「建築とまちのぐるぐる資本論」取材 3
ソーシャルキャピタルで地域を育てる方法
福田和則(聞き手:連勇太朗)
まちづくりの仲間を集める方法としての、不動産仲介業
福田:
こちらに住み始めてから、「どうやらみんな好きなことで稼いで生きているらしい」ということがわかってきました。自分のやりたいことや楽しいと思うことを突き詰めてやり続ければその分野でプロになり、お金もついてくる。さらに、そういう人たち同士が集まることで、新しい価値が生まれます。自分の生き方をわかっている人たちに出会い、コミュニティがまちを元気にしている様子を目の当たりにしました。そこで、コミュニティづくり、まちづくり、地域活性などをやる会社をつくろうと、前職からの同僚で創業パートナーでもある小川広一郎に相談しているうちに、不動産を取り扱うことを通じてまちの色々な人と出会い、最終的にまちづくりの仲間に引っ張り込んでいくという筋に展開していきます。移住から約1年後のことでした。
連:
事業は最初から軌道に乗ったのでしょうか。
福田:
創業したすぐあとにリーマンショックがありました。最初の数年は、地道に準備をする一方で、ガチガチ資本論を駆使してバランスをとっていました。もともとプライベートバンカーとして金融資産や不動産を扱っていましたから、誰がどういう不動産を持っているか、キャッシュポジションが多いかが見えていたので、投資用物件や高級住宅地の土地の不動産仲介をしていました。ただ、やりたいことではなかったので、今はそうした事業からは撤退していますが、当時は単純にお金が必要でした。
そうした仕事もあったために、会社設立時は都内に事務所を構えており、ある不動産売買をきっかけにコーポラティブハウスを専門に設計している自由が丘の設計事務所と知り合って、一緒に葉山でプロジェクトに取り組みました。こうした集合住宅の存在は知ってはいましたが、専門的にやっている人たちとプロジェクトを実現することで、お客さんに住宅設計を自分ごと化してもらうことがお客さんの目線を上げるのに効果的だと学びました。今振り返ると、このプロジェクトはその後の商品開発に大きな影響を及ぼしたと思います。
連:
鎌倉・葉山での人々の暮らしぶりやコーポラティブハウスのプロジェクトが、目の前の相手を「消費者」ではなく、一緒にまちづくりをやってくれる「仲間」としてみていくというエンジョイワークス独自のカルチャーに影響を与えているということがよくわかりました。
エンジョイワークスの不動産仲介の方法も独特だと聞きました。バーベキューに誘うのですよね?
福田:
はい、まずは仲良くなることを優先します。駅前に自社店舗を置いていませんし、広告も出していないので、うちに至るまでのハードルがあります。初対面で駅に迎えに行く時も僕はスーツを着ていませんから、それに抵抗を感じるお客さんとは関係が続きません。物件を見に行くより前にバーベキューに誘ったりしながら、まちの雰囲気を理解してもらいます。2回目のアポイントでは、天気が良ければ蛸釣りなど海に誘います。特にお子さんのいる家庭だととても楽しんでくれて、釣った蛸を持った足で近くでやっているバーベキューに参加して解散(笑)。物件探しができていないことに焦りを覚えたお客さん自らが、うちのサイトよりも見栄えのいい写真を掲載している他社のサイトから物件を探して僕たちに見せてくるほどです。その時点で、対面ではなく横並びに座って話し合う関係になっていますから、契約時には一緒に物件を探し当てた同志。お礼の言葉をもらいながら、仲介手数料までいただけます。僕は自分の友だちを紹介したことで、その友だちもお客さんも楽しく過ごすことができ、さらに感謝もお金ももらえるわけです。
不動産取得はまちづくりの重要な第一歩
連:
タンクトップ、短パン、ビーチサンダルでは、どう頑張っても「業者」としての付き合いが想像できませんね。でも、どうやってまちづくりのレベルまで引き込むのでしょうか。
福田:
