中小オフィスビルのトイレとこれからの働く環境
トイレ・水回りから働く場を豊かにつくりかえる
神本豊秋×金野千恵(建築家)×門脇耕三(建築学者)×石原雄太(LIXIL)
『新建築』2023年11月号 掲載
2名の建築家による提案と考察
働いている時間の余白とトイレ
門脇耕三(以下、門脇):
この企画は今回で2回目になります。2017年に行った第1回(SK1705)では、大規模なオフィスビルにおけるトイレのジェンダーと公共性などについて議論しました。第2回は、建築家の神本豊秋氏と金野千恵氏に中小規模のオフィスビルにおけるトイレや水回りのリノベーションについて提案していただきました。
専有部に水回りを設ける設備のインフラ
神本豊秋(以下、神本):
私たちの事務所はミナガワビレッジ(SK1908)や神田錦町オフィスビル再生計画(同2209)など、築30〜50年経た建物の再生を多く手がけています。クライアントの目的は、役割を終えた既存ストックの耐震補強などによる適法化に伴い、現代的な働き方への最適化を行うことで新しい価値を生み出すことです。今回の企画も同様に、水回りの改修によって建物をどう再生するか考えました。水回りの更新サイクルは一般的に約15〜20年です。しかしジェンダーへの考え方やコロナ前後の時代の変化を見ると、はたして5年後にどのような水回りを社会が必要としているのか、誰にも正解が分からないのではないかと思います。そこで変化の早い社会の動向にも対応できる、可変性の高い仕組みを考えたいと思いました。
設備更新のコストに見合った価値をどう生み出すかも重要な視点です。中小規模のオフィスは一般的に限られた面積でレンタブル比を最大化するため、共用部の洗面所・トイレ・給湯室の水回りを最小限に抑えた上で集約し、矩形のオフィス空間の専有部を計画します。しかし水回りは、仕事の合間に休憩したり、同僚と雑談しながら情報交換するような場所でもあります。現代のオフィスは、こうした行為をもっといろいろな場所で行います。一方で、建主にとって中古ビルの共用部の水回りは不動産価値として評価されにくい側面があり、設備投資に消極的です。ただ、40年前の水回りの役割と現在の水回りの役割は大きく変わっており、むしろ働く行為に大きく侵食しています。
そこで今回の提案では、これまでの水回り改修ではPS(設備配管)の場所を変えられないため、更新できなかった水回りをフレキシブルにオフィス全体へ拡散するような仕組みを考えました。
インフラとなるのはひだ状の壁やベンチ、垂れ壁です。設備更新は従来、天井裏や床下に懐を設けて水勾配や設備スペースを確保するのですが、天井高が低くなり空間が圧迫されます。壁であれば、床上げを最小限にすることができます。この壁がワークプレイスに張り巡らされることで、PSから離れた場所にもシャワーブースやトイレ、キッチンなどを設けることができます。また、PSを変えないため、各フロアごとの再生も可能です。
ミナガワビレッジ 神本豊秋+再生建築研究所
(東京都渋谷区、2018年)
門脇:
小規模なオフィスビルで不利になりがちな水回りを、技術的なチャレンジによって大きく変えてしまおうというアプローチですね。具体的な提案の仕組みや水回り空間のイメージを教えてもらえますか。
神本:
水回りのアクティビティを再定義しようと試みました。トイレやキッチン、シャワーブースの周りにはオンラインする場所、ひとりで仕事ができる場所、着替えや雑談するような場所などが併設されています。
共用部と専有部を横断する改修になるため、工事区分(提案1:働く空間と水回りの再構築)についても考えました、共用部のA工事に加えて、テナントの要望に沿ってB工事やC工事として専有部でも水回りを持つことができます。A工事に含まれるトイレはふたつあります。この規模であれば各階にふたつのトイレで十分なのですが、テナントによっては多機能トイレや女性専用トイレ、イベントにも対応したような本格的なキッチンがほしいなどの要望もあると思います。その時は専有部に設備の壁があることで実現できます。また改修によって共用部の面積を減らし、専有部の面積を増やしました。水回りの一部をワークプレイスに組み込むことで全体のレンタブル比は既存と同程度もしくは少し増やすことができます。現代的な働き方ができる空間で、スタートアップや企業のサテライトオフィスがテナントになるのではないかとイメージしながら考えました。
門脇:
建主が水回りの改修へ積極的に投資できるような動機をどのように用意するかが重要というご指摘も、非常に重要だったと思います。続いて金野さんの提案についてご説明いただけますか。
提案1:働く空間と水回りの再構築
拡散するインフラと行為
神本豊秋/再生建築研究所
「トイレ」という限られた隔離スペースの中で、現代の人びとは心身を整えながら日々働いている。水回りにまつわる行為からは働く人のストレスや、オフィス空間に実は求められていたものが見えてくる。働く環境が選択可能になった現代で、毎日決まった時間に行く場所であったオフィスは、何を目的に赴く場所となっていくのだろうか。
われわれの提案では水回りを含むインフラをワークプレイスに侵食させることで、働く環境そのものが多種多様な場所となり、それらを起点に新たな行為が生まれてくると考えた。これらは単にオフィス環境を補完するためのインフラではなく、個々人の多様な働き方を支える新たなインフラとなる。
これまでのオフィスビル改修では、老朽化した設備機器やインテリアが部分ごとにばらばらに修繕されてきた。本提案のようなインフラを基軸としたオフィスビル再生を行うことで、フロアごとに働き方の振る舞いが変わり、自由に再生していきながら、建物全体の価値を向上することができる。中身が入れ替わっていく更新ではなく、行為や記憶が積層されていくサイセイによって、既存ストックならではの新しいオフィスのあり方が生まれる。
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公開日:2024年02月27日