これからのパブリックのトイレを考える
公共空間における個人の自由を求めて
鈴木謙介(社会学者)| 永山祐子×萬代基介×羽鳥達也(建築家)× 門脇耕三(建築学者、監修)
『新建築』2017年5月号 掲載
3名の建築家による提案の考察
公共空間でひとりになれる場所
永山祐子×萬代基介×羽鳥達也(建築家)×門脇耕三(建築学者)×中村治之×石原雄太(LIXIL)
パブリックトイレをどう捉えるか
門脇
3名の建築家に、テナントオフィスビルを舞台としてこれからのパブリックトイレを提案していただきました。そのアイデアについて、今回はLIXILの専門家の方にも参加いただき議論できたらと思います。アイデアを考えるにあたってまずパブリックトイレの現状や課題を整理しましたが、それについてどのように思われましたか
永山祐子(以下、永山)
率直なところ、私は全部のトイレがジェンダーニュートラルなものになったらどうしようと少し不安に思いました。まず、見ず知らずの男性とトイレを共有することに抵抗感がありました。さらに、女性は化粧直しや身だしなみを整える場所としてもトイレを利用するので、そういう姿を男性に見られるのも嫌だなと感じたのです。しかしアイデアを考えていく上で、飛行機のような公共の乗り物ではトイレに男女の区別がなく、そんなに気にならないことに気付きました。乗り物では大きな音が伴うことや、人の密度が高いことなどからか他の場合に比べてトイレに対しての意識が薄くなっているように思いました。つまりある条件によって、トイレ自体のあり方は大きく変わるのではないでしょうか。そのため、男女共有となった場合に感じる抵抗をひとつひとつ上手く解消していけば、もしかしたら普通に使えるものになるかもしれません。
萬代基介(以下、萬代)
僕も当初違和感がありました。しかし、駅にある「だれでもトイレ」は男女共用ですし、可能性はあるのかなと思います。先ほど永山さんが仰られたように前提条件が問題になるのではないでしょうか。どのくらいのコミュニティでトイレを共有しているのかを考えてみる必要があると思います。
羽鳥達也(以下、羽鳥)
大規模なテナントオフィスビルだと利用者も不特定多数になってくるので、トイレで人と会うことが気まずくなる時もあります。よく知っている人なら挨拶や会話が生まれるかもしれませんが、知っているけれど親しくない人や何となく知っている微妙な関係の人と会うと何だか気まずく感じる時があります。そういう人に限ってよく会ったりするのですが(笑)。トイレでの姿を見られるというのは、生物として素の情報が漏れているわけですから、同性だろうと異性だろうとあまり気持ちのいいものではありませんよね。
門脇
最も動物的な行為である排せつの場を共有することにはやはり抵抗感があるのでしょうね。オフィスビルではたくさんの人が働いていますから、セクシャル・マイノリティのみならず、さまざまなマイノリティがいる可能性がありますが、同時に顔なじみが多い場でもあります。そこが今回のポイントだろうと思います。そもそもLIXILさんはどのようなきっかけで、ジェンダーニュートラルのパブリックトイレを考えるようになったのでしょうか?
石原
ニューヨーク市など事例のように海外での動きがきっかけです。LGBT(Lesbian Gay Bisexual Transgender)の方を含む幅広い人を対象に、アンケートやインタビューをして情報をストックし分析しているのですが、トランスジェンダーであるために、男女で分けられたトイレに入りづらくトイレに行くこと自体を我慢する人がいることが調査から分かりとても衝撃的でした。
門脇
鈴木謙介さんの論文でも、東日本大震災震で被災した視覚障がい者の方を例としてその点を指摘されていました。われわれが思う以上にトイレに行きづらい状況の人はいて、それはもはやマイノリティに限られない問題なのでしょう。
中村
中には、「だれでもトイレ」を使いづらいという方もいました。オフィスの他、特に商業施設では人目が気になったり、「だれでもトイレ」を利用して出る時に人と鉢合わせするのを気にする方がいるようです。「だれでもトイレ」は車椅子の方が使うもの、女性トイレは女性が使うものというルールが社会にあって、トランスジェンダーの方は、周りから見て一目でそれが分かるわけではないので使いづらく躊躇してしまうそうです。ルールとのズレに苦しみ、結果的に体調を崩してしまう方が多いようです。
プライベートとパブリックを同時に考える
門脇
社会の実態に社会常識が追いついていないことが問題なのだと思いますが、そうした問題のかなりの部分は、建築的な配慮で乗り越えられるかもしれませんね。永山さんはどのような案を検討されましたか?
