住宅をエレメントから考える(前編)

床にまつわる8つのフレーズ

塩崎太伸(建築家)

『新建築住宅特集』2016年3月号 掲載

床の「変身」が新たな意味を与える

床を床ではないものと意味的に置き換えてみるという思考が実践されることがある。そうすることで突然空間が変わることがある。たとえば、概念のスケールを大きくして、床を室、建築、都市と捉えてみたり、別の水準の概念である机、階段、楽器、時計と、床を捉えてみる。あるいは床でないものを床にしてみる例も見られる。たとえば屋根が床、網が床、風が床、山が床と考えてみる。そうすることで少し、住宅の床が自由になるだろう。

床が「家具」

「半層分ずれたこの断面の構成を、寝床となる2階にまで繋げたくて人が乗れるくらいに頑丈なテーブルをつくり、2階スラブを極力下げ、これをぎりぎりまで薄くして、上向きにも吹き抜けを空けました…全部足してちょうど、普通の2階建くらいの高さ…」中山英之《2004》 SK0612 「すべて置き家具のようにつくってみた…建築と家具を交ぜ合わせ、その意味を宙吊りにする」島田陽《伊丹の住居》JT1304 「いろいろな高さの床にディスプレイすることで、空に抜ける大きな螺旋状の陳列ケースの中に住まうかのような…」吉岡+飯山《高台の家》JT0904 「1階のテーブルの部屋は、個室に囲まれた『もうひとつのリビング』のような空間になっており、個室同士を柔らかく関係づけている」長谷川豪《桜台の住宅》JT0701

床が「階段」

「床がすべて階段状の建築である。…床という建築の主要部位…を深掘りすることで、エレメントから建築が変わっていける…」松野勉《積層の景色》JT0802 「縦に伸びざるを得ない住宅に不可欠な階段を…大きくすることによって、積極的に階段に住み込むことを提案した…住居可能な階段とも、階段のない家ともいえるものとなった」塚本由晴《だんだんまちや》JT0908

床が「大地」

「屋根の勾配は地面と同じ10分の1。屋根は地面のプロジェクションである」手塚貴晴+由比《屋根の家》 JT0108 「柱を3本立てる。そのまわりに、階段とも床ともつかないものが、絡み付く…野山のような場所」平田晃久《Coil》SK1212 「壁量の多い1階のボックスに支えられた2階の床を人工地盤と考え、その地盤の上には自由に壁が立ち上がり、内外が連続する平屋の建物が建つ、という断面構成…」早川邦彦《荻窪の家》 JT1204 「リビングの床がダイニングへとせり上がるように連続した地形をつくることで、敷地周辺の地形が建物の中にまで現れてくるような空間を考えた」塩崎太伸《鎌倉・台地の住宅》JT1406 「洞窟のような長屋の流動的空間構成の中に、いくつもの要素を組み合わせ、さまざまな床レベルからなる地形のようなシークエンスを演出した」光嶋裕介《如風庵》JT1504

床が「壁」

「屋根/壁/床ではなく、基壇/外皮という大きな分節でとらえるためにこの床スラブの厚さにこだわり…壁と同程度の厚みで納めている」吉村昭範+真基、名和《K HOUSE》JT1207 「モノコック構造で、床、壁、天井が同一の構造」米田明《SWING》JT0811

床と「比喩」

「オブジェクトとしての床ではなく、意識の場としての床という存在まで床を還元できないか…オブジェクトを排除するためには床を、徹底して『穴』としてつくればよい」隈研吾《森/床》JT0308 「水面の上にイカダを浮かべるようにガラスタイルの上にフローリングの床を浮かべ」小泉雅生《イガタ》JT0704 「ユニバーサルスペースに対しユニバーサルフロアーを」坂茂《写真家のシャッター・ハウス》JT0403 「浅い方の床がパタノスター(籠なしリフト)のように動き出さんばかりに感じられる」塚本由晴《ハウス・タワー》JT0703

