これからのまちづくりとトイレのかたち

小さなパブリックトイレを大きな視点で考える

髙橋儀平(東洋大学名誉教授)×根木慎志(元パラリンピアン)×山崎亮(コミュニティデザイナー)×中川エリカ(建築家)

『新建築』2020年8月号 掲載

小さな公共空間を大きな視点で捉える

──新型コロナウイルス感染拡大を受け、パブリック空間のあり方を考え直す必要があるかもしれません。これからのパブリックトイレはどのようにあるべきか、またそれを起点として地域コミュニティはどのようなものが求められますか。

髙橋

私は来年開催予定の東京オリンピック・パラリンピック施設のトイレ整備計画に関わったのですが、同伴トイレの問題についてよく議論しました。発達障がいの方や認知症の方などの同伴者が異性であることは少なくありません。そうした状況を考えると、現代のトイレではまず個室化するということ、それに伴って男女共用化するということが求められると言えます。必ずしも男性が小便器を使用する必要がないとすると、オールジェンダーのトイレのあり方に直結し、パブリックトイレの選択肢の幅が広がります。

根木

先日、新国立競技場を見学したのですが、トイレはさまざまな利用者を想定した仕様となっており現代的で使い勝手はよさそうでした。

髙橋

新国立競技場のトイレは短い工期の中で、最大限可能なことを実現しています。ただオープンな都市のパブリックスペースのひとつとして計画した割には、散歩やランニング途中の人が気軽に使うことのできるパブリックトイレが少ないかもしれません。やはり工期や管理の問題が原因であったり、行政の縦割りなどから都市公園として一体的に計画することができにくかったという反省もあります。周辺の街を含めた面的な整備はとても重要ですので、これから少し時間をかけてじっくりとやっていかなければならないかなと思います。

根木

バリアフリーに配慮した新しい施設がつくられても、建物自体はバリアフリーだけど駅からその建物までの道のりはバリアだらけということがよくあります。もう少し街全体で考えていくような広い視点が必要ですね。

髙橋

これまでのトイレ整備計画では、障がい者団体の代表者に意見をもらうことはあっても、パラリンピアンズ協会の方からお話しを伺うことはありませんでした。パブリックトイレに限りませんが、今回、東京オリンピック・パラリンピックに関係した施設整備にあたり、根木さんをはじめとするパラリンピアンズ協会の方がたにお話を聞く機会があり、新たな発見も多くありました。

山崎

川崎市は、東京オリンピック・パラリンピック大会の開催を契機に、すべての人が活躍できる社会を構築するために川崎市と市民が一緒に取り組む運動「かわさきパラムーブメント」を推進しています。これに共感し、私はいくつかのワークショップを手伝いしました。お隣の横浜市では障害者差別解消法に基づくまちづくりのプロジェクトに携わりました。自分と環境との間にさまざまな障がいを感じている方がたが参加するワークショップを繰り返したのですが、中にはワークショップ会場まで来るのが難しいという参加者がいました。そこで、ワークショップをオンラインで行うことにしたのですが、オンラインで開催したことによって多様な人がたくさん参加してくれました。ある時、パソコン画面に映る参加者の背景の部屋がとても綺麗に整理整頓されているのでお話しを聞くと、その方は視覚障がい者でした。物を探しやすくするため、つまずいて転倒する危険を避けるように部屋の整理整頓を徹底しているそうなのですが、後日ワークショップの参加者たちで、その人の部屋を訪ね整理整頓の方法を学びました。こうした状況こそパラムーブメントと呼べるのではないでしょうか。多様な特性を持った人が、それぞれお互いに学ぶべきべき知見や経験を持っています。これからの長寿社会では、さまざまなことに障がいを感じることが多くなるでしょう。そのような時代だからこそ、多様な人同士が一緒に話し合って物事を進めていくことが大切なのではないでしょうか。そして、そうした取り組みの中でパブリックトイレの画期的なプロトタイプが実現できるとよいと思います。