お客さんを将来的に一緒にまちをつくる仲間だと思っていますから、出会いの間口を広げる手段をずっと考えてきました。その最初が不動産仲介で、次は設計の仕事でした。
2013年から展開している企画住宅「スケルトンハウス」はスケルトン+インフィルの構成です。スケルトンは耐久性能を担保した普遍的な部分、インフィルはお客さんが自由にデザインする部分です。スケルトンというフレームのなかで、お客さんに模型や図面をつくってもらいながら、コンセプトやプランを練ってもらいます。もちろん、うちの設計部がアドバイスしていくようなかたちで伴走します。
そのなかで、お客さん自身がお隣さんとの関係や自分の建物がまちの風景に与える影響、地域社会のストックのことなどに自然と気づいていきます。設計や建築行為を通じて、お客さんがまちづくりをやりたいと思えるレベルにまで目線を引き上げること、まちに対するリテラシーを高めることが重要で、僕らにとって住宅の提供は最終目的ではありません。自分の家をつくるプロセスを提供することで、結果的にまちづくりの意識へとつなげていくことが僕らのミッションです。
連:
ちなみに普通の設計事務所のように、設計者主導で設計をしていた時期もあったのでしょうか。また、設計のスタッフはどのようにその方法をつくり上げていったのでしょうか。
福田:
当初からお客さん主導の設計です。
設計担当者は先に話した、コーポラティブハウスを設計している自由が丘の事務所で働いていた人でした。共通の経験があったからこそ、僕のやりたいことも理解して、おもしろがってくれて、いかにサービスに落とし込んでいくかを一緒に考えてくれました。例えば、家づくりを考えるためのプラットフォームとして、のちにアプリ化する「家づくりノート」を考案し、お客さんに宿題をやってもらったり、プロセスを全7回くらいに分けて各段階を考えたり。今は、社内の設計部は7人で、30くらいのプロジェクトを動かしていますが、設計スタッフが実際にデザインするのは全体のルールと微調整です。これまでに、100軒以上が竣工しています。
連:
私もいくつか見させていただいたことがあるのですが、スケルトンハウスを同時に複数建設し、敷地境界を跨ぎながら共有スペースを生み出す「エンジョイヴィレッジ」というサービスもありますね。画期的なシステムだと思うのですが、どういったものか説明いただけますか。
福田:
「スケルトンハウス」が動き始めてからしばらくして、実は想定よりも鎌倉・葉山でコーポラティブハウスの事業がうまくいかなかった原因を考えていて、共同の集合住宅という大きな塊がそぐわないエリア特性があるのではないかと思いました。その頃、別荘や企業の保養所の売却が増えてきていて、広い敷地の豊かな環境を守りながらコミュニティを生み出すような場ができないかということも同時に考えており、みんなで分譲地をつくることを思いつきました。
複数のスケルトンハウスで構成される分譲住宅地「エンジョイヴィレッジ」はすでに、鎌倉・葉山のエリア14箇所で実現しています。奈良県や宮城県など他県でも進行中で、地方になるとひとつのヴィレッジあたり50戸のスケルトンハウスから構成されることもあり、規模もだいぶ大きくなってきています。それぞれのヴィレッジは敷地に合わせて異なるコンセプトを設定していますが、どれも共通して敷地の一部を所有者でシェアしています。その関係性を前提にするからこそ、敷地内に塀を設けず境界線を曖昧に見せ、運用上で起きる様々なことが期待できます。庭をまたがってバーベキューをしてもいいし、一緒に草花を育ててもいい。放置されていた不整形の土地はかえって、お隣さんとのコミュニケーションを生む仕掛けになります。運用上の工夫によって人気を高め、結果的に不整形の土地を高値で売却する手法はデベロッパーにとってもビジネス的に優位性があるから、「エンジョイヴィレッジ」は全国でスムーズに広がっていったと思います。
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公開日:2023年07月31日