INTERVIEW 022 | SATIS
多様性を生み出していくための建築
設計:寳神尚史/日吉坂事務所(ギャラリー/事務所+ゲストルーム+自邸)
物語をちりばめる
寳神さんの建築はアイコニックな写真映えする建物とは少し違います。見れば見るほど深みのある建築なのです。そこには角度のついた壁や曲線、屋根の複雑な角度、また素材についてはよく使われる即物的なコンクリート、ガラス、ステンレスといったものと、よりバナキュラーともいえるレンガタイルや木、コンクリートのハツリ仕上げなど様々な組み合わせが存在します。それらを言語というならば、その言語を駆使して、全体を一つの物語のように、1階の序章から始まり、1章、2章―――そして3階が最終章であるように進みます。表現する文法も各階、各機能で細やかに設定されているようです。そしてその物語がつながっていくように、次の章への前ぶりとしてデザインの言語が散りばめられています。たとえば特徴的なのがRです。2階の多目的スペースの折り上げ天井にわずかなRが施されていますが、それが住宅の中ではより大胆にRが使われます。1階のアプローチの斜めのラインは、2階ではサブエントランスの出入り口に、3階ではキッチンを区切る斜めのラインとして登場します。1階のよりニュートラルな空間から、徐々に住宅を象徴するような素材感のある材料へと進むのですが、それぞれの章にあとから出てくる言語を少しだけ使ったり、事前に使った言語をより大胆に使うというように、その連続性が隠されているのです。そして各所のディテールにはメンテナンス性の視点からステンレスなどの耐久性の高い素材が使われています。この物語には多様性をつくりだすためにさまざまな両義性も埋め込まれています。硬いと柔らかい、強いと弱い、中心と拡散、しかしその両義性を対比させたままでなくやさしく融合していきます。その対比が強く感じないように露出の量をコントロールされているのです。これらは使い手が選ぶものや使い方をうまく許容するために有効です。両義性をもつことによって、その多様性を受け入れていこうとしています。余白をつくって受け入れるというのとも少し違います。丁寧に言葉を書き込みながらも異質なものをいれても調和するように両義的にデザインを仕上げていくのです。こうしてこの建築の物語はシーンとなって、まるで小説を読み進むかのように体に染み込んでいきます。実際に撮影をしていると、その部分だけを切り取るとそのことが理解できずに、アングルに困る場面が幾度もありました。このことをあえて「アングルの不在」という言葉をつかってその構造を説明してくれたのですが、この空間を体験するとその意味がよくわかります。
色について
彼は商業空間を多く作ってきたという経験もあり、色についての扱い方がとても繊細です。建築家は色についての知識や経験はあまり多く持たないのが一般的ですが、商業空間において、色はその企業や商品群のイメージを作り出す大きな要因となります。現場で鍛えられたという彼の色彩感覚や素材選びには建築家というよりインテアリアデザイナーのような繊細な色の扱い方が特徴です。その組み合わせが破綻しないように色を選択するには、「素材からくる色」という言い方をしています。木の持つ色、コンクリートの持つ色、レンガの色、そうした素材の持っている色に合わせるかのように、他の色彩を整えていきます。今回のトイレで選んだ色は、ノーブルトープ。トープというグレーとブラウンが混ざったような色合いが、木の素材にもあってくるそうです。住宅部分に使われた錫箔という大胆な選択も、その場に居合わせるとまわりと馴染んでいるのもこうした全体と部分がうまく馴染んでいることがその理由なのでしょう。小説を書くように建築をつくる、というのが寳神さんの建築の印象として残りました。
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公開日:2021年09月10日