対談 5

パブリック・トイレから考える都市の未来 ──
オフィス、サービス、そして福祉的視点から

浅子佳英(建築家、進行)× 吉里裕也(SPEAC,inc.)× 中村治之(LIXIL)

インターネット・サービスで変わるトイレ利用の仕方

浅子

今日偶然発見したのですが、「Good2Go」というサービスがあります。カフェなどの商業空間のトイレを共同で使うためのアプリで、サンフランシスコですでに運用されています。とても面白いサービスなのですが、前提を共有するために、アメリカの商業空間のトイレ事情について簡単に説明しておきます。

冒頭で日本では百貨店やコンビニが公衆トイレの機能を担っているという話をしましたが、ニューヨークにはパブリック・トイレが本当にありません。地下鉄の駅の構内にすらない。理由は単純で、2001年の「アメリカ同時多発テロ事件」(9・11事件)があって、撤去されたからです。とはいえ、まったくないとなるとさすがに困るだろうなと思って、どうしているのか聞いてみたところ、みんな口を揃えて困った時はスターバックスに行くと言うのです。たしかに、ニューヨークは街じゅうにスターバックスがあります。ただ、トイレの使い方が日本とはかなり違っています。レジでコーヒーを買うときに店員にトイレを使いたいと伝え、レシートにスタンプを押してもらう。それがトイレの鍵を解錠する番号になっているんですね。このように、アメリカの商業施設では鍵付きのトイレが当たり前になっています。「Good2Go」はウェブサービスで同じことをやろうというものです。スマートフォンのアプリで鍵をドロップできるような仕組みになっていて、地図で登録してあるお店を確認し、それらのトイレを使うことができる。しかも、使用中で待つことがないように、近くの空いているトイレを見つけてもくれる。日本ではまだ鍵付きのトイレが少ないので、そこをどうクリアするのかという問題はありますが、「パブリック・トイレのゆくえ」のひとつの形態として、そういう方向にシフトしていくかもしれないという予感があります。

浅子佳英

浅子佳英(あさこ・よしひで)
1972年生まれ。建築家、デザイナー。2010年東浩紀とともにコンテクスチュアズ設立、2012年退社。作品=《gray》(2015)、「八戸市新美術館設計案」(共同設計=西澤徹夫)ほか。著書=『TOKYOインテリアツアー』(共著、LIXIL出版、2016)、『B面がA面にかわるとき[増補版]』(共著、鹿島出版会、2016)ほか。

吉里

「Airbnb」のような民泊のサービスでも似たようなことが起こりそうですね。自分の住んでいる家や空いている部屋をネットを介して貸すというのが民泊の仕組みですが、おそらくオリンピックのような大きなイベントがあると、トイレの絶対数が不足する。そのときに「うちのトイレ、1回100円で貸します」というような人が出てくるかもしれません。

浅子

スマートフォンの爆発的な普及を背景に、近年は既存のルールや慣習に縛られない新しいウェブサービスがどんどん出てきていて、「Airbnb」のような民泊もそうですし、タクシー業界では「Uber」のようなサービスも出てきていますね。

吉里

「Uber」は、マップ上で行きたい場所をタップし配車ボタンを押すと、近くで空いている車が数分で来てくれるというサービスです。いま車がどこにいるかも地図上でリアルタイムで確認できるし、なにも言わなくても目的地まで運んでくれる。目的地に着いたら料金はクレジットカードから自動的に引き落とされ、メールで領収書が送られてくる。従来のタクシーに比べ格段に便利です。ポイントは、運転手がタクシー免許を持たない普通の人たちだという点でしょう。日本だと当然タクシー免許がないと営利目的で人は乗せられませんが、アメリカではもともとタクシーの少ない地域もあるせいか、車を持っている人が空いている時間を使ってタクシーのようなサービスを提供できるようにしたんです。最近では、グーグルマップとも連動して非常に使い勝手がよくなっています。

