これからのまちづくりとトイレのかたち
小さなパブリックトイレを大きな視点で考える
髙橋儀平(東洋大学名誉教授)×根木慎志(元パラリンピアン)×山崎亮(コミュニティデザイナー)×中川エリカ(建築家)
『新建築』2020年8月号 掲載
パブリックトイレからまちづくりを考える
──東京都港区虎ノ門に期間限定で設置された「新虎ヴィレッジ」のコンテナトイレを中川さんが設計されました。計画にあたり根木さんの意見も反映されたようですが、どのようなことが議論されたのでしょうか。
中川
昨年10月から今年3月までの6カ月間、期間限定でさまざまな人や団体、企業パートナーがオリジナルのコンテンツやイベント、ショップを持ち寄るスペースとして新虎ヴィレッジがオープンしました。その中でパブリックトイレの新しいかたちを提案することになりました。短期間かつ低予算でトイレをつくることを目的に、コンテナ内にトイレをつくってはどうかという要望がある一方で、さまざまな人の来場が予想されるため多機能トイレが必要でした。サイズが決まっているコンテナでは、想定する利用者数に適した便器の数と、従来のサイズの多機能トイレを両立するのは難しかったのです。そこで根木さんにご意見をいただき、従来のものとは異なる多機能トイレをつくろうという話が持ち上がりました。マスキングテープを床に貼って寸法を確認し、実寸で多機能トイレのゾーニングをスタディしました。計画当初、中途半端に狭いトイレになりそうだったのですが、根木さんから「もっと狭い方が掴まる所が増えて便利」という予想外の一言をいただき、柔軟に考えられるようになったのです。
新虎ヴィレッジ コンテナトイレ
- 設計
- 中川エリカ建築設計事務所
担当/中川エリカ 齋藤韻 - 施工
- 渋谷(コンテナ)
丹青ディスプレイ(内装) - コンテナ面積
- 13.50㎡
- 階数
- 地上1階
- 工期
- 2019年9月
根木
条件についてお話しを伺うと、新虎ヴィレッジではハイスペックな多機能トイレは求められておらず、そんなに広いスペースは必要ありませんでした。私のように自分で車いすから便器に移乗できる人には、普通のトイレくらいのサイズの方が使いやすい場合もあります。もちろんこれは私個人の意見であって、同じ車いす使用者でも利用シーンは異なり、求められるパブリックトイレのかたちはさまざまなのです。
中川
個室の中で車いすから便器に移乗するのではなく、個室の外から扉を開けた状態で移乗し、扉を閉めて用を足すという使い方を教えていただきました。トイレ個室内に専有の余白を設けるのではなく、むしろ外に出すことで共有のホワイエのような場所になり、車いす使用者だけでなく、ベビーカーやトランクなど大きな荷物を抱えた人たちにとっても使い勝手がよくなるかもしれないと考えました。新虎ヴィレッジのコンテナトイレの設計では、従来の多機能トイレのゾーニングがいかに先入観に捉われていたのかを実感する貴重な経験となりました。
──新虎ヴィレッジでは、パブリックトイレの未来を考えるイベント「Future Public Sanitation LAB~パーソナルでパブリックな公共トイレの未来~」が開催されました。イベントではワークショップが実施され、多くの子どもたちが参加されたようですね。
根木
子どもたちからは大人が想像もしないような面白いアイデアがたくさん出ました。現代社会では、従来の概念を変えることや多様性を認めることが求められてきていると思いますが、基準や過去の実績は情報として必要ではあるものの、先入観に捉われないことで多様なアイデアが生まれるのだなと感じました。ワークショップを経験した子どもたちが、将来建築家として活躍してくれれば、きっと未来には素敵なパブリックトイレがたくさん実現するでしょうね。
髙橋
私はさまざまなプロジェクトでバリアフリーやユニバーサルデザイン計画に関わっているのですが、例えばパブリックトイレの便房入口の寸法を100mm変えるだけでも、これまでとは異なるトイレ空間になるのではないかと常々考えているのですが、従来とは異なるものをつくろうとすると部品や建材の生産・供給システムの問題などに直面します。山崎さんはさまざまな地域でワークショップをされていますが、大勢の意見をどのようにしてまとめ、どのようにして目的を達成しているのでしょうか。
山崎
大人とワークショップをする場合、まず先入観を突き破るような体験をしてもらうことが重要です。パブリックトイレについてのワークショップを実施するのであれば、導入として参加者全員でパブリックトイレの清掃をしたり、もっと極端に言えばそこをトイレ以外の利用、例えばコワーキングスペースとして仕事や打ち合わせ場所として使ってみたりする体験を参加者で共有すると面白いかもしれません。従来のパブリックトイレをブレイクスルーするようなアイデアを考えるなら、まずはトイレを綺麗に磨き、トイレをトイレではない場所として捉え直してみるとよいのではないでしょうか。そうすれば、そのあり方を柔軟に考えていくことができるようになると思います。一度、既成概念から外して考えることで、「これはどう? こんな使い方もできるよ!」というように思考が広がっていくことが多いです。
