これからのまちづくりとトイレのかたち

小さなパブリックトイレを大きな視点で考える

髙橋儀平(東洋大学名誉教授)×根木慎志(元パラリンピアン)×山崎亮(コミュニティデザイナー)×中川エリカ(建築家)

『新建築』2020年8月号 掲載

新建築では、2017年5月号掲載の特別記事「公共空間における個人の自由を求めて」、2020年3月号掲載の特別記事「オルタナティブ・トイレが可能にする豊かさ」にて、パブリック空間におけるこれからのトイレ(=パブリックトイレ)のあり方について議論してきました。そこでは、トイレが変わることで建築のビルディングタイプや都市や社会も変わっていく可能性があることが指摘されました。今回、髙橋儀平氏、根木慎志氏、山崎亮氏、中川エリカ氏を招き、パブリックトイレを考えることを起点として、それに関わる建築や都市のこれからについてお話しいただきました。

撮影:新建築社写真部(特記を除く)

座談会風景。左から山崎亮氏、根木慎志氏、髙橋儀平氏、中川エリカ氏。

これまでのパブリックトイレとその課題

──髙橋さんは、バリアフリーやユニバーサルデザインの計画に関わられてきましたが、これまでパブリックトイレではどのようなことが求められてきたのでしょうか。

髙橋儀平(以下、髙橋)

私は、建築計画・バリアフリー分野などを専門とし、これまで建築や街のユニバーサルデザインの研究に取り組んできました。そして、1970年前半に公共空間における車いす使用者用トイレ、いわゆるパブリックトイレに関心を持ち始めました。当時、屋外に公衆トイレはあったものの、駅や商業施設など公共空間でさまざまな人が使用するパブリックトイレでは、車いす使用者用トイレの整備はまだ行き届いていなく、車いす使用者が遠方に外出する際には、ポータブルトイレを持っていかなければなりませんでした。
国際連合は1981年を「国際障害者年」と宣言し、1994年には日本で初めてのバリアフリーに関する法律といえるハートビル法(高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律)が制定され状況が少しずつ変わりはじめました。公共的な建築物にトイレを設けるときには車いす使用者が利用できるトイレを1以上設けるという整備基準がこの時にできたのです。ハートビル法の制定を受け、宮城県内のイオンモールに「みんなのトイレ」が整備されました。同時期には、水回り機器メーカーや大学の研究者の間で、車いす使用者用パブリックトイレに関する議論が本格的に始まっています。2000年に交通バリアフリー法(高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律)が施行されたことをきっかけに、多くの研究者が、国や県、市町村と一緒になって高齢者や身体障がい者の移動の利便性や安全性の向上促進のための政策について議論するようになりました。2003年には建築物の設計ガイドラインである「高齢者、障害者等の円滑な移動等に配慮した建築設計標準」が改正され、初めて多機能トイレ(便房)という名称が使われました。多機能トイレには、オムツ交換台が追加され、その後オストメイトに対応した汚物流しが設置されるなど、時代に合わせて変化していきました。
しかし、誰もが利用できる多機能トイレを整備したことで利用が重なり合い、肝心の車いす使用者が使いたい時に使えないという問題が発生してきたのです。そのため2006年に制定されたバリアフリー法(高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律)以降には、多機能トイレの機能をトイレ全体に分散して配置する動きが出てきたのです。ただし建物の規模や用途はさまざまなので、小さな店舗では必ずしも機能分散ができるわけではありません。利用者に対しては、いかに設備を分散して利用しやすいトイレ選択の幅を広げられるかが重要だと思います。

3点提供:髙橋儀平

髙橋儀平氏が店舗全体のバリアフリー・ユニバーサルデザイン設計監修を担当したイオン東久留米店(2013年竣工)のパブリックトイレ。大型商業施設で多機能トイレの機能分散を本格的に取り組んだ初めての事例。1:車いすトイレ入口。2:車いすトイレ内部。中央には折り畳み式の大型ベッドが設置されている。3:男性用、女性用トイレそれぞれにオムツ交換台を設置した。

根木慎志(以下、根木)

今、髙橋さんのお話を聞きながら、自分のこれまでの経験を思い返していました。私は1982年、高校3年生だった時に交通事故に遭い、車いすを使用することになりました。当時は車いす使用者が使えるトイレは少なかったと記憶していますが、髙橋さんが仰られたように80年代後半から急激に状況が改善されていったことを覚えています。一方、パブリックトイレをよく利用する立場から見ると、専門家などのつくる側の人たちは、「パブリックトイレはこうあるべきだ」という考えに縛られすぎているように感じます。同じ車いす使用者でも、程度によって使い方は異なります。先ほど「選択肢を設けることが大切」と指摘されましたが、まず選択できなくなってしまっている状況を考え直してみるとよいのかもしれません。さまざまな機能が集まっているからよいということだけではないように思います。

中川エリカ(以下、中川)

