INTERVIEW 030 | SATIS

時間が遅い場所を作る

建築家:堀部 安嗣/堀部安嗣建築設計事務所|建主:幅 允孝さま

道路から見た全景、1階がここの施設に、2階はプライベート空間になっている。

道路から見た全景。1階がここの施設に、2階はプライベート空間になっている。

今回ブックディレクターである住み手の幅允孝さんと建築家の堀部安嗣さんに取材をしました。前半を幅さんの取材をもとに、後半を堀部さんの取材をもとにご紹介します。

前編:「時間の流れの遅い場所をつくる」(建主 幅允孝)

ここは京都嵐山という京都の中心から少し離れた静かな山間です。家の裏には梅谷川という小さな小川が流れています。取材に行った時は雨模様でしたが、その雨の形式と家の佇まいが絶妙に似合っていました。家の前側は住宅街ですが、アプローチの引きを深くとることで、隣家とは縁を切り、裏側は山林を借景にした配置になっていて、そこからは人工物が全く見えません。川も一段低くなっていてほとんど見えないのですが、せせらぎの音が心に響きます。
この家は、図書館のプロデュースをする幅さんの個人で営む図書館と珈琲店、そして自宅になっています。施設の名前を「鈍考」と言います。鈍考とは鈍行列車のように、時間の流れの早い時代に、また大きな都市の中で過ごす現代人に、ゆっくりとした時間を選択できる場所のこと。そういった場所を作りたかったと言います。鈍考は予約制で一回の時間が150分、6人までという少し変わった読書室です。またそこではコーヒーも飲めます。焙煎をここで行い、静かな空間の中で集中して本と向き合う空間をつくりたかったそうです。幅さんがこの鈍行を作ったのはコロナがきっかけで、それまで東京を拠点にしていて関西の仕事には出張ベースで来ていたそうですが、コロナで社会が一斉に動かなくなっときに、あえて動いてみようと思ったとのこと。東京という、いわば濁流のように時間が流れる場所で過ごしていると、もっと静かな、ゆったりとした時間の中に自分自身を置いてみようと考えたそうです。この時間ということについては幅さんの最近の最も大きな関心ごとで、時間の流れをそれぞれの人が選択できることが重要なのだろうと言います。

和室を通してカウンターを見る。カウンターの奥の上部はサイドトップライトになっていて明るい。

和室を通してカウンターを見る。カウンターの奥の上部はサイドトップライトになっていて明るい。

部屋の中から西側の林を望む

部屋の中から西側の林を望む

部屋の中から西側の林を望む

西側の縁側。外にいると川のせせらぎが心地よい。

1階 平面図

1階 平面図(クリックで拡大)

2階 平面図

2階 平面図(クリックで拡大)

南側立面図

南側立面図(クリックで拡大)

東側立面図

東側立面図(クリックで拡大)

北側立面図

北側立面図(クリックで拡大)

西側立面図

西側立面図(クリックで拡大)

断面図

断面図(クリックで拡大)

間取りの説明

少しこの建物の空間の説明をしましょう。まず入ると、クロークがあります。そこに引き出しもあり、携帯電話などをしまって、デジタルから一時離れるようになっています。そして図書室に入ると、左の壁一面の棚に3000冊の様々な分野の本が、しかも時折入れ替えられながら置かれています。そのまま正面に進むと、林に向かって大きな開口が開けられて、視界が抜けています。まさにここは別世界、人口物のない空間へと吸い込まれていきます。そして外に出れば小川のせせらぎを聞きながら、深い軒の下でゆったりとした気持ちになります。部屋に戻るとそこは大きな畳の部屋があり、その奥に木のカウンターがあり、そこでコーヒーが飲めます。暗くなりがちな中央部ですが、上部が吹き抜けになっていて、サイドトップライトの明るい光が差し込みます。割烹料理屋のような緊張感と、しかし居心地の良さが入り混じった静寂な空間に包まれるのです。畳の上では横になってもいいですし、座っても構いません。床下には入替用の本が詰まっているそうです。そして舞台裏はミニマムではありますが、キッチンがあります。そこで焙煎もします。そこから2階の居住スペースに上がります。全てがミニマムにできているのですが、それでも小さなサウナがあったり、デッキがあったりと、様々な工夫が施されています。

