住宅をエレメントから考える(前編)
床にまつわる8つのフレーズ
塩崎太伸(建築家)
『新建築住宅特集』2016年3月号 掲載
床の「中身」を空間に活かす
「ファンズワース邸」のポーチの床は、内部床からフラットに延長され水勾配すらないが、内部床には床暖房、ポーチの床には雨水の集積枡というテクノロジーが内包され、仕上げで調整されたフェイクとしてのフラットである。コーリン・ロウの議論以後、建築家が住宅の設計で試みた空間形式の透明性は、床・壁・天井の懐空間というブラックボックスを伴っていた。そうした隠蔽部分を暴いたり構造材が仕上材を兼ねたりという、新しい透明性といえる建築の試みがある。
床の「中身」の仕組みをそのまま現す
「1階天井はそのまま2階の床に、2階の天井も6mmの鋼板でそれがそのままロフトの床に…」森+深澤《小路の家》JT1103
「1階では地中梁が床から表出し『またぐ』行為が生まれ、梁下高さを1800mmに抑えた2階は「くぐる」ような印象」上原和《リブハウス》JT1308
「『木造・家型・2階建て』という型は、空間の高さや部位の厚さといった建築の寸法を調整し、さらに床、壁、天井・軒裏と、各部位を全て内外同一の素材にするという原則によって再構成された」長谷川豪《経堂の住宅》JT1307
「構造・下地・仕上げを一体成形する方法を考えた。屋根の鉄板は梁、剛床、下地かつ仕上げである」吉廣萬《筐体in木更津》JT0512
「スラブ厚105mm、フトコロナシ…LVL材による1枚床を考えた」保科章《鶴見Y邸》JT0407
「薄い床は、梁の上下がそのまま仕上げとなる」斎藤由和《梅島の建物》JT1205
「細部が自動的にできていき、何もデザインしなくて良い、というような方法論を探していた…PCを延棒状にした部材を水平に…」大谷弘明《積層の家》JT0405
「床スラブを純粋に表も裏も構造材現しで使うことは、RC造でもなかなか見られない新鮮な空間となった」加瀬谷+綱川《上北沢の家》 JT1504
「梁の上に床を単純に載せる。壁のような大きな開き戸を開けると、光と風が抜け、骨組みと床だけが残る」畝森泰行 《Small House》JT1102
設備を床の「中身」に組み込み隠す
「床版は165mmと決めて、構造部材とダウンライトの隠蔽および電気系統の配管スペースとして利用」川口通正《小鉄》JT0712
「中庭の風通しを確保するために下駄式の高基礎と1階スラブをコンクリートでつくり、その上に平屋の木造とした。…床は断熱されたコンクリートスラブの上に根太組とし、灯油炊き温水放熱暖房器による簡易型の床式空気循環暖房を行っている」八木佐千子《神之原の家》JT1103
「床フトコロを利用して、空調ヒートポンプの室内機を落とし込み …」横河健《グラスボックス》JT0106
床の「中身」に自然を引き込む
「風を最大限取り込むよう1階床面を約1mもち上げる高床式とし、床下を吹き抜ける風は… 池の水によって発生する気化熱の冷気を1、2階の床面に設けた通風口から室内へ導く」芦澤竜一《風の間》JT1212
「床下に敷き詰められた割栗石で冷やされた風が…」中薗哲也《HOVER HOUSE》JT0705
床の薄さ
「構造形式は木造、2階床の梁と柱の梁接合部、床版のみ鉄骨造とすることで、小梁のない低く抑えられた階高をつくり出した」木村+松本《Nの住宅地の住宅》 JT1505
「外周で剛性を取ることで、床は弱軸扱いの鋼管と24mm厚の構造用合板からなる混構造が可能となり、総厚70mmの薄さを実現」畝森泰行 《Small House》JT1102
「梁は…細幅H型鋼を用い、その上に25mmのキーストンプレートを敷き込み…床の厚みは70mm」三瓶+いまむら 《アーキテクツハウス》 JT1102
「細高い吹抜けの中に薄い床が浮かんでいるような空間となります。断面図はまるで建具で仕切った平面図のようになりました」長谷川豪《三軒茶屋の住宅》JT1507
