてきましたが、今はその垣根を取り払う方向に舵を切りつつあります。それがおそらくさまざまな人にとって意味のある「コモン・リソース」をつくるということに繋がるのでしょう。
中川
さまざまな人にとって意味のある「コモン・リソース」をつくるためのひとつの方法として、「BONUS TRACK」では、居住者が手を加えやすいディテールをつくっていましたが、地域密着型商業施設のトイレの設計でも、既存技術を応用することでまちに展開しやすくすることを考えました。例えば、外に置かれる簡易な物置の架橋を使ったり、置き基礎ブロックの代用として花壇の土を重しとした植物プラントを使ったり、H型鋼のウェブとフランジを塗り分けて単位を小さくしたり、壁面のガルバリウムをより柔らかいアルミニウムに変えたりするなど、既存の組み立て方を活かしながら、材料を少しずつ変更していくことを考えました。
山道
たしかに、ふたつのディテールには共通する考えがあるように思います。「BONUS TRACK」では、庇や外壁の素材をは居住者が後から選択できるようになっています。また、建築の開口部や基礎沿いにコンクリートの跳ね出しを設け、カウンターやベンチとして使えるように計画しています。建物に手を加えられるようにすることで既存のまちと連続し、住民の手に馴染んでいくようなことを意識したのです。
これからのまちづくりの中で「コモン・リソース」を考える時に、重要になるのは、実は取るに足らないものなのではないかという予感があります。新型コロナウイルス感染症の拡大以前は、手を洗う場所は取るに足らないもののひとつだったと思いますが、今はそれが非常にクリティカルな場所になっています。状況によって取るに足らないものが途端にクリティカルになってしまうことを鑑みると、庇をいじることや外にベンチを設けることなど事業計画や法律からはこぼれ落ちてしまうようなささいなことが、これからの社会では欠かせない要素になったり、利用者にとって大きな楽しみになったりする可能性があるのではないでしょうか。取るに足らないことに目を向け、それがこれからのまちや社会にどのようなインパクトを生むかということを考えていくと面白いですよね。
中川
われわれ建築家は、まちの構成要素として建物のファサードが風景をつくっていると考えてしまうことが多いですが、小泉さんが関わられたたまプラーザ駅北側地区の「次世代郊外まちづくり」で、まちのさまざまな場所を自分たちの舞台にすることで意味を変えていたように、実は人びとの振る舞いやコミュニティのあり方が建物のファサードやまちのエレメントと共に風景をつくっているのかもしれません。その時に、建築未満の要素である、庇や手すり、コンセントといった取るに足らない要素が集積することで建物と同じくらいの意味を持つ部分となって風景をつくっていくのではないでしょうか。そう考えると、地域密着型商業施設のトイレは、ちょっとしたベンチや棚、台など建築未満の小さなものの集合体になっており、パブリックスペースのあり方やコミュニティのあり方にコミットしていけるのではないだろうかと、おふたりの発言を聞いて少し自信が持てました。
小泉
私も同じようなことをまちづくりを進める中で考えています。近代的な都市の考え方は、場所の意味を切り分けていましたが、現代は、取るに足らないものも含めたさまざまな意味を重層的に持たせることが求められていると思います。建築を設計する中川さんと山道さんにとって、その建築的な解決のひとつとして、建物を構成する小さな要素に手を加えられるような仕掛けをつくっているのだと感じました。
ひとり空間をまちに繋げる
──新型コロナウイルス感染拡大を受け、パブリック空間のあり方を考え直す必要があると思います。これからのパブリックトイレはどのようにあるべきか、また、パブリックトイレの視点から、これから求められるまちづくり、地域コミュニティとはどのようなものでしょうか。
山道
新型コロナウイルス感染症の対策として人との接触を避けることが推奨され、元もとニーズがあった個室空間が一層普及し、パブリックな場所でブースをよく目にするようになりました。
小泉
そうですね。ブースはひとり空間と呼ぶこともできると思いますが、社会学者の南後由和さんが指摘されているように、特に日本ではひとり空間をつくる動きが顕著で、ラーメン屋にひとりカウンター席ができたり、最近では駅の中に電話ボックスのようなワークスペースが導入されたりするようになりました。建築を設計するおふたりは、パブリック空間にブースをつくることに対してどのような考えを持っていますか?
