対談 2
パブリック・トイレからはじまるまちづくり ──
「希望の営繕」へ向けて
内田祥士(建築家)× 藤村龍至(建築家)| 司会:浅子佳英
パブリック・トイレが背負うさまざまな文脈
内田:
個人的には公共施設にしてはやや踏み込みすぎであるとの印象も受けるのですが、仮設にもかかわらずこうした施設が実現できたのは、ワークショップ的な雰囲気のなかで市民の要請を引き出すことができたからなのでしょうか。
藤村:
住民らの要請を引き出してかたちを与えたというよりも、建築家が具体的なかたちを提示しながら意見交換のなかで出てきた複数の要望に矛盾しないような着地点を見出していくようなイメージでした。
大宮では意見交換会に出席する来場者のタイプが大きく2つに分かれていました。地元に住む地権者などまちづくりに関心のある方々と、必ずしも大宮ベースではない方を含む商工系の方々です。それぞれの主張は多少異なるところがあって、「大宮の顔としてこうあるべきだ」という議論と、「商業地の論理としてこうあるべきだ」という議論とが、微妙にずれながらも部分的に重なっているような緊張関係がありました。
例えば商工系の人からは、大宮駅前では賃料が高く新しい商業プレーヤーが出てこられず、コンテンツが均質化して街の魅力になっていないため、駅前の公有地を若い事業者が短期間専有して事業のきっかけをつくるチャレンジショップとして使えるようにするべきだという要求がありました。一方でまちづくり系の方々からは、それでは商業の論理に占められてしまう、利権が発生するのではないかという指摘があり、もっと休憩スペースのようなイメージが話し合われていました。実現したテラスはどちらにも矛盾しない地点でバランスしています。
そのような経緯で副産物のように生まれた屋上テラスなので、当初予算のなかでエレベーターの設置は諦め、2期工事での設置を想定していたのですが、途中で市の上層部から「大宮のこれからのまちづくりの起爆剤となるよう始めた事業なのに、ユニバーサルデザインの条件を満たしていないなんて本末転倒だ」と意見があったとのことで急遽追加予算がつくことになり、竣工にあわせて設置されることになりました。暫定的に整備される施設にエレベーターを設置するのはライフ・サイクル・コスト(LCC)の観点からは少々異例なのですが、政治の層で掛けられるべきコストが決まるという意味で、われわれはこれを「ポリティカル・コレクトネス・サイクル(PCC)」と呼んでいます。
内田:
なるほど。コレクトネスが具体的なデザインに落とし込まれているのですね。この施設には自転車置き場も付いていますが、駐輪場とトイレのどちらを施設のメインの機能とすべきかといった議論はあったのでしょうか。
藤村:
Suicaを用いて自転車を借りる「コミュニティサイクルポート」の駐輪場も、トイレと同様この土地にもともとあったものです。さいたま市としては、もっとこれをプロモートしたいという意志もありました。そこで既存の駐輪場には屋根がなかったのですが、屋根付きにしてコミュニティサイクルの利用者を増やすことを理由のひとつとして、より公共的なテラスをつくる論理の一部に取り込みました。
利用率を上げる工夫として、電照式サインも設計しました。電照式サインは公共施設よりも商業施設で用いられるケースが多いのですが、竣工後に公共施設に張り紙や宣伝用の幟などが増える問題への解決策として、視認性の高い電照式サインを導入したわけです。今後は公共施設でも積極的に使われていくアイテムではないでしょうか。
浅子:
商業と公共のバランスが建築の具体的な設えにも影響を及ぼしているということですね。トイレの中も、いわゆる公衆トイレ然としたような殺風景なあり方ではなくて、もう少し雰囲気のある設えになっていたのが印象的でした。
藤村:
照明デザインやカウンターの素材、見切り材など、公共施設にはあまり見られない材料は使われていますね。素材の効用はインテリアにとどまらず、周囲にも影響を与えるものとしています。トイレがこの場所でもってしまう「奥」をどう打ち消すかという問題は《OM TERRACE》のテーマのひとつでした。ルメウォールと呼ばれる半透明の壁材を使うことで、突き当たりに位置するトイレの「奥」が最も明るくなるようにしています。壁の向こうは裏道的な通りになっているのですが、その通りも夜中でも中の光が外に漏れて明るい雰囲気になるように、アーバンデザイン的な配慮をしています。
浅子:
公共トイレには暗く怖い場所というイメージがつきまとってしまいがちですが、ルメルーフのトップライトから光が漏れてくるので、非常に明るく爽やかな雰囲気がつくりだされていましたね。
内田:
