誰もが安心して使えるトイレを目指して──。オルタナティブ・トイレから見えてくる、多様性ある社会の形
駅や商業施設、オフィスなど、至るところに存在する「トイレ」。大多数の人たちは普段、なにも意識せずそこを利用します。でも一方で、トイレを利用することを躊躇い、不安さえ感じている人たちがいることをご存じでしょうか?
たとえば四肢に障がいのある人や、トランスジェンダー──いわゆる社会的マイノリティと呼ばれる人たちです。
トイレを利用するのは、誰にとっても当たり前のこと。それなのに、そこに不均衡が生じてしまっている。そんな現実を社会問題として捉えたLIXILは、建築家の永山祐子さんとコラボレーションし、「自分にあった個室を選択できる」新しい発想のトイレである「オルタナティブ・トイレ」を生み出しました。
そこにはどんな可能性が秘められているのか。実際にトイレ利用に困った経験を持つ4名を招き、「オルタナティブ・トイレ」が切り拓く未来についての座談会を開催しました。
メンバー紹介
・ナガノさん
先天性の脳性麻痺の男性。15歳の頃から電動車椅子を使用するようになる。講演活動でさまざまな場所を飛び回ることも多い。
・ニシムラさん
元指圧師。40歳の頃に脳出血に倒れ、以来、右半身に麻痺が残っている。自身の障がいを受容するのに苦労した経験を持つ。
・ニシハラさん
トランスジェンダー女性。男児として生まれたが、26歳のときに戸籍の性別を女性へ変更する。同じ立場の人を支援する乙女塾を立ち上げ活動中。
・ホリカワさん
トランスジェンダー男性。女児として生まれ、21歳からホルモン治療を開始し、28歳のときに性別適合手術を受ける。現在は戸籍上は男性で、女性のパートナーと入籍した。
・永山祐子さん
永山祐子建築設計を主宰。オルタナティブ・トイレのデザインアーキテクト。
・小池由紀さん
LIXIL社員。
・石原雄太さん
LIXIL社員。
(記事中では敬称略)
構造だけではなく、ときには「人の目」が障壁になる
──まずは普段トイレを利用する際、どんな困りごとあるのかを教えてください。
ナガノ:
便器の真正面に車椅子を停められる構造の多機能トイレが少ないことで、とても不便な思いをしています。また、便器に設置されている左右の手すりの長さがバラバラで、特に左手側の手すりが短いことがあるんです。そうすると上手く立てないので、どちらの手すりも充分な長さで設計してもらえるとありがたいと感じることがあります。それと、私はヘルパーさんに介助をお願いしているんですが、さすがに排泄物を見られるのは嫌なので、水洗ボタンが押しやすい場所にあると助かりますね。
ニシムラ:
私は普段、多機能トイレではなく一般トイレを使っています。そこで困るのが、荷物置き場の少なさ。体が動かしづらいので、リュックや上着などをフックにかけて身軽な状態になってから用を足すんですが、狭い個室内が一杯になってしまって、手間取ることが時々あるんです。
──水洗ボタンの位置などは気になりますか?
ニシムラ:
半身麻痺になった直後は、右側にあるボタンがどうしても押せなくて困ってしまったことがあります。でも練習を重ねて、どうにかボタンを押すくらいはできるようになったので、いまはそれで困ることはありません。
それよりもどうしようもなく不安になるのが、和式のトイレです。ほとんど見かけることはなくなったものの、古い建物なんかには残っていたりしますよね。手すりに捕まって集中すれば大丈夫かもしれませんが、倒れてしまったらどうしよう……と恐怖すら感じるんです。だからどこかに遠出するときは、洋式のトイレがあるかどうかを確認するようになりました。
ナガノ:
私は講演で各地の学校を訪問することがありますが、事前に「多機能トイレはありますか?」と確認するようにしています。でも、残念ながら無いことも多くて。その場合は最寄り駅のトイレで必ず用を足してから、学校に伺います。そうすれば学校に滞在中、トイレに行きたくなるリスクを抑えられますから。
──先回りして困りごとを回避されているんですね。ニシハラさん、ホリカワさんはいかがですか?
