中小オフィスビルのトイレとこれからの働く環境
トイレ・水回りから働く場を豊かにつくりかえる
神本豊秋×金野千恵(建築家)×門脇耕三(建築学者)×石原雄太(LIXIL)
『新建築』2023年11月号 掲載
各階で設えの異なるトイレとその運営
金野千恵(以下、金野):
トイレなど水回りの空間を計画する時、私が感じていることが2点あります。ひとつはトイレの公共性です。誰でも使うことができるトイレなのか、特定の人や組織が使うトイレなのか。それによって設えや空間は異なります。誰でも利用できるトイレは、たとえば駅や公園などの公共施設のほか、コンビニやデパートなどの民間の商業施設にもあります。トイレは毎日必ず利用する場所なので、街中のどこに利用できるトイレがあるのか私たちは無意識に把握しています。また清潔で安心して使えるトイレはその建物への印象にも繋がります。トイレの利用範囲をどう設定するかは、建物と街との関わり方の計画でもあると思います。
もうひとつはトイレの設えです。ケア施設の設計時にヒアリングした方は、2畳くらいの広さで真っ暗なトイレが大好きだとおっしゃいました。トイレは衛生空間だから白っぽい色調がよいという先入観があったので、この意見にハッとさせられました。トイレという場所を個人が一定時間、誰にも干渉されずに過ごす場所として考えると、確かに快適性にもさまざまな幅があってよいのだと教えてもらいました。
門脇:
金野さんはBASE(畝森泰行建築設計事務所と協働、SK2110)や春日台センターセンター(同2204)など、高齢者施設やセミパブリックな中小規模のオフィスビルなどを設計されています。そうした経験を通してトイレのあり方はどのように考えられましたか。
BASE UtA/Unemori teco Associates
(東京都台東区、2020年)
金野:
たとえば福祉施設の春日台センターセンターではトイレの公共性について考えました。建主は施設内に閉じるのではなく、福祉のことを知ってもらうために地域の方にも積極的に開きたいという想いを持っていました。そこでトイレをどこに置くか、またどのような設えにすると人が入りやすいかということを考えました。
利用者がトイレを使う時に気にするポイントは、音、匂い、清潔感の3つが主だと思います。しかし、それを快適に満たしたとしても、私はトイレの計画には体験が欠けていると感じています。オフィスと同じ階にあるトイレが近いから利用するのではなく、休憩したい時やひとりで静かに過ごしたい時、外を感じたい時などそれぞれの状態によって、使うトイレを選べるような、多彩な設えのトイレがあったらよいのではないかと考えています。
今回の提案(提案2:トイレが再定義するビルの性格)で想定した既存建物は、1990年頃に竣工した東京の下町に建つ敷地面積約130㎡、地上9階のテナントビルです。2階から6階は基準階平面が積層されていて、この規模のオフィスビルでは一般的な構成だと思います。建物の周囲には同じような中小規模のビルのほか、築年数の浅い木造住宅や鉄筋コンクリート造の中層ビルなど、数十年は変わらないだろう風景の手がかりもあります。そこで周囲の環境を読み解きながら、各階で異なる設えのトイレや水回りを計画しました。まず、地上階(1階)は前面道路や路地を引き込んだセミパブリックな空間の設えとして、テナントはギャラリーやカフェなどを想定して、だれでも使えるトイレを設けています。2階も1階と同様、周囲を建物で囲まれているので洞窟のような暗がりの個室です。3階には広いキッチンを設けました。お茶碗が揃っていて、イベントで簡単な料理を振る舞ったり、働いている方がお昼で使うような場所です。上階に上るにつれて景色が開けていくので、トイレや水回りも開放的な設えにしました。4階は小さなテラス、5階には植栽が施されフロア全体に風が吹き抜けるような半屋外のような環境で、そこにトイレを設けています。オフィス空間から外に出てトイレに行く時に、ふとその日の天気や気温を肌で感じることができます。私の事務所でも2階を半屋外空間にしてトイレを設けているのですが、思考を切り替えるきっかけになります。トイレに行くことそのものの体験をより豊かにできれば働き手にとっても魅力的なオフィスになるのではないかと考えながら設計しました。
門脇:
BASEで普段から実際に体験していることが今回の提案のベースになっているのですね。
金野:
そうですね。それは運営についても同様です。たとえば、提案では1階の倉庫をはじめとして要所に掃除用具置き場を計画し、テナントの方が主体的に共用部を清潔に保つことに関わる仕組みを考えています。
門脇:
テナントであっても働く環境をよりよくしていく一員になるということですね。運営していくメンバーシップのあり方の提案だと思いました。確かに中小規模のオフィスビルであれば、上下階で顔見知りくらいの関係性ができるので可能かもしれませんね。メンバーシップを形成していくにあたり、どのように運営していくとよいとお考えですか。
金野:
そうですね。まさに運営体制が重要だと思います。畝森泰行さんの事務所とシェアしている建物であるBASEの設計時には、トイレを男女別にするか共用にするか意見が割れました。最終的には男女共用にしたのですが、清潔感に対する人の意識はそれぞれ異なるので、運営会議を定期的に開催し、どうすればみんなが気持ちよく利用できるかを話し合っています。2つの事務所のメンバー全員が自ら清掃しており、曜日や時間、掃除の段取りを含めてルールをつくってきています。普段から掃除していて掃除道具の場所も分かっているので、日常的に気になればパッと掃除したり、備品の補充をします。
門脇:
どんなテナントが入居しているかも、借りる側にとってはポイントですよね。クリエイティブな職種が自然と集まるビルなどありますが、トイレや水回りの運用方法によって、テナント同士の共同プロジェクトなど、相互作用が生まれやすい状態を築くことができそうです。
提案2:トイレが再定義するビルの性格
個別性のある小休止空間
金野千恵/t e c o
人間生活の中で必要不可欠な機能空間であるトイレを、働く環境の中でいかに位置付けるかによって、一息つく時間の質が変わり、繰り返される日々も変わる可能性がある。今回は、中小規模オフィスの水回りに着目し、立地環境、街との繋がり、維持管理といった視点から想像してみる。
私たちの提案は、フロア貸しの小規模ビルを想定し、水回りを共有しながら以下の3つの特徴により魅力を生む計画である。ひとつ目は、周囲が建て込んだ1階の環境を生かした洞窟のようなトイレ、空に近い上階にテラスと繋がる開放的なトイレなど、各階で環境に応じたトイレ空間の質の変化である。ふたつ目は、地上レベルのトイレを街路より直接アクセス可能とし、雑居ビルの並びの中で公的な役割を担うこと。3つ目は、小規模ビルならではの顔の見えるメンバーシップが気持ちよく共有できるような、清掃道具が共にある設えるである。仕事の中に必ず生じるトイレ時間を、個々人の好みやその日の気分によって楽しみ、心を休められるような時間・空間を創出する提案である。
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公開日:2024年02月27日