浅子

「Uber」はとにかく便利で、ニューヨークで一度使ったらそれなしで生活することが考えられなくなり、その後ずっと利用することになってしまいました。感覚としては、電車の乗り換えナビのアプリを初めて経験したときと似ているかもしれません。点と点が直接つながる感覚と言ったらいいか、いちいち時刻表を調べなくても、アプリの指示に従うだけで自動的に目的地に着いてしまうというあの感覚──。あれによって移動時間の感覚そのものが変わりましたよね。そういう点と点をつなげることに特化したサービスが「Uber」です。

吉里

点と点を直接つなげる「Uber」は、車の自動運転の感覚を先取りしている部分もありますよね。商業施設のトイレもパブリック・トイレだと捉えると、駅前など一部のエリアに集中しています。このようなターミナル駅間を移動すると、トイレがある商業集積地域を点と点で直線的に捉えているような感覚になります。

Uberアプリの画面

ニューヨークで「Uber」を使ってみる。(提供=浅子佳英)

浅子

まさにその通りだと思います。あの感覚がなんなのかうまく説明できないのですが、ここに都市の未来の可能性――もしかしたら問題点かもしれません――が、ある気がしますよね。たしかにいままでは、商業施設は1カ所に集中しているほうがよかった。しかし点と点を移動して、その中間の移動時間は完全に自由に使えるとなれば、都市の形態そのものも変わってくるかもしれません。

未来志向のトイレを考える

中村治之

シェアオフィスの普及など働き方が変わっていくなか、LIXILもトイレをいままで以上に柔軟性のあるインフラにしていきたいと研究を進めています。その一環として、たとえば、車椅子の方が使えるトイレや男女共用のトイレはどこにあるのかなど、その人にあった情報をIoT(Internet of Things)などのテクノロジーを活用して提供することを考えています。パブリック・トイレが今後どうなっていくのか研究していくなかで、男女共用トイレの場合、女性に限らず抵抗のある方も多いと思いますが、実際にアンケートを採ってみると3割くらいの方が最初は使ってもいいと答えていらっしゃるんですね。さらに障害者やLGBTsなどの利用者の方たちの背景を知ってもらうと、5割くらいまで許容度が上がるということがわかってきました。

中村治之

中村治之(なかむら・はるゆき)(右)
株式会社LIXIL マーケティング本部 セールス&マーケティング統括部 スペースプランニング部 スペースプランニングG

吉里

男女共用でもいいかどうかは、不特定多数の人が利用する商業施設と顔の見える30人くらいのオフィスとではまた変わってきそうですね。その際、ポイントになるのは安全性と清潔感でしょうか。

中村

その2つは最低限のポイントですね。女性が男女共用トイレに抵抗をもつのは、男性が小用で使ったときに汚すことがあるからです。しかし、それも入室管理できるようになると、みんなきれいに使うように変わっていくかもしれません。

浅子

入室管理というのは、誰が入ったのかわかるようにするということですか。

中村

スマホで鍵を開けるとなれば、利用者はある程度特定できますね。

浅子

うむむ、メリットはわかるものの、かなり管理社会感がありますね。

中村

もちろん個人情報としてどこまで開示するかということはあります。そのあたりはまだ議論の余地がありますが、ある程度自分で使ったことに対する責任はもってもらい、それによって清潔さを保つということですね。

吉里

公衆トイレであれコンビニのトイレであれ、トイレはパブリックでありながら唯一、人が個人になれるスペースですよね。セキュリティのために監視カメラを付けるわけにはいかない独特の場所です。

浅子

オフィスのトイレもそうですね。いまはシェアオフィスだけでなく、オープンオフィスやバーチャルオフィスなど、さまざまなタイプのオフィスが増えてきて、昔のように、ある部署の同じ部屋の自分のデスクにずっといるということは少なくなっています。そうなるといままで以上にひとりになれる場所がありません。あまり褒められたことではありませんが、スマホでSNSなどをチェックするためにトイレに立った経験のある人も少なからずいると思います。それ以外にも、共同体のなかでやっていくのが苦手な人は、トイレの個室でご飯を食べたり休憩したりするというのもよく聞く話です(それは同時に現代のトイレが清潔になっていることの裏返しでもありますね)。そういう意味で、トイレは共同体や不特定多数の人のなかで個人になることができる最後の砦ともいえます。