永山
私はまず使い勝手のよいトイレ空間を考えました。子どもを育てるのは女性の仕事だと認識されているからかもしれませんが、女性用トイレには子どものオムツを替えるスペースがあるのに、男性用トイレにはない場合があります。多様な働き方が求められる現代では子どもをオフィスに連れて来ることも十分あり得るでしょうし、男性でも子どものオムツを替える必要が生まれるかもしれません。今後は男女で区別して機能が整備されることはなくなるのではないかと考え、トイレ内での行為を性別問わず個室内で完結できるように手洗器、鏡、ベビーシート、収納などを設けたトイレ案を考えました。
また、トイレ内で人と鉢合わせしないように動線を一方通行にしてすれ違いが少なくなるようにしています。個室も縦横交互に配置することで視線を遮り、さらに長手側面から入ることで、出入りの時に視線が他人と合いにくくなっています。男女共用とすることで、器具数算定による必要な便器の個数が減り、面積に余裕が生まれたので、その余剰スペースを人が集まるカジュアルな場所にできないかなと思いました。女性が連れだってトイレに行くように、コミュニケーションをする場でもあるので、トイレ回りにそのような場所があれば、待ちながらコミュニケーションが取れる場になり、さらにこのオープンスペースでミーティングが行えたりと余剰空間の可能性が広がります。
門脇
ひとりの空間に属すべき機能とそうでないものを分け、動線を整理した空間が提案されていますね。トイレで人と鉢合わせするのが嫌なのは、ひとりになろうとしていることを誰かに気付かれることが気持ちよくないと思うからでしょう。ワンウェイはその点で優れた発想だと思います。
永山
そうですね。現状の男女別のトイレはそれぞれに出入口がありますが、男女共有にしてそれらを入口と出口に変えてしまうと考えれば意外と現実的な案で、簡単に改修ができるのではないかと思っています。誰かオフィスの改修を依頼してくれませんかね(笑)。
門脇
永山さんの案はとてもリアリティがあり、今すぐにでも実現できそうです。萬代さんはどのように考えられましたか?
萬代
僕は同じオフィスで働く人がいつも同じトイレを使うことに抵抗を感じました。例えば上司とばったりトイレで会ってしまうように、意図せずトイレに集まってしまう可能性があると思うのですが、そのような状況に対して僕は逃げ場をつくりたいと思いました。今回は、基準階フロアが積層するオフィスビルが舞台なので、逃げ場として上下階を利用するというように選択肢を与えることができるのではないかと思いました。男女共用とすると器具数算定による便器の個数が減り、上下階を繋げて考えることでさらに便器の個数を減らして考えると、ひとつあたりのトイレを使う延べ人数が圧倒的に増え、トイレ利用者の匿名性が高くなるのではないかなと思いました。以上のようなやり方で、既存のオフィスのトイレを改修すると余剰空間が生まれます。そこを、お茶をする休憩スペースとして利用したり、身体を動かすトレーニングマシーンなどを置いたり、オフィスで働く人がリフレッシュできる共有空間とすることができるのではないかと考えました。現代のトイレは遮音性や換気能力などの公衆衛生技術が非常に高くなっていますし、配管などを含めてトイレ回りの自由度はこれからさらに向上するのではないかと思います。例えば極端な話、ご飯を食べるところの横がトイレでも特に気にならなくなるようになるかもしれません。そのような仮定をして、今回のパブリックトイレでは、すぐ横がカフェスペースになっています。
また、従来のテナントオフィスビルのトイレでは、一般的な大きさの個室と「だれでもトイレ」というふたつの大きさの個室しかありませんでした。そのようにどちらかしかないという選択肢は限定されたものであり、それ故に「だれでもトイレ」ですら使いづらいという状況が生まれているのではないでしょうか。
そうではなく、さまざまな大きさのトイレがまずあって、結果として大きいトイレが「だれでもトイレ」としても使えるというようにするとことがデザインとして大事だと思っていて、多様性に対する受け皿としてそのようなトイレのあり方があるのではないでしょうか。
門脇
永山さんの案と萬代さんの案は対照的です。永山さんは一方通行というかたちで行動に制約を課していますが、萬代さんは行動を多様化し、その雑踏の中でプライバシーを保とうとしている。両方ともあり得る回答なのではないかと思いました。どちらの案も個室の空き状況を知らせる電子デバイスなどが必要になるのでしょうね。
羽鳥
僕は萬代さんの案の上下階移動にとてもリアリティを感じます。最近はトイレでの人の滞在時間が長くなっているためか、僕が働くフロアのトイレは常に混んでいて、いつも違う階のトイレに行っています。そうすると普段はなかなか会わない人とトイレで出会い、コミュニケーションが生まれることがよくあるのですが、萬代さんの案はそのように上下階の移動をポジティブに考えた提案で共感できます。
萬代