床の「表裏」の空間を意識する

私たちがさまざまに振る舞う領域あるいは場を、下方から構造的に支える面として床を捉えると、表と裏をもつという床の特質が浮き彫りになる。壁が空間を分割するように、面としての床は避けがたく空間を上下に分断し、床の上の空間と床の下の空間を生じさせることになる。下の空間から見たら床の裏面は天井となる。分断された上下の空間を繋げようと試みる建築家は、床の厚みに直面し格闘する。

床の下の空間

「床下は屋根集熱システムの蓄熱部位であり床下室内とも冬季の室温は温暖に保たれる」野沢正光《那須の週末住宅》JT0710
「床と床のあいだ、壁と壁のあいだ」吉村昭範+真基《CmSOHO》JT1304
「床の一部にドアがあり、そこを開け、とても小さな梯子状の階段を降りると世界は一変する…小人のようなどこか非現実的な床下にある空間」浅子佳英《Gray》 JT1502
「天井と床に穴を開けて光を取り込み、穴の下の床下空間は、天井と床が反転した特別な場所とした」永石貴義《市川の住宅》JT1107
「床下の窓からこの空間を経由した周辺と距離の取れた視線は、通常とは異なった周辺との関係性を生み出している」塚田修大《高床の段》JT1504
「猫には専用の一室が与えられ、床下のガラス張り隧道で結ばれた広場を人間との共有空間に…」高橋鷹志《猫の広場のある家》JT0212

床の上の空間と天井・屋根・窓

「ルーバー状の床が繋ぎ、1階にいても空が、2階からも床を介して斜め下方向に街が見える」長谷川豪《駒沢の住宅》SK1112
「天井面のズレと床面のズレには身体的に受ける感覚の違いがある。…床面のズレに対しては、人は躍動感を覚え、レベル差をもって関係する視線の先へと、意識は向かう」竹原義二《東豊中の家》JT0109
「床はフラットであるが、西側は天井の高い1.5層」谷内田章夫《高井戸の家Abel》 JT0809
「屋根の動きは、縁側から徐々に高さを変えて床下収納や2階に至る床の段差を追跡し…」塚本由晴《ノラ・ハウス》JT0712
「スキップフロアの床と反対に上る片流れ屋根を載せた」田熊利哉《OPERA》JT0405
「ガラスは、床からの高さを1.8m程度に抑えることで光の量をコントロール」塩塚隆生《atu house》JT0410
「高窓の床、天井の高い床、景色の良い床、窓のない床、朝陽の入る床、屋外の床、小さい窓の床…」斎藤由和《梅島の建物》 JT1205

床の表裏を繋ぐ穴

「穴によって各床が他のすべての床と有機的に関係づいた」長谷川豪《浅草の町家》SK1112
「トップライトとガラス床を介して、表と裏そして上下階の気配を感じる仕掛けとしている」吉田豊《緑ケ丘の家》 JT1507
「外部空間を壁によって囲ったというよりも、床、壁、屋根をもったボックスの屋根と床に穴を開けて、外部空間にした」山懸洋《YJ》JT0803
「光と風を得やすいように壁、天井、そして床に丁寧に開口部を配置した」塚田修大《ホワイトロ》JT0712
「『空壁』は屋根と床を貫通しており…空が拡大して建物に入り込んでくる」小長谷亘《牛久の住宅》JT0707
「階段を上がり2階の床ハッチを閉めると、家族の場は地面から完全に縁が切られ森に浮かび上がる」田中+須永《森に浮かぶ家》JT0412
「床はルーバー形状としトップライトからの換気効率を上げ、光を1階へと導いている」五十嵐淳《casa nord》JT1405
「子供たちは…下の階が見えるガラスの床がほしいとか無邪気に言った」山縣洋《IT》JT1103
「どの階からも各階の様子が垣間みられるように、壁、床、天井にガラスで仕上げたスリット状の隙間を3つ設けた」上領+坂下+松本《元浅草の住宅》JT1203

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公開日:2016年06月30日