私は、これまで多機能トイレを利用する機会はほぼありませんでしたが、子どもが生まれたことで、外出中にオムツを替える必要があり、多機能トイレを使用するようになりました。最近は、ようやく男性用トイレ内にもオムツ交換台が設けられるようになりましたが、それでもまだ女性用トイレにだけしかないことも多く、性差を感じることがあります。オムツ交換を目的として使用する場合、使う機能は限られているので、私にとってその空間は必要以上に広く感じます。同じようなことが他の利用者の方にも言えるのではないでしょうか。多様な人が使えるよう、さまざまな機能を複合した結果、誰にとって機能的なのかということが見えづらくなっているのかもしれません。また「機能的」という免罪符を手に、居心地のよくない空間になってしまっているトイレも多く見受けられます。例えば、街中の公園にあるトイレは隅に追いやられていることが多く、かえって危険な場所になってしまっていることが多いです。トイレを利用する生身の人間を具体的にイメージして設計しなければ、みんなのものであるはずなのに、誰のものにもなっていないという現実に突き当たってしまうのではないでしょうか。

根木

多機能トイレが設置されるようになった当初、女性用トイレの入口の近くに設けられることが多くあり、入るのに結構抵抗がありました。また、ある空港では男性用トイレの入口付近、女性用トイレの入口付近となぜか交互に配置されていることもありましたし、今でも男性用トイレと女性用トイレのちょうど真ん中に不自然に設置されていることもあります。その場所について、他の利用者はどう思っているのだろうと気になってはいたものの、その使いづらさを誰に言えばよいのか分かりませんでした。社会が変化していく中でLGBTなどの性別を問わない利用場面を含め、多機能トイレにはさまざまな役割が求められていることに気づき、自分の経験や使いやすいトイレはどのようなものなのか発信する機会が増えていきました。最近では東京オリンピック・パラリンピックの招致段階から、さまざまな会議に呼ばれて意見を述べることが多く、選手村の計画では早い段階からトイレに関する話し合いの場にも参加しました。

髙橋

日本におけるユニバーサルデザインは基本的には西欧諸国の法制度や実例を参考に検討されています。アメリカの場合、障がい者が抱える課題についても、まず人権の問題として捉えるという社会的なルールがあり、障がい者が使用するトイレは男女それぞれのトイレ内にあるべきだと考えられて整備されてきました。アメリカの場合、車いす使用者が利用するトイレは個室のいちばん奥に配置することが一般的です。日本の場合、場所とスペースの問題、人権意識の低さから男女別にするのではなく、建物に最低ひとつ設けるという方針で整備を進めました。さらに、介助者が女性であることもあり、多機能トイレの多くが、女性用トイレの近くに設けられることが多かったのです。しかし、異性介助のあり方が今度は人権問題として浮かび上がり、男女それぞれに区別した車いす使用者用トイレが要望されたのです。そして今は再び介助の多様化と共に車いす使用者用トイレの男女共用化へと変化しています。

──山崎さんはさまざまな地域のコミュニティデザインに関わり、最近では医療・福祉分野でもご活躍されています。ワークショップを開き、まちづくりについて議論をする中で、トイレに関して議論されることはありますか。

山崎亮(以下、山崎)

まちづくりを検討する際、トイレまで議論を掘り下げることはなかなか難しいですね。パブリックトイレの利用シーンを理解していない人が設計すると、当然ながら使い勝手のよいトイレは実現しないと思いますが、さまざまな人の意見を集め、それを設計に反映させることは重要だと思いました。

髙橋

日本ほど一生懸命にパブリックトイレの整備に取り組んでいる国はありません。パブリックトイレを整備することは、人が安心して外出できるきっかけをつくっているとも言え、その整備のあり方は街中での人の生活やまちづくりを考えることに繋がります。

根木

現在は映画館でも多機能トイレが設置され、席への移動を含めバリアフリーに配慮されたものとなっていますが、かつて映画を観に行く時には、まず車いすで行ける映画館を探すことから始まりました。つまり、どの映画を観るのかは二の次だったのです。小さな子どもや高齢者がいる方も同じでしょう。外出を計画する際、そこに自分が利用できるパブリックトイレが存在するのかどうかを確かめることは必須のことで、つまりそれを逆手に取れば、パブリックトイレが快適だからこそ、人がその場所に行くということも考えられ、街を活性化させる戦略のひとつとしてパブリックトイレの整備ということが考えられるのではないでしょうか。

中川

その通りですね。行きたい場所にオムツ交換用スペースがあるのか分からなくて、外出をためらう人も多いです。また、商業施設内のどこにオムツ交換台があるということも経験則がないと分かりにくいです。パブリックトイレがどこにあり、どのような機能があるのかを周知させることと、周知のさせ方は重要ですね。

山崎

まちづくりのにおいてパブリックトイレを議論する時、誰がそれを管理するのかを検討することも重要ではないでしょうか。商業施設やアミューズメントパークのトイレは管理者が決まっていますが、例えば住宅街にパブリックトイレを整備する場合、使用者として想定される地域住民は自分の家にトイレを持っているため、管理が行き届いていないのであればわざわざそのパブリックトイレを使わないでしょう。管理体制を整えきちんとパブリックトイレを維持することにより、障がい者や高齢者、子ども連れの方が安心して外出できる社会を築くことができるのではないでしょうか。