床の「物語」が時間を繋ぐ
床には、つくられ方の蓄積や使ってきた人の記憶がある。そうしたモノの背後に隠されていた出自と繋がりを探る試みは、現代の不透明な部分をこじ開ける、物語の抽出といえる。床の材がどこからやってきて解体後にどのようにリサイクルし得るのか、既存の構造を使い続けるためにどう更新できるか、材料を通して地域とどのように関われるのか。そのような時間を繋ぐエレメントとしての床の可能性が、特に近年見出されている。
床の材料と循環
「天井を構成していた野縁を床材として利用している」彌田+辻+橋本《渥美の床》JA86
「構造も皮膜も未分化で渾然一体となった木のカタマリに至った。…厚さ12cmのスギ平角材をビスで集成して壁、屋根、床とし、無垢の木材で囲われた空間ができあがる。…木の多面的機能のひとつに、山を育て、人に仕事をつくるという環境的社会的機能がある。…小規模な生産者でも価値の創出に取り組める社会を目指す…」網野禎昭《木のカタマリに住む》SK1511
床の由来・来歴と既存
「既存の床の上に、合板を重ねた束で高さを調整しながらコンパネを張り、タイルカーペット敷きとした」伊礼智《古くて新しい事務所》JT0704
「改修といえば、床、壁、天井などの既存の建築に手を加えることでまったく別のモノに仕立てる手法が一般化しているが、そうではない改修のあり方があるのでは、と考えた」村山+加藤《tsugiki》JT1305
「木々の間を力強くすり抜けて、スピード感をもって外界へと延伸していくスラブだけの建築を構想した」榎本弘之《上尾の家》 JT0412
床の由来・来歴と地域
「一部の床に地元で採れる白河石と大谷石、そして十和田石を使用している」木原千利《菊水の家》 JT1108
「書斎スペースから通土間につながり、東西に風が抜ける。床材にはこの土地に生えていたケヤキを使用し、この土地に戻した」中山+盛《大豆戸町の家》JT0711
「ドイツのエコ・メッセでよく見かけたトレットフォード社の建材であり、素材の由来の確かさに加え色の豊富さに惹かれ…80%がヤギの毛、20%が羊毛からなり、裏打ち材はジュート…素材の出所を確かめつつ、建築の『皮膚機能』を満たすにふさわしい建材を求めた」石川恒夫《軽井沢の家》JT0411
「住宅の場合、床、壁、天井等の主要構成面はメーカーに頼らぬアノニマスな自然材料がよいと考えている」池和田有宏《二俣川S邸》 JT0104
「中庭まで続く床の磁器タイルは、この空間のために焼かれた」下川徹《津福今町の家》JT1507
床の工法の慣習と展開
「床の縁を塞ぐようにぐるりと四周に床枠を回してベタ基礎に固定する。この床枠側面にあらかじめ櫛の歯状に90mm幅の溝が彫ってあり、この溝に同幅の柱側面がぴったり嵌まる」網野禎昭《自立柱の庵》JT0407
「小さな家の場合は、GLとの関係を相対的に柔軟にとらえて設計する必要がある。地面に従属する基壇のようなかたちで1階の床があると、まわりとの関係が、うまく計画できないことが多いのです」佐藤光彦《門前仲町の住宅》JT0406
「土着的な大地と連続した竪穴式住居、地面から居住空間を浮遊させた高床式住居、家と家とが連続する町家……これらの日本の居住形式=『日本の家』をつくりたい…地上階の床と壁を『土』にした。建物を地盤面よりも60cmほど掘り込み、残土をそのまま利用した」田根剛《A HOUSE for OISO》JT1507
「形式や歴史、技術のような普遍的な営みの面白さを建築としてつくっていきたい。それは、後ろを見ながら前へ進むボートを漕ぐように、歴史を見ながら未来へ進むことになるだろう」福島加津也《4つの柱》JT1507
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公開日:2016年06月30日