INTERVIEW 028 | SATIS

膜屋根の家

設計:永山祐子/有限会社永山祐子建築設計|建主:K様

photo: Satoshi Takae

この家は東京阿佐ヶ谷の住宅街の中にあります。施主は男性一人暮らし、海外を飛び回る商社マンです。世界の都市を縦横無尽に駆け巡る現代のノマドです。遊牧民のように家を持ち歩くことはしませんが、テント構造のこの家の屋根は、まるで持ち運べるかのような軽さを感じさせます。

1階 平面図(クリックで拡大)

2階 平面図(クリックで拡大)

断面図(クリックで拡大)

玄関を入ると半円形の吹き抜けの中庭のような空間に2階への階段があります。
天井からは膜構造であるために光が薄く差し込み、とても幻想的な空間です。2階はキッチン、ダイニング、リビングと一室空間となっており、決して大きい家ではありませんが、天井面が高く、光を通すことで、縦方向の大きな広がりを感じます。さらに片流れの天井の高さが奥にいくに従って、高い方はさらに高く、低い方はさらに低く、捻れたような屋根になっていて、それに沿って天井が張られています。このねじれは空間に動きを与えています。単調になりがちな一室空間に変化が生まれています。屋根はテント構造でテントの屋根及びその構造体の下にワイヤーを張って透明の断熱材を入れ、さらにその下に白い布が重力にしたがって放物線状に下がっています。この形状をカテナリー曲線と言いますが、永山さんはこの自然な形が気に入ってよく使うと言っていました。この曲線の布の下から裏側の金物などが見えないように、また影などができないようにするために、何度も実験をしながらこの断熱材の厚みを検討したといいます。テント構造というと仮設建築で使われていることが多く、断熱性能や雨仕舞い、耐久性能に課題があるのが一般的ですが、その問題を検証しながら、ここではクリアさせています。この天井と屋根との間をさらに空気が流れ、うねった天井に風ができることで、家全体に空気の流れができることも特徴の一つです。

自然をテクノロジーでセンシングする

この家の入り口にあるヒサカキやヤブツバキの木に必要な水は自動で送られ、光は植物専用のライトで成長するようになっています。外の光も膜を通して入ってきます。テクノロジーを使って自然という外部環境を内部に再現させています。そしてその枝が映し出す影が、淡い光と重なって微細な感覚を揺さぶるのです。かつての茶室が、花や掛け軸を使って自然を感じさせることにチャレンジしたのと同じように、ここではテクノロジーを使って、しかしそのテクノロジーは感じさせることなく、アナログ的に視覚に直接訴えかけてきます。スローなハイテクなのです。そうして見ると家全体もそう見えてきます。断熱材も入っていますが、エアコンで蓄熱帯を床に作ってじんわりと体に伝わってくる輻射熱の断熱方式や先に触れた風が家の中を巡っていく仕組みなど、テクノロジーが隠れていることでスローな感じがするのです。そして夜になると淡い光を放つこの家はまるで生命体のようにも見えてきます。

木の影が映り込んでいる

木の影が映り込んでいる

住宅は構成で考える

永山さんの住宅はこの作品に限らず、いつもとてもシンプルです。それに対して商業建築や昨今の公共建築やパビリオンでは、表層を新しい素材を使って魅力的なある意味饒舌なデザインをしています。このことについて永山さんは、商業建築やパビリオンは、内部空間は自分たちで作れないことが多いので、中と外を繋ぐ境界線をどうデザインし、中の風景が外に滲み出てくるかのように表層を扱いたいと言っていました。しかし住宅では、内部の構成がデザインを決めていくことになるので、あえて外側はシンプルにまとめるのだと言います。そう聞くとこのシンプルな形は腑に落ちますが、今回の住宅は膜という素材を使ってシンプルでありながら、空との境界を家の内部の人にその境界線を溶け込ますように作っているということが大きな試みだともいえます。幕という素材が境界線を使ってスクリーンのようにその自然を写し込み、その存在を決して、重力を感じさせないようしているとも言えます。その意味でこの住宅は今までのシンプルという家のあり方から少し違った領域を生み出しているとも言えます。

2016年のHOUSE VISION

この家のコンセプトの原点にあったのが2016年に東京青海で行われたHOUSE VISIONでの展示で作った「の」の家という作品があったと言います。その時まさに円形のテントの家はテクノロジーに包まれながら、優しく人間側に寄り添った作品でした。どこにでも移動できるというコンセプトも持っていましたが、そこで提案していた軽やかに時空を飛び越え、そして大自然の中で暮らすというコンセプトはこの家に十分に反映されています。例え都市の中でも、一本の木があることで、その木が深い山々の自然を創造させてくれるのです。

2020年ドバイ国際博覧会 日本館
東京駅前常盤橋プロジェクト

HOUSE VISION 2 / 2016東京展 photo: Nacàsa & Partners Inc.

