INTERVIEW 022 | SATIS
多様性を生み出していくための建築
設計:寳神尚史/日吉坂事務所(ギャラリー/事務所+ゲストルーム+自邸)
寳神さんのterrace Hは、規模は小さいのですが、複合的なプログラムからできています。建物は代々木上原駅から徒歩10分ほどの商店街から近い住宅街にあります。1階はギャラリーと事務所、2階はイベントもできる多機能なゲストルームに、2階の1部と3階は住宅になっています。
1階の事務所は寳神さんの事務所、2、3階の住宅はご自身が使っていますが、ここは彼の自宅+事務所+賃貸スペースというプログラムでなく、あくまでも多様な賃貸の箱を4つつくり、そこを賃貸にし、たまたま自分たちがそこを使っているということ。自分たちが使うためのものをつくったといいう意識はないそうです。というのもこのプロジェクトは、自身がオーナーとなって商業空間を賃貸していくという2つめのプロジェクト、寳神さんの事務所は、小さなデベロッパーでもあるのです。こうした自らがオーナーになる事業を5年に1プロジェクトぐらい、またはもう少し加速したとしても決して多くない10弱ぐらいのプロジェクトを自らつくっていきたいと言っています。賃貸事業といっても商業空間、特にクリエーターを応援するような商業空間の箱をつくっていきたいと考えています。
この建物は機能面で多様性を受け止めるようにできていますが、デザインにおいても、多様性という視点が、材料の扱い方、色、空間の作り方、ディテールの扱い方などに現れています。そして、時間軸においても、将来のニーズに対応できるような工夫が施されています。その意味で、この建物は、明快な中心性をもつような建築に対して、中心のない、多様な言語を散りばめたような複雑さをつくりだした建築と言えます。
適度な経済
前述したように、この建築は自らがオーナーになる、つまり建築家が小さなデベロッパーを運営することですが、そのことについて聞いてみました。建築家という職能がクライアントありきで受注がとても安定していないこと、それはマグロの一本釣り漁業のような職業だといいます。自らが事業主となることで持続可能な業態へとしていきたいという考えがあります。プロジェクトの2割ぐらいの資金を作れれば銀行から借り入れが可能で、今の規模だと5年に1プロジェクトぐらい進められると言います。またクリエーターを応援する建物であること、住んで仕事をする、お店をもつというような職住一体型の暮らし方にもこだわっていると言います。それらの根底には、単に仕事の安定ということを超えて、適度な経済という、規模を大きくしない、利益をできるだけださないという過去の資本主義経済に対する新たなチャレンジが潜んでいます。クライアントが大きな企業であれば、最大の利潤を生み出すために、より高く売れるような設計が求められ、さらにスケールを大きくしていくためにスピードも要求されます。デベロッパーの最終ゴールが完成引き渡しであるために、メンテナンスに求められる耐久性についてもコストバランスとの兼ね合いから最高レベルを追求するのは難しくなります。
自分が事業主になることで、できるだけギリギリの予算計画を組み、利益をできるだけださないように、つまり賃料を抑え、メンテナンスに重要な素材選びや仕様にも惜しみなく投資ができると言います。このことを寳神さんは、「適度な経済」という言い方をしています。他にも配置計画など、建蔽率や容積率をできるだけ消化して建築面積を大きくすることよりも、アクセスを優先して小さな面積に割れるように、戸数を確保するためのアクセスなど、事業の骨格についても自分が応援したい店子が想定されている分、思い切った判断もできるのだそうです。
こうして話を聞いていると成長を前提としていた社会の建築家の役割とは全く違うことがわかってきます。小さいからこそできる社会への大きなアンチテーゼとも言えるのです。
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公開日:2021年09月10日