吉里

トイレを入室管理すれば、セキュリティ上はよいでしょうし、共用トイレの心理的な抵抗も減るのかもしれませんが、個人の最後の砦であるはずのトイレという空間は……。

浅子

消滅の危機ですよね……。折角なので、もうちょっと大きな枠組みの話をすると、「WeWork」や「Uber」の例もありましたが、いまは大きな時代の変わり目で、IoTのテクノロジーが世界中をフラットにしていっています。地域間の差異がなくなり、企業もグローバル化が進んで、どこに行ってもスターバックスがあるという社会。19世紀、20世紀の、モダンと言われた時代とは異なる新しい社会が進行しつつあります。もともと近代とは、社会の近代化だけではなく、人間の近代化も意味していました。そのなかで人間は近代的な個人として規律訓練され──学校やオフィスなどがその典型ですが──みんな同じ格好をして同じ時間にやってきて同じことをやらされる。これが近代のモデルだとすると、やはり僕たちはそれとは違うところに半歩くらい踏み出してしまっている。その歩みは今後も止まらないでしょう。では、そのときにどういう人間像になるのか。これは思想家の東浩紀さんをはじめ、何人かが言っていることですが、人間はある意味で動物化するというんですね。僕自身そういう実感はあって、こういうイベントに出るときですらスーツは着ないし、満員電車は嫌だし、同じことをずっとやり続けることが苦手です。また、休日と平日の差もなく、遊んでいるのか仕事をしているのかわからないような働き方になっている。とはいえ、下(シモ)の世話をどうするかということは、どうしても最後まで残ってしまうと思うんですね。

そのほかにも、たとえば男女共用トイレにしても、先ほどの話にあったように、男性は立って用を足すことに慣れているので、腰掛け便器でも立ってしてしまい汚れる。だから女性からすると一緒に使いたくないとなる。小便器というものがあって、これまで男性が立って用を足すことを強いられてきた側面がある。ですから、「近代的な〈人間〉としてちゃんと生きなさい」という圧力が弱まったとしても、最終的にトイレの問題だけは残ると思います。

中村

今回のイベントに先立って打ち合わせをさせていただいたときに、吉里さんが「じつはトイレはそんなに変わっていない」とおっしゃっていたのが印象的でした。逆に言うと、これから変わる可能性があるということですから、私たちのようなトイレをつくっているメーカーからするとフロンティアになりうるのだと考えることもできます。男女共用トイレということで言えば、まだまだ考える余地はあると思っています。いままでは男女で分けることが利用者への配慮だったわけですが、LGBTsの方など必ずしもそうじゃない人がいるということを考えたときに、どういうトイレのあり方があるのかは、さらに一歩踏み込んで考えていく必要があります。

吉里

トイレは都市のなかでプライバシーが確保されたスペースです。だからこそ化粧をしたり授乳をしたり、用を足す以外にもきわめてプライベートなことができる。そういう機能を集約させたのがいまのトイレだとすると、女性トイレが充実していくのはわかりやすい現象です。

浅子

そうなると、トイレだけが多様な性に対応して共用化して、それとは別にプライベート・スペースができるという可能性もありますね。そこは男女で分かれるのかどうか。現時点では、男性で化粧をする人は少ないですよね。

中村

化粧まではいかなくても、男性でも身だしなみを確認したいという人はいますよね。ただこれまでなんでもトイレのなかに取り入れてきてしまったんですが、もう一度考えてみる必要があるかもしれません。多目的トイレと言われていたものが多目的になりすぎて、トイレとして使いたい人がいざというときに使えないという事態も出てきています。そのため、いまは国のほうでもある程度機能を分散させようという流れになってきています。

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公開日:2017年12月27日