中川

パブリックトイレは言わば小さな公共建築ですが、それは決して寸法だけで決められるべき場所ではなく、さまざまな経験を折り合わせながら大きな視点で考えていくべきだということが分かりました。また、すべての人が使う場所なので、自分にとっての気持ちよさや便利さを、誰もが実感を持ってフェアに議論できる場所であるとも感じました。だからこそ、利用者の生の声や要望を拾い上げたり、あるいは根木さんが新虎ヴィレッジでしてくださったように利用シーンを実演してもらって先入観に捉われない事実を知ることが重要なのだと思います。
新型コロナウイルス感染拡大を経て、パブリックトイレは手を洗う場所としても意識されるようになるかもしれません。これまでの洗面台の計画は、ひとり当たり20秒間手を洗う想定で個数算定されているようなのですが、新型コロナウイルス感染症対策として30秒間の手洗いが推奨され、利用時間が増えました。そうなると従来とは計画の前提条件が変わりますが、ただ洗面台の数を増やせばよいというわけではないでしょう。手を洗うことについて、利用者がどのような意識を持っているのか意見を聞き、それらを擦り合わせながら新しい水回りのあり方として考えていきたいです。

髙橋

新型コロナウイルス感染症対策として、3つの「密」に対応した空間を考える必要があると思いますが、それに対応できるかは建物のボリュームにもよることが大きいです。ただ単に、3密を避けてトイレの設置数を少なくすると待ち時間が長くなってしまい、かえって危険になってしまいます。やはり適度な分散とトータルなトイレ環境づくりが鍵になるとみています。

根木

外出自粛期間、自宅の周辺を散歩する機会が増えました。これからは時間の使い方、1日の過ごし方に変化が現れるでしょうから、先ほど中川さんが仰っられたように公園のトイレがもう少し使いやすいものであればよいと思います。そうすれば、車いす使用者や高齢者の方がトイレの場所を心配することなく出かけられるようになるでしょう。
また先ほどの山崎さんの発言のように衛生用品の売店を設けるなどして、災害時に衛生面を担保する役割を担うような場所にしていけるのではないでしょうか。公共の場所だからこそ、みんなで工夫し、投資する意義を見つけられるとよいと思います。

髙橋

災害の問題は重要であり、災害時のトイレ利用において男女の区別は関係ありません。むしろ個人の尊厳や人権が重要になってくるので、パブリックなトイレ整備はそのようなこととも関係しているのです。そうしたことが、避難所である小学校や中学校の施設整備の中で自然に考えられていってほしいと思います。今年はバリアフリー法が改正され、公立小中学校のバリアフリー整備が義務化になりました。それがトイレに関する利用や教育全体の話にまで直接繋がっていませんが、施設整備がトイレ教育や人権問題を考える入口になるはずだと思っています。

山崎

子どもたちが小学校入学から中学校卒業までの9年間で、多様な人が使える選択肢のあるトイレを当然であると学ぶことは、街のパブリックトイレを変えることにも繋がりそうですね。街のパブリックトイレを変えていくよりも時間はかかってしまうかもしれませんが、ある年齢層のスタンダードを高いレベルに変えることが、着実に社会全体を変えていくことに繋がるように思います。

(2020年7月3日、東京・京橋にて 文責:新建築社編集部)

髙橋儀平(たかはし・ぎへい)

髙橋儀平(たかはし・ぎへい)

1948年埼玉県生まれ/ 1972年東洋大学工学部建築学科卒業/同大学工学部建築学科助手、助教授、教授を経て、2006年ライフデザイン学部人間環境デザイン学科教授/ 1994年ハートビル法建築設計標準、それ以降国のバリアフリー法、建築設計標準に関わる/2015年より国立競技場をはじめ東京都2020大会各競技場のユニバーサルデザイン整備に関わる/現在、東洋大学名誉教授

根木慎志(ねぎ・しんじ)

根木慎志(ねぎ・しんじ)