ニシハラ:
まだ戸籍が男性のままで性別を移行している段階のとき、心理的な負担がありました。その頃の私の見た目は、男性なのか女性なのか区別がつかない状態で。なので男性用、女性用、どちらのトイレに入ったとしても変な目で見られてしまうのではないか、と不安だったんです。万が一、誤解の上で通報されてしまったらどうしよう……という恐怖もあって、外出時はなるべくトイレを利用しないようにしていました。
ホリカワ:
いまのお話、すごく共感します。私自身も性別移行中、男性にも女性にも見られてしまったときがあって、どちらに入ったらいいのかわからなくなってしまいました。私は実際、通報までされました。
──それはどんなシチュエーションだったんでしょうか?
ホリカワ:
性別移行の途中でまだ戸籍上は女性だった頃の話です。移行していないのだから、と思って女性用トイレに入ったら、その場にいた人に通報されてしまいました。警備員の人がやって来て事情を訊かれ、やむを得ず、自分がトランスジェンダーであることを話したんです。あれはすごく恥ずかしかった……。かといって、男性用トイレに入れば「なんでここに女性が?」というような目で見られてしまう。あの頃はどちらのトイレも利用しづらかったですね。
──「人の目線」に振り回され、ときには大事にまでなってしまうんですね。
ニシハラ:
そうなんです。私たちのことがまだ理解、周知されていないことが原因だとも思います。
ナガノ:
「人の目線」で言うと、私もこんな経験をしたことがあります。たとえば多機能トイレが使用中で、何分待っても空かないとき、ヘルパーさんにお願いして一般トイレを利用することがあるんです。でもそういうとき、他の人たちから「なんで多機能トイレがあるのに、こっちに来てるんだよ」という非難めいた目線を向けられていると感じます。狭い男性用トイレに車椅子で入ってくるな、という気持ちがあるのかもしれません。
──それぞれに複雑な困りごとがあるなかで、トイレを利用する際に決めている「マイルール」はありますか?
ナガノ:
できるだけトイレの利用頻度をコントロールしています。外出予定があるときはスケジュールを逆算して、あまり水分を摂らないようにするんです。そうすれば環境が整っていないなかでトイレに行きたくなることを防げますから。
ニシムラ:
私も逆算して水分をあまり摂らないようにしています。できる限り、外でトイレを利用する回数は減らしたいので。それと、もしも急にお腹が痛くなってしまってもトイレまで走っていくことができないので、食べるものにも注意しています。辛いものやお肉をたくさん食べるのは避けていますね。いつでも気兼ねなくトイレに行けるという環境が整っているときにだけ、そういったものを食べています。
また、外のトイレの詳細がわかるようなアプリがあって、それを活用することもあります。たとえば「●●ビルのトイレは車椅子ユーザーには利用しづらいかもしれません」といったコメントが書いてあるので、困ったときはそれをチェックして、利用しにくいトイレを避けるんです。
ホリカワ:
私も昔は極力水分を摂らないようにしていました。性別移行をしている最中のことです。いまは見た目も戸籍も男性になったので当時のような困りごとはなくなりました。ただ、いまでも気をつけているのはスピードです。男性用トイレの個室って埋まっていることが多いんですけど、なるべく早く空けることを意識していて。というのも、もしも私と同じトランスジェンダー男性が外で待っていたら気の毒ですし、男性でも個室トイレを使いたい人も沢山いるのでなるべく他の人に迷惑をかけないよう、スピーディーに済ませる癖がつきました。
ニシハラ:
水分を控える件は、私もまったく一緒です。戸籍が女性になってからは好きなタイミングで飲み物を飲めるようになりましたけど、昔は常に我慢していました。当時はトイレのことが心配で、食べ物にも飲み物にも気をつけていて。それがなくなったいま、あの頃は本当に我慢を強いられていたんだなと実感します。
ただ、いまでもあまり人気のないトイレを利用するように気をつけているかもしれません。たとえば、商業施設だと低層階やレストランが入っている階のトイレが混んでいるので、そこは避けるようにしています。
──見た目も戸籍も女性になったいまでも、女性用トイレを利用する上で不安が残っているんでしょうか?
ニシハラ:
たしかに、完全に移行しているのでなにも問題はないと思います。それでも不安を感じてしまうのは、私の気持ちの問題なのかもしれません。女性用トイレってメイク直しをするスペースもあるんですけど、どれくらいのスペースを使っていいのか、何分くらい滞在していいのか、そういった感覚がわからなくて。生まれながらの女性なら自然と身についていることが、私にはまだわからない。だから時々、自分がひどく悪目立ちしているんじゃないかなって思うことがあるんです。
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公開日:2023年01月25日