住宅をエレメントから考える
〈塀〉再考──4組の建築家が考えるこれからの塀のあり方
三家大地(建築家)×金野千恵(建築家)×秋吉浩気(建築家)×増田信吾(建築家)
『新建築住宅特集』 2019年4月号掲載
都市計画を自らの手に取り戻す手がかりとして
4組のこれからの塀の提案はとても多様で横断的だ。都市資源を塀に置き換える大胆な都市計画、既存の塀の改修が連なるストリートスケープ、塀のつくられ方の開放、そして身体性から考える隣地境界まで、さまざまな問題提起とスケールで、住まいと都市の新しい関係が提案された。
住まいや都市の境界線に水を用いて領域を定義する三家案は、東京の資源である宙水を用いた構想だ。物理的な壁としての塀がないことが他の3案と一線を画する。使えていない資源である水と、塀を置き換えることでつくる風景だ。水路から住人が思い思いに敷地内に水を引き込み、それぞれの庭ができてくる。そして物理的な壁としての塀がなく遠くや他の庭まで見通せるため、同じ水路沿いのすべての住宅で水の流れ方や量を気にしながら、そうやって自らが共につくる風景についてのコミュニケーションが生まれることがこの提案の根底にあるだろう。
金野案は、さまざまな時代の住宅の塀が連なる現在の街並みを肯定した上で、ひとつひとつ手を加えて改変し、その連なりを考えたものだ。だから自ずと懐かしく、見守り見守られる安心感が街並みに現れる。住宅がすべて変わらないと都市は変えられないということはないはずだ。壊してまたつくるという近代の思想が、今の暮らしにも都市にも合っていないことに皆気づいている。だから世代を跨いだ住宅の住まい手と建築家が、塀の改修をきっかけにこれからを共に考えることができたら、個性の連なりがひとつの風景として現れるだろう。その価値観や共有意識の伝搬も期待できる、持続可能な提案である。秋吉案は塀自体の構築に言及し、デジタルファブリケーションを用いている。今回の提案ではどこでも安価に手に入る汎用性のある材料をベースにしているが、各レイヤーそれぞれで透明性や防火性など異なる素材を使ってその特徴を変えることで、塀の性能を複雑に調整することもできそうだ。構造解析もアプリケーションにビルトインすれば、組積的なブロック塀ではつくれない軽くて高い塀も実現するだろう。オープンソースで技術やアイデアがどんどん更新される仕組みができれば、それぞれの地域や場所のコンテクストによって個々に特徴的な塀ができそうだ。新しい技術によって身の回りのものを自らの手でつくる喜びを取り戻す提案である。住まい手が自ら塀を組み上げることは、皆で街並みをつくることに直結している。
われわれは、塀に熱を与えることで外構の扱いを変えることを、高瀬幸造氏に力を借り、環境解析をしながら考えた。隣地境界で住人のアクティビティをつくり、災害時には街区内で電気をシェアするなど、今までになかった意識が生まれることで、境界によって住まいが開かれ、風通しがよい街並みが生まれるのではないかと考えた。
4案には大きくひとつの方向性が読み取れる。それは、都市計画を自分たちの手に取り戻すという思考だ。経済優先の論理ででき上がった今の都市は、人びとの暮らしへの創意を失わせてしまった。システム化されたパッケージ製品に取り囲まれ、人びとはただそれに合わせて暮らしている。だが、4組による「これからの塀」はすべて、与えられて終わりというものではない。制作のプロセス、そのかたちや機能、持続的な使い方すべて、自らの意思をもって住まい手が能動的に動くことが前提となる提案だ。そして4案は共通して、塀は個人だけのものではなく、その塀の裏側には他者がいることを強く示唆している。他者が集まり活動することで、変化し続ける都市の提案だ。自らの暮らしに対し、それぞれに工夫する技をもち、他者がいて自分があることを常に感じながら生きていく暮らし、それがこの企画から見えてきた。そういう暮らしや都市は、経済や産業にとっても本質的な可能性がある。住宅を群として考える時、塀は、住まいと都市を現実的に変える実装可能なリアリティをもっている。自分たちの暮らしが何で組み立てられているのか。今こそ立場を横断してそれを知った上で、建築をつくるべき時がきている。(増田信吾)
建築陶器のはじまり館
やきものの街であり、INAXブランドのふる里でもある愛知県常滑市に設けられた、株式会社LIXILの企業博物館「INAXライブミュージアム」。その一角に、近代日本の建築や街を支えた「建築陶器」と呼ばれるタイルとテラコッタを展示する「建築陶器のはじまり館」がある。
「建築陶器のはじまり館」は屋外と屋内の展示エリアで構成され、屋外展示エリア(テラコッタパーク)では、「横浜松坂屋本館」(1934年竣工、2010年解体、設計:鈴木禎次建築事務所)のテラコッタや、「朝日生命館(旧常盤生命館)」(1930年竣工、1980年解体、設計:国枝博)の巨大なランタン、鬼や動物などの顔が壁面に10体並ぶ「大阪ビル1号館」(1927年竣工、1986年解体、設計:渡辺節建築事務所[村野藤吾])の愛嬌あるテラコッタなど、13物件のテラコッタが、本来の姿である壁面に取り付けた状態で展示されている。屋内エリアでは、フランク・ロイド・ライトの代表作のひとつとして知られる「帝国ホテル旧本館(ライト館)」(1923年竣工、1967年解体)の柱型の実物展示を中心に、明治時代につくられた初期のテラコッタから、関東大震災を経て1930年代の全盛期に至る、日本を代表するテラコッタ建築とその時代背景が紹介されている。このような、近代建築で実際に使用されたテラコッタを長年にわたり継続して収集・保存・公開してきたことなどが評価され、「INAXライブミュージアム」は2013年「日本建築学会賞(業績)」を受賞している。
また、「建築陶器のはじまり館」の建屋のファサードには、同ミュージアム内の「ものづくり工房」で製作されたテラコッタが使用されている。建築陶器の歴史的価値だけでなく、現代の建築におけるやきもの装飾材の可能性も体感できるため、屋内外をぐるりと散策しながら見学されてはいかがだろうか。(編)
所在地:愛知県常滑市奥栄町1-130
tel:0569-34-8282
営業時間:10:00 ~ 17:00(入館は16:30まで)
入館料: 一般700円、高・大学生500円、小・中学生250円(税込、ライブミュージアム内共通)
※その他、各種割引あり
web:https://www.livingculture.lixil/ilm/terracotta/
雑誌記事転載
『新建築住宅特集』2019年4月 掲載
https://japan-architect.co.jp/shop/jutakutokushu/jt-201904/
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公開日:2019年12月25日