中川
ブースを単体でつくってしまうと周辺と分断して孤立してしまうので、プライバシーを担保しながらも、周辺に滲み出させて孤立しない空間をつくる必要があると思います。今回設計した地域密着型商業施設のトイレでは、小商いの場と植栽を織り交ぜながら、まちに滲み出させようとしましたが、そのような周辺との繋がりは大切だと思います。
山道
そうですね。ブースを使わない人にもお裾分けができるような工夫を考える必要があると思います。中川さんの提案のように、既存の技術を使ってベンチや緑や小商いをまちに滲み出させるのは魅力的だと思います。また、ブースをまちに滲み出させるだけではなく、小泉さんのたまプラーザ駅北側地区の「次世代郊外まちづくり」のように、ブースが何かの舞台になったり、機能ではなく居場所として都市に必要なものになったりするようなアイデアを考えることで、まちづくりに繋がるパブリック空間になるのではないでしょうか。
パブリックトイレを通してまちづくりから人の生活を考える
小泉
まちづくりの議論では、イノベーションを生むためにはどうしたらよいのかという問いが優先されることが多いですが、新型コロナウイルス感染症を経験して、生活の場、場所が注目されることが多くなりました。人間は本能的・生理的に生活の場所を求めているということでしょう。今回の議論で、トイレは生活の場の象徴なのかもしれないと思いました。誰もが必要とし、身近である場所だからこそ、パブリックトイレを考え直すことで、生活からまちを考えていくことに繋がると思いました。
山道
世界のパブリックトイレにはまちづくりの中心を担うような事例もありますよね。デンマークではパブリック空間のメインとして駅の中心にトイレを据えており、地域の人びとや駅の利用者はそのパブリックトイレを誇りにして、管理にも携わっています。日本でもパブリックトイレがまちの中心になるようなアイデアを考えていきたいです。
中川
そうですね。普段の建築の中では部分的な役割でしかないトイレですが、今日の議論を通してまちのような広い視点で捉えることが重要だとより強く感じました。住宅では、トイレの音が聞こえるのはよくないという理由で、トイレは住宅の奥に追いやられることも多いですが、音の問題を解消しさえすれば、むしろ高齢者などにとってはリビングとトイレが近い方が便利な場合もあります。従来の先入観を生んでいる根源を探ることで新たなトイレのあり方が見つけられるように思いました。トイレを商業施設のファサードに出すことは従来の価値観では考えづらいかもしれませんが、ファサードに出したからこそ生まれる価値観をこれからも探っていこうと勇気付けられました。
(2021年2月19日、新建築社青山ハウスにて。文責:新建築編集部)
中川エリカ(なかがわ・えりか)
1983年東京都生まれ/ 2005年横浜国立大学建設学科建築学コース卒業/ 2007年東京藝術大学大学院美術研究科建築設計専攻修了/ 2007~14年オンデザイン/ 2014年~中川エリカ建築設計事務所/ 2014~16年横浜国立大学大学院(Y-GSA)設計助手/現在、横浜国立大学、法政大学、芝浦工業大学、日本大学大学院非常勤講師
小泉秀樹(こいずみ・ひでき)
1964年東京都生まれ/ 1988年東京理科大学工学部建築学科卒業/ 1993年東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻博士課程修了/東京理科大学理工学部建築学科助手、東京大学工学部都市工学科講師・助教・准教授を経て、現在、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻教授
山道拓人(さんどう・たくと)
1986年東京都生まれ/ 2009年東京工業大学工学部建築学科卒業/ 2011年同大学大学院理工学研究科建築学専攻修士課程修了/ 2011~18年同大学博士課程単位取得満期退学 / 2012年Alejandro Aravena Architects/ELEMENTAL(チリ)/ 2012~13年Tsukuruba Inc.チーフアーキテクト/ 2013年ツバメアーキテクツ設立/現在、同社代表取締役、法政大学専任講師(山道拓人研究室)、江戸東京研究センター客員研究員、住総研研究員
INAXライブミュージアム「世界のタイル博物館」
株式会社LIXILが運営する、土とやきものの魅力を伝える文化施設「INAXライブミュージアム」(愛知県常滑市)の一角に、タイルの魅力と歴史を紹介する「世界のタイル博物館」がある。
タイル研究家の山本正之氏が、約6,000点のタイルを1991年に常滑市に寄贈し、LIXIL (当時のINAX)が常滑市からその管理・研究と一般公開の委託を受けて、1997年に「世界のタイル博物館」が建設され、山本コレクションと館独自の資料による装飾タイルを展示している。
オリエント、イスラーム、スペイン、オランダ、イギリス、中国、日本など地域別に展示されていて、エジプトのピラミッド内部を飾った世界最古の施釉タイル、記録用としての粘土板文書、中近東のモスクを飾ったタイル、スペインのタイル絵、中国の染付磁器にあこがれたオランダタイル、古代中国の墓に用いられたやきものの柱、茶道具に転用された敷瓦など、タイルを通して人類の歴史が垣間見える。また、5,500年前のクレイペグ、4,650年前の世界最古のエジプトタイル、イスラームのドーム天井などのタイル空間を再現。タイルの美しさ、華やかさが感じられ、時間と空間を飛び越えて楽しむことができる。
所在地:愛知県常滑市奥栄町1-130
tel:0569-34-8282
営業時間:10:00 ~ 17:00(入館は16:30まで)
休廊日:水曜日(祝日の場合は開館)、年末年始
入館料: 一般700円、高・大学生500円、小・中学生250円(税込、ライブミュージアム内共通)
※その他、各種割引あり
web:https://livingculture.lixil.com/ilm/
野老朝雄氏、noiz監修の企画展も開催
DISCONNECT/CONNECT
[ASAO TOKOLO × NOIZ] 幾何学紋様の律動、タイリングの宇宙
会期:2021年4月24日(土)~10月12日(火)※展覧会終了
会場:INAXライブミュージアム「土・どろんこ館」企画展示室
雑誌記事転載
『新建築』2021年04月 掲載
https://japan-architect.co.jp/shop/shinkenchiku/sk-202104/
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公開日:2021年11月24日