クロークには引き出しがあり、ここでデジタルデトックスへの導入が行われる。

クロークには引き出しがあり、ここでデジタルデトックスへの導入が行われる。

壁一面にある3000冊の本は定期的に入れ替えている

壁一面にある3000冊の本は定期的に入れ替えている

西側から喫茶カウンターを見る

西側から喫茶カウンターを見る

手前には畳が敷かれている

手前には畳が敷かれている

西側を望む

西側を望む

バックヤードのキッチン空間

バックヤードのキッチン空間

この焙煎機で豆を煎る

この焙煎機で豆を煎る

たった3つの条件

幅さんは、多くの建築家と仕事をしています。しかし家を建てるなら堀部さんにと思っていたそうです。出会いは6年ほど前の兵庫県城戸崎温泉のホテルの改装の仕事で、堀部さんが旅館の内装を設計し、幅さんが図書室のキュレーションをしたのが始まりのようです。
堀部さんにお願いしたかった理由として堀部さんが書く文体が好きだと言います。例えば堀部さんの著書の「建築を気持ちで考える」。タイトルもいいし、内容も面白いけれども、何よりそのリズムがいいのだと。また堀部さんの建築も、見に行って、すごく居心地がよく、そして素直な気持ちになることや、その潔さも感じていたのだそうです。一緒に仕事をしていても、そうした面はいつも感じていて、家を作るときはこの人にと思っていたそうです。
この家を作る時、堀部さんに3つの要件を伝えたそうです。本は3000冊、客席は6席、そして時間の流れの遅い場所。この3つ以外は、何も言わずに、どんなものができてくるかを楽しんだのです。そこにはもちろんそれまでの仕事での信頼関係もあったのでしょう。普段は図書空間については公共の区間であることを前提にたくさんの要望を出すそうですが、ここはプライベートな場所ですから、何も言わずに建築家に任せたかったと。案の定、初めのスケッチで構想も決まり、そこから大きな変更もなく進んでいったようです。

細部の納まりと職人の技

細部の収まりについて、幅さんは「すごい技をさりげなく、しかし緻密に作り上げているところがすごいのです。そしてその緻密さが細部までに行きわたり、緊張感とさりげなさが同時に居心地の良さを作っています。材料の選択においても適切な材料を選び、また視線を考えた高さなど、例えば縁側にいると淵石の水平線と向こうに見える林の縦のライン、そしてせせらぎの音、雨が降れば垂直に落ちるその流れ、それと呼応するかのような、部屋から外までつながる軒のラインなど、どこをとっても調和のとれた組み合わせが、それを指示する堀部さんの緻密さと職人の技の融合です。」と語ってくれました。
この家を担当した棟梁は、30代の若い大工さんだそうです。大工離れと言われる現代において、そうした大工さんを抱える羽根建築工房という会社も素晴らしいですし、彼らと一緒に木造伝統工法を育てる研究会を組織し、彼らを教育しながら同時に良い建築を目指していこうとする若者を育て、共に日本の伝統工法を守っていこうとする堀部さんも素晴らしいです。また普段のそうした姿勢が、こうした細部の表現にも現れ、それをまた住み手が感じ取っていけるまでの表現としての高みを備えているとも言えそうです。
幅さんは、東京で雨が降るとやだなあと気が重たくなりますが、ここにいると雨も楽しいですと言っていました。この家の居心地の良さ、そしてそれを作り出した建築家、そして大工さんたちの意気投合した細やかな気配りがそう言わせるのでしょう。
今、幅さんは東京と京都の二地点居住だそうですが、どうしてもここ京都にいる方が多くなると言います。それは居心地がいいからだそうです。そしてこの空間には小説のような物語性のある本がいいとも言っていました。じっくり、どっぷり本に浸かっていけるからだそうです。自身もここでそうして本に浸かっていくのだそうです。そして本の良さは、深く入り込めること、自分のスピードで読んでいけること、何度も立ち止まって、時には戻っていきながら作者の思考をトレースしていけることだそうです。斜め読みのように早く結論へと急いだり、動画のように作り手のスピードで進むことに慣れている現代人ですが、まさにここは時間の遅い場所となり、同時にそれ自身が、本をプロデュースする仕事を選んでいる幅さんの人々への想いなのかもしれません。
(2023年11月10日 京都「鈍考」にて)
後編に続く

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公開日:2024年02月22日