1964年岡山県生まれ/2000年シドニーパラリンピック車いすバスケットボール日本代表キャプテン/現在、日本財団パラリンピックサポートセンター推進戦略室 あすチャレ!プロジェクトディレクター、日本パラリンピック委員会運営委員 2020東京パラリンピック競技大会 副村長

山崎亮(やまざき・りょう)

山崎亮(やまざき・りょう)

1973年愛知県生まれ/1995年メルボルン工科大学環境デザイン学部/1997年大阪府立大学農学部卒業/1999年大阪府立大学大学院修了/SEN環境計画室勤務/2005年にstudio-L設立/2013年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了/2011年京都造形芸術大学教授/2014年東北芸術工科大学教授

中川エリカ(なかがわ・えりか)

中川エリカ(なかがわ・えりか)

1983年東京都生まれ/2005年横浜国立大学建設学科建築学コース卒業/2007年東京藝術大学大学院美術研究科建築設計専攻修了/2007~14年オンデザイン/2014年~中川エリカ建築設計事務所/2014~16年横浜国立大学大学院(Y-GSA)設計助手/現在、横浜国立大学、法政大学、芝浦工業大学、日本大学大学院非常勤講師

INAXライブミュージアム「窯のある広場・資料館」4点画像提供:LIXIL

INAXライブミュージアム「窯のある広場・資料館」

愛知県常滑市に設けられた株式会社LIXILが運営する土とやきものの魅力を伝える文化施設「INAXライブミュージアム」。その一角にある「窯のある広場・資料館」が2019年秋にリニューアルオープンした。
常滑は日本六古窯のひとつに数えられる900年以上の歴史を持つやきものの街で、明治に入ると土管などの生産が始まる。この「窯のある広場・資料館」も1921年に操業し土管、焼酎瓶、タイルなどの製造を開始する。常滑市内にある窯の中でも最大級であったが1971年に操業を終え、1986年にINAXが資料館として一般公開。1997年には国の登録有形文化財(建造物)に登録されたが、煙突の耐震や窯の煉瓦の劣化があり2015年に調査を開始し、その後、保全工事が行われ創建時の外観が蘇った。
登録有形文化財であるため保全工事は慎重に進められた。高さ22mの煙突は、煉瓦すべてに番号をつけて解体し、内部をRC造につくり替え、元の位置に張り直す作業が行われた。煉瓦造の窯は、耐震性能の向上に有効な手段を講じることが困難だったため、窯自体の耐震補強をあきらめ、内部に鉄骨フレームによる安全領域を確保し、見学スペースとした。屋根瓦も劣化が激しいため再利用できず、土葺きから桟葺きに替えて軽量化を図った。現在汎用しているサイズでは合わなく表面の色むらも趣があることから、淡路島で昔ながらの製法で瓦を焼いている山田脩二氏の協力による7,000枚の瓦が使われた。
煙突の保全工事中に地震による倒壊と復旧の痕跡が見つかるなど、建物維持に対する情熱が垣間見えたこともあり、ここで働いていた人たちのものづくりに対するスピリットがここかしこから伝わってくる。ぜひ足を運んでいただき「ものづくりの熱」を体感してほしい。

煉瓦造の窯内部。プロジェクションで窯焚きの工程を再現している。

煉瓦造の窯内部。プロジェクションで窯焚きの工程を再現している。

1階展示室。職人たちの様子をスコープの中に映像で再現している。

1階展示室。職人たちの様子をスコープの中に映像で再現している。

所在地:愛知県常滑市奥栄町1-130
tel:0569-34-8282
営業時間:10:00 ~ 17:00(入館は16:30まで)
休廊日:水曜日(祝日の場合は開館)、年末年始
入館料: 一般700円、高・大学生500円、小・中学生250円(税込、ライブミュージアム内共通)
※その他、各種割引あり
web:https://livingculture.lixil.com/ilm/

雑誌記事転載
『新建築』2020年8月号 掲載
https://japan-architect.co.jp/shop/shinkenchiku/sk-202008/