そうですね。生まれた余剰空間に付け加える機能を階ごとで変えれば、上下階の移動がより活発になり、コミュニケーションを誘発することができるのではないかと考えています。縦移動をすること自体もよい運動になりますし、トイレと健康を組み合わせて考えました。
永山
コアの階段をセットで考えているのがリアリティありますよね。実際に賃貸オフィスビルではコアの階段を使って上下階移動しているようですし、あり得る提案だと思いました。フロアにボイドを空けることは実際には法規の問題などで難しいかもしれませんが、それを提示して見せることは大切だなと思いました。
門脇
羽鳥さんはどのようなことを考えられましたか? 羽鳥さんの案もワンウェイですね。
羽鳥
ワンウェイという点では永山さんと共通しています。永山さんの案は、男女共有になりスペースをコンパクトにすることで生まれた余剰空間を交流スペースとする提案ですが、私は便器の数を増やし長い滞在時間に応えられるようにすることから考え始めました。知っている人がいるという限られた領域を前提として、プライベート空間を考える場合、壁をつくるなどの建築本来の遮断する技術が活きてくるのではないでしょうか。この前、人に聞かれたくないプライベートな電話をオフィスでする必要があったのですが、どこを探しても人を気にせず電話ができる場所がないことに気付きました。それは、裏を返すとオフィス空間の豊かなパブリックさを示すことでもあると思いますが、さまざまな事情を抱えた人を同時に招き入れることができるという多様性とプライバシーは対になっていると思いました。僕は電話をしたくてひとりになりたかったのですが、ひとりになりたい目的は人それぞれで違います。そのため個人の欲求をトイレの中で最大限満たすことができるように、空気的に縁が切れている超遮音性の高い個室を考えました。壁の遮音性を極限まで上げることで、個室で叫んだり音楽を大音量で聴いたりすることもできます。匿名性を追求するという点では萬代さんの案と似ていますが、異なる点としては、そもそもトイレに行ったのかどうかも分からない状況のつくり方を考えました。
門脇
ジェンダーは個人的な事情のひとつであると一般化して捉えると、匿名的に閉じこもれる場所を確保するだけで、もっといろいろなことが解決できるのかもしれません。そういう場所を用意してこそパブリックが豊かになるという主張は示唆的です。皆さんの案を見ると、男女別のトイレをやめると便器の数を減らすことができ、面積的に有利になることは共通した発見のようです。その他にどのようなメリットが考えられますか? また何か新しい技術が必要になることはありますか?
永山
プライベートな空間を整理していくと、副産物としてパブリックな空間が生まれてくるので、プライベートとパブリックは対として考えていくべきと分かりました。オフィスのフリーアドレス化に見られるように、昨今では何でもオープンにしていく傾向がありますが、トイレは唯一プライバシーを確保できる残された聖域なのではないでしょうか。今回の私の提案では、割と簡単な操作でさまざまな要求に応えられていると思うのですが、そんな大それたことをしなくても、トイレの個室をひとりのための機能がきちんと備わったものとして、動線も少し整理して考えるだけで答えは生まれるのではないかと思いました。排泄空間としてトイレの個室を考えるよりも、着替えなどをするひとりのための空間にトイレが付いているというように考え方を少し変えることが大事かもしれません。
石原
われわれメーカーはトイレの個室を主に排せつの場として考えてきました。しかし、今回のアイデアを見ると、これからはひとりで過ごす空間としてトイレを考え直す必要がありそうで、個室に求められるものも変わってくるのだろうと思います。
萬代
僕はトイレの入り方にも多様性を持たせることができるのではないかと思いました。個室をアイランド状に配置し、いろいろな方向を向いたトイレをつくることで、個室の扉が並ばないようにしています。そうすることで、ちょっと物陰からトイレに入ることができるようになり、人目を気にして出入りする必要がなくなるのではないかと思いました。アイランド型のトイレコアは階ごとに配置に変化を持たせているので、排水の技術は必要になると思います。既存のオフィスビルはトイレが男女に分かれているのでこれからの時代改修が求められると思うのですが、その時に何か新しい技術があってそれを上手く使えると可能性は広がるのではないでしょうか。
中村
われわれはまだ開発に至っていないのですが、萬代さんの案では無勾配排水の技術が有効かもしれません。LIXILでは「HOUSE VISION 2 2016 TKOYO EXHIBITION」で出展した「凝縮と開放の家」にで試みた給排水を上方で処理する開発に取り組み始めるなど、新しい試みには挑戦しています。
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公開日:2017年12月25日