また、先ほどもお話したようにデザインなどのハード面だけではなく、維持や管理といったソフト面の提案をすることも重要です。ワークショップでは、合意形成と主体形成というふたつを同時に進めていきます。どんなにデザインのよいトイレができても、使用者や管理者を組織化するようなサポートがないと機能しません。海外ではトイレ入口前にキオスクがあり、そこでオーデコロンなどを売り、稼いだお金をトイレの維持管理の財源として利用する例もあり、そのように具体的な運営方法まで考える必要があると思います。
髙橋
運営だけではなく、使い方の教育も大切です。車いす使用者用トイレや多機能トイレだと、障がい者の方以外は使ってはいけないという意識になりますね。機能分散すると、尚更そういう意識にさせられるかもしれません。多機能トイレの機能分散は本当に使いたい人が困らないようにするための知恵と工夫です。どんな人が多機能トイレを使うべきなのか、意識できるか否かが重要です。自分がパブリックトイレを使うことで、困る人がいないのかどうか考えてほしいですね。しかし、緊急時の場合は誰でもいちばん近いところにある、しかもお湯の出る設備がある多機能トイレを使いたいと思うかもしれません。そのことは間違いではないし、誰も咎めることはできません。要は適切な使い方を理解してもらうようなトイレ教育をすることで、オルタナティブなパブリックトイレが活かされるのです。
山崎
トイレ教育の例として、フィンランドのヘルシンキ現代美術館(キアズマ)のリノベーションが挙げられます。リノベーションに際して、美術館のトイレがすべてオールジェンダーに変わったのですが、トイレ入口のピクトグラムを更新するにあたり、かつて男女でトイレを分けていた頃のピクトグラムの痕跡を意図的に残し、新しいものがその跡の直上に設置されました。つまりピクトグラムとその痕跡がトイレの歴史を教育するような仕組みになっているんです。そのような実践については日本でも参考にすべきであると思います。
髙橋
それは凄くよいアイデアですね。
──中川さんは、LIXILと共同して郊外における商業施設内のパブリックトイレの計画を検討されているそうですね。
中川
先ほど根木さんが「トイレが快適だからその場所に行く」とお話しされたように、パブリックトイレの居心地や使い勝手がよければ、より外出しやすくなる方がいるのではないでしょうか。トイレは個人的な場所である一方、もっと広い視点で考える必要があるのかもしれません。街の中でどこにあるトイレがたくさんの人の意識を変えるのかと考えた時、コロナ禍に重宝された、日常生活や地域に密着しているスーパーやドラッグストアのトイレに可能性があるのではないかと考えました。先ほど議論になった管理の問題もありますが、商業施設ならば多様な人が使いにくることを前向きに考えられるのではないでしょうか。現在、LIXILと共同して企画検討をしており、近いうちに商業施設オーナーやビルダーなどに向けた提案をする予定です。
髙橋
コンビニエンスストアを舞台に考えてみても面白いかもしれません。コンビニは全国で6万店舗近くあり、多くの人が普段から利用しているため、地域拠点として日常のみならず災害時の活用も考えられます。
山崎
まず先行的にどのようなパブリックトイレを設ける必要があるのかを考えてから、それに付加する商業施設を検討するというように、主従関係を逆転させて考えてもよいかもしれません。そうすればパブリックトイレを地域コミュニティのハブとして機能させることができるのではないでしょうか。例えば、パブリックトイレの隣で有機野菜を販売するというのはどうでしょう。パブリックトイレで排泄し、畑に流し、それを肥料に作物をつくって、またパブリックトイレの隣で売る。パブリックトイレで食料の生産・消費サイクルが形成され、そこが正に地域の食料自給の拠点になるわけです。エベネザー・ハワードは著書『明日の田園都市』(1902年、1898年の初版時にはタイトルが『明日(to-morrow)』であった)で田園都市のあり方について、中心(=都市)から放射状に道路が広がり、同心円状にゾーニングされたダイアグラムを提唱しています。このダイアグラムをよく読み込んでみると、中心に位置する都市で住民が排泄すると、汚物が下水道を流れ、郊外の畑で肥料として使われていることが予測できます。栽培された作物は地上の道路を通って、都市に運ばれ販売されるというサイクルが構想されています。もしかしたら、このようにトイレを起点として生産・消費のサイクルを見つめ直すこともできるかもしれません。
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公開日:2021年07月21日