「ユクサおおすみ海の学校」水回りユニット「ライフコア」レポート

廃校利用の可能性を広げ小学校はより公共的な場所へ

川畠康文(Katasudde 代表、大隅家守舎 代表、プラスディー設計室 代表)×
石井健(Kadasudde 役員、ブルースタジオ 執行役員)+大島芳彦(Kadasudde 役員、ブルースタジオ 専務取締役)×
白井康裕(LIXIL)

新建築』2018年9月号 掲載

生活の核となる機能を集約した水回りユニット

──今回「ユクサおおすみ海の学校」には、宿泊個室2室にLIXILの「ライフコア」が導入されています。「ライフコア」の開発経緯についてお話しください。

白井康裕(以下、白井)

2011年頃から、当社内で「ライフコア」のプロジェクトがスタートしました。今後人口が減り社会が縮退していく中、建築のストックが増加し、リフォームやリノベーションの機会が増えることが考えられること、また、近年家族形態も変化しひとり暮らしやふたり暮らしが非常に増えてきているので、住宅の間取りを含めてこれからの住みやすい家とはどういうものか考えたいという思いがきっかけとなっています。
「ライフコア」は、これさえあればとりあえず暮らしができるという風呂・トイレ・キッチン・洗面という生活の核となる機能を集約した水回りユニットです。「ライフコア」は、給排水を床下ではなく上方で処理しており、躯体床から完全に独立しています。つまり、水回りを部屋のどこにでも配置することができ、部屋の自由なプランニングを可能にしているのです。「HOUSE VISION 2016 TOKYO EXHIBITION」という展示会で、坂茂さんと協働させていただき、生活に必須なものをすべて兼ね備えながらも、簡潔明瞭かつ自由自在な住まいづくりのひとつのあり方を「ライフコア」を使って表現しました。このHOUSE VISIONの展示会でブルースタジオのみなさんにも実際に「ライフコア」をご覧いただきました。

白井康裕白井康裕

大島:

「ライフコア」のお話をお伺いした時、被災地での使用も想定されていたように記憶しています。被災時に体育館などの避難所で生活しなければいけないという時に、そこに「ライフコア」をぽんと置くとすぐに生活ができる空間となる、というところが非常に素晴らしいコンセプトだと思いました。ちょうど同時期にこの「ユクサおおすみ海の学校」のプロジェクトを進めていて、小学校という空間はそのままで設備やインフラを変えて宿泊施設へ変更するというものなので、「ライフコア」による舞台転換の方法はこのプロジェクトと非常に親和性があると考え、一緒にやりませんかとお声掛けをさせていただきました。

石井:

最初は、このプロジェクトでどう使うかというよりも、LIXILさんと一緒にこの「ライフコア」ユニットそのものがいったいどういう場面で使えるだろうか、という議論からスタートしました。その中で、宇宙船のような「ライフコア」のユニットがこの小学校の空間に舞い降りてきて、空間はそのままでそこはもう宿泊施設に変わっている、というふうにできると面白いと考えました。
構造体と屋外までの配管ルートの関係上、校舎中間部分の部屋に水回りを設置するのは難しかったので、配管を屋外に逃がすことが容易であった1階の奥の2部屋を個室として、そこにそれぞれの「ライフコア」を導入しています。いちばん奥のかつて職員室だった部屋には、「ライフコア」のコンセプトをシンプルに表す、コンセプトモデルとしての宇宙船型のユニットを、その手前のかつて校長室だった部屋には、LIXILさんが標準的なプランとして検討されていたタイプのユニットを入れています。

白井:

宇宙船型のユニットは、コンセプトを分かりやすく表現するためユニットが宙に浮いているように見えることが重要でした。ユニットは最小サイズとして、下部には排水を上部へ上げるポンプユニットが、上部には配管がそれぞれ出てきますから、設置する部屋にはどうしても高さが必要となります。設置する部屋のみ天井を解体して現しとし、ギリギリの寸法の中で設置高さを設定しました。

川畠:

「ユクサおおすみ海の学校」は本日開校日で、前後して少しずつ宿泊利用をスタートさせているのですが、実際にこの「ライフコア」ユニットの入った部屋を利用されて、みなさんこのユニットの不思議さに驚かれています。なんとなく水は下へ排水されていくという意識がある中で、ユニットが浮いていて床とは縁が切れているという状況が、初めて見る方にとっても異様な光景として映るようで、楽しんで使っていただいています。

宇宙船型の「ライフコア」ユニット1階の元もと職員室だった宿泊個室に設けられた宇宙船型の「ライフコア」ユニット。1面は鏡面仕上げ。

「ライフコア」上部の配管。「ライフコア」上部の配管。
廊下からふたつの宿泊個室を見る。廊下からふたつの宿泊個室を見る。

「ライフコア」ユニット。1階の元もと校長室だった宿泊個室に設けられた「ライフコア」ユニット。床下の工事を行わず、上部から排水しているため、床仕上げを水回りにもそのまま連続させている。

「ライフコア」ユニットの施工時の様子。「ライフコア」ユニットの施工時の様子。
左:奥に設置されたシャワーブースが見える。右:ユニット下には排水を上部に上げるポンプが設置されている。

自由な水回りがさまざまな可能性を広げる

川畠:

「ライフコア」に関わっていて思い出したのですが、僕は設計事務所を開設する以前に、建設会社の現場監督をやっていたことがあります。そういった現場において、僕は仮設トイレがいちばん嫌な空間でした。仮設トイレと言えども、その現場で毎日働いている人にとっては常設のトイレです。仮設トイレは汚く使われる前提があるから、あのような仕様になっているのだと思うのですが、工事現場では職人さんたちが綺麗に使えばよいのですから、「ライフコア」から派生した清潔感のある仮設トイレがあると建設従事者の気持ちにも繋がりますし、それがひいては建設業の将来を変えることになるかもしれませんよね。

石井:

昔の日本の家には表と裏という意識があり、キッチンはお勝手と言われているように、水回り空間は裏というイメージや文化がありました。最近の住宅ではその意識が少し変化してきていて、玄関やキッチン、トイレといった空間が生活空間のひとつとしてつくられるようになってきているし、そこでの体験もよりよいものになっていくと感じます。一方で、パブリックのたとえば公衆トイレなんかは、なかなか気持ちのよいものになっていかない。これは、公衆トイレが単一機能であることもひとつの理由で、そこにちょっとしたショップを併設するなど、マイクロ複合施設のようになれば雰囲気を変えていける可能性があると思います。また、この「ユクサおおすみ海の学校」でも、ロケーションを生かして海に向かって開けた開放感のある公衆トイレ、みたいなものがあってもよいかもしれませんよね。この絶景を独り占めして眺めながら用を足すという気持ちよさを体感するために、わざわざこのトイレに行くというように、体験価値に対する思考の変化のようなものが必要かもしれません。

大島:

トイレも風呂も、水回りは元来パブリックなものであり、地域のハブでした。それをパーソナルな環境に持ってきて、自分のもの化したのは近代以降なのです。ですから、今の時代に必要なのは、もう一度公共性のある水回りのあり方を考えることだと思います。たとえばトイレは公共空間を活用するためには必須条件であり、トイレがなければそもそも屋外は楽しくない、不安しかない場所となってしまいます。地域を生かしていくために重要な、水回りの役割を考えていきたいと思っています。
具体的に言うと、たとえばここのような小学校を考えてみると、災害が発生した時に地域住民が避難して集うのはやはり地域の小学校であり、そこで必ず問題になるのが風呂なのです。風呂があればみんな癒されて生きていけますから、自衛隊が風呂を持ってきたりしますよね。ですから、小学校には元もと風呂をつくっておけばよいと思うのです。常時には、小学生が社会教育として風呂を利用すればよいですし、地域の人も利用する銭湯のような存在にすれば、地域の高齢者と子どものコミュニケーションに繋がるかもしれません。しかし、それがなぜ実現しないのかというと、やはり運営・管理が大変だからでしょう。そういったところに、今回の「ライフコア」ユニットのように共同浴場ユニットみたいなものがあれば、従来の小学校があっという間により公共的な環境に変わってくるのではないかと思います。

成長・変化し続けるプロジェクト

──「ユクサおおすみ海の学校」は本日開校日を迎え、これからもさまざまな取り組みや残りの整備などが進んでいきますが、今後どのような施設として発展していくとお考えでしょうか。

旧菅原小学校周辺の整備計画。旧菅原小学校周辺の整備計画。[クリックで拡大]

川畠:

県では、この「ユクサおおすみ海の学校」プロジェクトがスタートする以前から、「魅力ある観光地づくり」事業という錦江湾しおかぜ街道景観整備事業が進められていて、その一環に旧菅原小学校も選ばれていました。そこで、県と話し合いを行い、県が求めるものと市が求めるもの、われわれが求めるものを融合させ、旧菅原小学校を含めた天神地区全体の整備が進められています。旧菅原小学校の前面道路側に整備された駐車場も県の事業で、観光バスが駐車できるスペースも設けられています。また、これから整備される予定なのですが、旧菅原小学校のプール横にある小屋を解体して、2階建ての展望台がつくられます。そこからは桜島と開聞岳を同時に眺めることができます。現在旧菅原小学校のグラウンドからはフェンスと草むらが生い茂り直接海が見えない状況なのですが、それらを取っ払い、グラウンドからのビューを確保し、さらにそこから海の方へ下りてぐるりと歩くことができる遊歩道も県の方で整備する予定です。

大島:

この「ユクサおおすみ海の学校」は、小学校という存在を人と人の接点にすることがコンセプトであり、僕はここに社会参画可能な場所をつくりたかった。今日に至るまでも、地域の人たちや自治体の人たちに支えていただき、そういう方がたがいなければ今の状況はありませんでした。既にそういう状況が生まれているので、さらに、地域の人たちやここに初めて訪れた人たちが当事者として関わることができ、何かを変えていこうと思うきっかけを生む場所になっていくとよいなと思います。

石井:

僕らは普段のデザインの仕事において、最後のアウトプットやパッケージングに関わることが多いです。しかし、今回このプロジェクトではまったく違っていて、とりあえず利用者が宿泊できるような状態にはしましたが、引き渡してプロジェクトを終わらせることはできなくて(笑)、これからここで実際にどんなアクティビティを行うのかということを徐々につくり上げていかなくてはいけません。その過程の中でじわじわと見た目の雰囲気も含めてプロジェクトが成長・変化していくのだと思います。経営という意味ではこれからが大変なのだろうなという緊張感もありますし、同時に楽しみでもあります。

2018年7月15日「ユクサおおすみ海の学校」にて 文責:「新建築」編集部 特記なき撮影:新建築社写真部

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公開日:2019年04月26日