INTERVIEW 030 | SATIS
時間が遅い場所を作る
建築家:堀部 安嗣/堀部安嗣建築設計事務所|建主:幅 允孝さま
後編:「建築をバランスで考える」(建築家 堀部安嗣)
この建物は構造体に釘などを使わず、内装壁は土壁で仕上げています。建具も木製です。いわゆる伝統工法として組み上げています。と言っても気密や充填断熱、負荷断熱を施し、またコンクリートの基礎など現代の材料も使っています。伝統工法を中心としながらも、現代の快適性能を担保するのに新しい材料は使います。基礎との緊結には金物も使います。伝統工法に軸足を置きながらも、現代の材料も組み合わせて使うところが、堀部さんの柔軟さとも言えます。
この伝統工法については、初めから絶対的な関心があったのではなく、長い時間をかけて徐々にそうなっていったそうです。そこも面白いところです。どうしてもこうあらねばならぬと絶対的になってしまいがちですが、堀部さんは特に初めはそうでなかったといいます。しかしクライアントの引き渡した後の健康状態などをみてみると、やはり伝統工法における材料の持つポテンシャルにその価値を感じていったそうです。
大学時代の恩師から学んだことで、昔の建物は今と比較して良いとか悪いとかでなく、いつでも最新の技術を取り入れてきたのだと、その技術の中には、今の時代においても高い技術や材料もあリます。また今の方が良い技術もあります。このことを温故知新といって、単に古いものがいいというわけではないそうです。そういった考えから、バランスよく、そして現代の状況に合わせて工法や材料を選択しているといいます。
また、ゴミをださないという視点も大事です。土壁はゴミが出ませんし、リサイクルも可能です。かつ現場も綺麗です。その為できるだけ土壁にするのですが、新建材を使う場合もありますし、プラスターボードを使うこともあります。この辺りが0か1ではなさそうです。主役と脇役という言葉を使っていましたが、伝統建築の素材を主役にしながら、新建材を脇役として使うのです。この主従を間違わなければ新建材も良い、そして便利な素材としても使えると言うのです。
他力を使う
今回の設計にあたって、まずはこの土地が持っている風景の魅力をどう引き出すのかについて考えたそうです。土地探しからご一緒したそうですが、一目でこの場所がいいと感じたそうです。東側がエントランス、西側に川と林があり、自然が広がっています。西側の太陽は手強いのですが、しかし朝は舞台を見るように林に美しい光が差し込みます。午後は暑い西日を避けなければなりませんが、深い庇をもうけることでその濡れ縁が景色の一部にもなっています。南側は隣家が迫っていてそちらに開くことはできないのですが、屋根に太陽光パネルを載せています。この風景の魅力を引き出すとは、すでにある力を借りるということ。このことを他力と呼んでいました。自分の力だけで全てをしないで、他の人や物の力を借りていくことが、自然体の建築に近づけるのかもしれません。
クライアントのバランス感を読み解く
堀部さんは、クライアントと建築の話はあまりしないと言います。それよりも建築以外のことを色々話すそうです。そしてその時に意識していることはバランスだそうです。バランスというのは、強いところではなく弱いところ、精緻なところでなく緩いところを探していきます。どんなものでも完璧なものはないと、完璧の反対側にあるものによってその美は完成されていくのだと。音楽でも料理でも、曖昧さの部分があるから美しく、おいしいと感じるのだと言います。そのことを許しとも言います。全てのことはこのように両義的なもので成り立っているのです。多くの場合強いところに目が行きがちですが、弱いところを意識することが、そして許すということが建築の包容力を作るようです。
この建物の場合、弱いところは西側の開口だと言います。他の面はきっちり壁に覆われて、気密断熱性能も高いです。同時に防音性能も高くなります。しかし、全面開口の西側は建築的には弱い部分になります。ただしそれがあることによって、外の川のせせらぎの音が少し聞こえてきたり、温熱環境が少し弱まったりすることが、かえって全体の良いところを目立たせたり、先ほどの許しを生み出しているのだそうです。
全てを完璧にすると、ちょっとした弱いところがとても目立って許せなくなるのだそうです。
また、アプローチの階段の材料に大谷石を使っていますが、ここでも硬い水平線と、石の中でも柔らかい大谷石の組み合わせ。硬さの中にやわらかさを作るというのも、この弱さと似ています。この階段は緩い角度で、階段の歩幅や、蹴上の高さが不自然です。少し歩きにくいのですが、それも外の世界からこの建築に入るときに意識が変わるようにと考え、あえてそうしたそうです。こうした空間を引き締めたり、緩めたり、緊張した空間の中にある安らぎを作り出すところに、彼の建築の奥深いところがあるような気がします。
どの大工が作るのか
設計をするとき、どこの会社が施工するのか、そして現場が始まるまでには大工は誰なのか、そのことによってどのような納まりなのかも変わるそうです。つまり他力ではあるのですが、その他力をどのように引き出すかはそこに予測があるのです。そしてその予測を上まわる結果が生まれることが他力なのでしょう。その意味では、一緒に作る会社は決まった会社となります。関東の場合、関西の場合とほぼそれぞれの地域で一つの会社と施工をするようです。今回の羽根建築工房さんもそうした会社です。この羽根建築工房は若い大工さんの技術を磨くためにも研究会を主催しているそうです。そこでも堀部さんは指導に当たっているとか。そうした日々の信頼関係が、より良い建築へとさいと結びついているのです。
堀部さんは現場が楽しいと言います。それはそうした職人と話している時、良いものを作ろうという志が同じである時にそう思うのだそうです。職人とは、ただいいものを作ることを当たり前のように習ってきているのだと、そこにあるのは自分の腕を見せびらかすようなことではなく、さりげなく、目立たぬようにそっと行うのだと。そこにあるのは自分を捨てた「無私」ということだと。それは職人だけでなく、現場に関わる全ての人が無私の心になり、全てが対等になること。ただ良い建築を作ろうとする想いだけが一つになることなのでしょう。建築家も自分の作品を作ろうと、頑張ってしまいがちですが、それも一歩引いて全体の中に溶け込む姿勢が堀部さんにはあるようです。
今回の取材で、建築の素材の主役と脇役、バランスという弱い部分への意識、職人の無私という話、そして他力、これらの表現に堀部さんの世界観が垣間見えるような気がします。そしてそれらが初めからそうであったのでなく、設立から約30年、すでに150棟を超える作品の積み重ねが、徐々にそうした世界観を作り出しているのだと感じました。決して力まず、建築を作品として押し付けるのでなく、調和の取れた居心地の良い空間を作り出している裏側には、こうした世界観があるのだと感じた取材でした。
トイレは間取りの要
トイレは家の間取りを考える時、最も重要だと言います。トイレの位置が決まれば間取りが決まったようなものだとも言います。トイレはできるだけ少なく、しかし十分に機能するように作ると言います。今回の建築においても、昼間は顧客が使う場所として、夜は施主が使う場所として同じトイレを使います。このパブリックとプライベートが交わるところにトイレが置かれていて、扉が両側についているのです。
またタンクレスの登場は、サイズが小さくなり、トイレの歴史上革命的なことだとも言います。そのことによって、よりコンパクトですっきりとした美しいトイレ空間が実現できています。
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公開日:2024年02月22日