テント構造の家を世界各地にもつ。

取材の中で、クライアントがこの家のコンセプトを気にいって、もしかすると世界の各地で売れないかという話が出たそうです。それはハウスメーカーが作る家とは違って、テント構造というこの軽やかさを、さまざまな場所に作りそれらの家を転々とするというイメージは、暮らし方そのものに大きなインパクトを持ちますし、テンポラリーのようでテンポラリーでなく、家を持っての移動でもなく、固定されているようで、固定されていない感覚があるのです。その意味でこの家は私たちに家とは何か、暮らすとは何かということを説いてもいるようです。

ものを持たないことについて

HOUSE VISIONの展示でもう一つ印象的なことは、ものを持たないということでした。移動し続ける人にとって、ものは極力所有したくないものです。移動先で必要なものを必要な時にデリバリーしてもらうのです。この家の取材時にはまだ引っ越しをされていませんでしたが、世界を飛び回り、一人で暮らしていて、それぞれの地での賃貸マンション暮らしをイメージすると身軽に移動するのだろうと想像させてくれます。現代は家が全てを担うわけではなく都市のサービスが進化し、そうしたものを持たない暮らしが実現しようともしているのでしょう。

クライアントが扱うジーンズの繊維を固めた天板

クライアントが扱うジーンズの繊維を固めた天板

玄関外、小さなスペースだが植栽が自然な感じで植えられている

玄関外、小さなスペースだが植栽が自然な感じで植えられている

柔らかい膨らみをもつトイレ

1階の奥にあるトイレはサティスGタイプです。このGタイプは便座の座面積が広いため座り心地が良いこと、そしてサティスの優しい柔らかな曲線がとても好きだと言っていました。壁もトイレも飾らず、シンプルなものですが、シンプルを極めながら、座り心地にもこだわりたいとも言っていました。トイレという短い時間しかいない空間でも、その時間は大事な時間です。凹凸のない滑らかな曲線を持つこのサティスGタイプ、海外でも今ではよく知られている商品ですが、見た目だけでなく実際に座ってみての心地よさにもこの商品の価値があるはずです。

トイレ詳細図(クリックで拡大)

トイレ

正面から、何も置かずにシンプルに便器だけが彫刻のように置かれている

トイレ

左は寝室。玄関横から正面に配置されている

1階トイレ「SATIS Gタイプ/ピュアホワイト」

取材・文: 土谷貞雄
photo: 森崎健一 ※特記なき写真全て
(2023年2月22日 K邸にて)

永山祐子(ながやま ゆうこ)
1975年 東京生まれ。
1998年 昭和女子大学生活美学科卒業。
1998-2002年 青木淳建築計画事務所勤務。
2002年 永山祐子建築設計設立。
2020年〜 武蔵野美術大学客員教授。

主な仕事
「LOUIS VUITTON 京都大丸店」、「丘のある家」、「カヤバ珈琲」、「木屋旅館」、「豊島横尾館(美術館)」、「渋谷西武AB館5F」、「女神の森セントラルガーデン(小淵沢のホール・複合施設)」「ドバイ国際博覧会日本館」、「玉川髙島屋S・C 本館グランパティオ」、「JINS PARK」など。
ロレアル賞奨励賞、JCDデザイン賞奨励賞(2005)、AR Awards(UK)優秀賞(2006)「丘のある家」、ARCHITECTURAL RECORD Award, Design Vanguard(2012)、JIA新人賞(2014)「豊島横尾館」、山梨県建築文化賞、JCD Design Award銀賞(2017)、東京建築賞優秀賞(2018)「女神の森セントラルガーデン」、照明学会照明デザイン賞最優秀賞(2021)「玉川髙島屋S・C 本館グランパティオ」など。
現在、東急歌舞伎町タワー(2023)、東京駅前常盤橋プロジェクト「TOKYO TORCH」などの計画が進行中。
http://www.yukonagayama.co.jp/

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公開日:2023年04月19日