早ければ5年で壊される可能性がある一方で、実際には使用期間が定まらないので、通常の建物と同様の仕様でつくられているとのことですが、このような矛盾が生じている原因として、発注者側の空地に対する要請の多様化、あるいは曖昧化があるのだと思います。おおむね短期間という要請を背景に、しかし申請上は通常の建物として建設せざるえない建物の維持管理を考えるというのは、けっこう大変なのではないかと思います。市民的な要請の背景は、相当複雑なんでしょうね。
藤村:
実際に、パブリック・トイレが背負う文脈は多くなってきていますね。
浅子:
「矛盾」というとネガティブに聞こえますが、商業と公共の関係と同様、仮設と恒設の架け橋をつくるようなある種の二重戦略がこれからの設計者には求められていくのだと思います。
街の維持のためにトイレの議論を深める
浅子:
昨日、大手町駅でトイレを改修している様子を見かけたのですが、入り口に金色に輝くねじれたルーバーの装飾があって、ずいぶんと豪華な仕様でつくられていました。何より驚いたのが、誰もそのことを気に留めていない様子だったことです。駅のトイレでさえ、現実には多くの部分が商業的な雰囲気に変貌しつつある。それらのトイレの設計者がどのくらい意識的にやっているのかはわかりませんが、ある種の「おもてなし」的なものが社会のユーザー側から要請されていて、トイレ自体が公共と商業の間で揺れ動いているというか、両者を切り離せないものにしつつあるということでしょう。
内田:
そうなると、利用者が「おもてなし」されているという感覚をいつまで持ち続けられるかという問題が出てくるのではないでしょうか。建築が人を「もてなす」ためにはかなり高度なレベルの性能と仕様が求められますから、仮設的な施設であればあるほどそれを維持するのは難しくなる。もしも竣工時に近い姿を維持することが「おもてなし」の条件だとすれば、仮設的であればあるほど、その能力は短命化するはずです。商業施設であれば交換によって商業価値を維持できますが、公共施設の場合は、本来、収益とは無関係にその価値を維持すべきなので、商業的な価値の維持は難しい。そのような相違を背景とする公共施設らしい回路が用意されていないとすれば、それはいつか問題化するでしょうね。
藤村:
所有や管理の問題もでてきますね。《OM TERRACE》でも竣工後、トイレ自体を行政財産として扱うか、それとも普通財産にして指定管理者が自主事業を展開し、施設を使用しながら再投資の費用を稼いでいく仕組みをつくるべきかという議論がありました。
内田:
今度は公共投資とは別の投資をすることになるわけですね。
藤村:
そうですね。公共予算の積み増しによって「おもてなし」レベルを維持していくのは難しいので、例えばテラスを貸し出すなどして民間の資本や活力を積極的に導入するのがよいのではないかと考えています。《OM TERRACE》でも映像を投影するスクリーンが設置できたり、ベンチの下に電源が仕込んであったりと、将来的に民間事業者に有料で貸し出すことも想定した設計にしていますが、駅前のような商業ポテンシャルが高い場所で貸し出しをすると利権が発生するので、どのように公益性を説明して運営していくべきかということが課題となります。近年は道路や街路を貸し出すタイプの公共空間利活用の事例も増えてきているので、それらの枠組みを参考にしながら、将来的には私が副センター長を務める「アーバンデザインセンターおおみや」(UDCO)が運営者の役割を担っていけたらと考えています。そのためにまず協議の場をつくり、地元の代表者らを交え、そもそもどのような目的のためにこの場所を運営するべきなのか、その方針を定めていければと話しています。
大宮では今後も公共施設再編が進み、区役所や市民会館が移転し、玉突き型で更新が始まることが計画されています。その過程で街のところどころで空き地が生まれることになるのですが、それをただ空き地のままにするのではなく、戦略的に利活用するための仕組みをUDCOでつくろうとしているわけです。そのためには最初にルールづくりが必要になるのですが、《OM TERRACE》のテラスがその仕組みの最初のモデルになればと考えています。
内田:
なるほど。施設単体だけをとってみれば矛盾を抱えているようにも見えるけれども、今後の街の動きをふまえて考えると、テラスの活用の仕方の議論を深めておくことには意義がある。街全体を維持するために、空間を生かしたままスムーズに動かしていくような再活用のあり方を藤村さんは目指しているということですね。
浅子:
都市計画と単体の建築を架橋するつくり方もさることながら、土地や街を生き物と見なすような捉え方も面白いですね。
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公開日:2017年08月31日