住宅をエレメントから考える
〈塀〉再考──4組の建築家が考えるこれからの塀のあり方
三家大地(建築家)×金野千恵(建築家)×秋吉浩気(建築家)×増田信吾(建築家)
『新建築住宅特集』 2019年4月号掲載
塀を水路に置き換える
ランドスケープ的「水路塀」
三家大地
東京の住宅地は狭い。広い敷地が相続できずにどんどん細分化され100㎡以下の敷地が一般的になっている。その狭い敷地をさらに細かく仕切るブロック塀のような「物」としての「塀」より、もっと敷地の狭さを感じさせない、街全体がひとつの風景になるような「塀」のあり方は考えられないだろうか。東京には数多くの湧水が存在し小さな川もたくさんあり、昔から人間の生活と水が密接に関わっていた。しかし近代化以降、川は暗渠化され次々と消えていき、特に23区内ではほとんど水を見ることも感じることもできなくなった。近年では、ゲリラ豪雨によって、下水管の排水処理能力を超えた雨が突然地表に現れるなど、水は人間の生活を脅かす存在となっている。そうした現代だからこそ、水資源をフル活用することで、敷地に補助線をひくようにやわらかく境界を規定し、街全体がひとつのランドスケープになるような「塀」を目指した。
計画地は湧水が100カ所以上存在し水資源が豊かな世田谷区内に設定した。世田谷には1m程度掘ると宙水が出る場所が数多く存在する。その宙水からできた池(現存)から敷地境界に沿って水路を巡らせ、最終的には川へと流す経路をつくる。今までは塀で仕切られ、風通しが悪く何にも使えない「裏」となっていた場所にも水路が巡ることによって暮らしに関わる場となる。また、水路の幅(250~800mm)や深さ(50~600mm)を変化させ、水の流れる速度や深さによって、心理的に境界を際立たせたり曖昧にしたりすることができる。これらのことが、住人の「掘る」という単純な行為によって容易に改変可能なところにランドスケープとしての「塀」の可能性を感じる。ただ境界線を明示するための「塀」ではなく、日常生活における水利用やその集水装置としての屋根、都市に参加する庭づくりなど、身の回りの生活から都市を結ぶことで、生きることと都市を密接させる、都市計画の一部としての「塀」の提案である。
(三家大地)
多世代・多種の既存の塀に暮らしを集める
光と影、人、植生を溜める11の塀ランゲージ
金野千恵
街を歩くと、少なからずその風景がつくられた時間や変遷を見て取れるが、それは「塀だけ」に着目しても同様である。
塀に関わる住宅の構えのうち、門塀で敷地が囲われ住宅が見えない構えを第一世代とするならば、第二世代は塀、庭、住宅が奥行き方向に重なるもの、第三世代は車により塀が切断されるもの、第四世代は造成に伴う基壇が境界をつくるもの、第五世代は塀がなくなり、住宅が露わになるもの、と整理できる。塀が領域を顕在化させる役割から、自動車の普及により細切れになり、郊外を中心に宅地造成として擁壁化し、やがて都心部では敷地縮小により消失するという、時代や地域の特徴として理解できる。仔細にその塀を観察すると、石積み塀、ブロック塀、塀屋根に守られた土塀、フェンス、板塀、生垣、これらの組み合わせや、植物と一体化して湾曲する塀など、塀の種類や発展と消滅などからなる生態系は多様で、観察していて心躍るものがある。
これらの塀を連なる街路の風景として改修するならば。この提案は、多世代・多種の既存の塀の構えを横断しながら、塀屋根の概念を拡張した「塀庇」や「塀パーゴラ」、「塀家具」に改修することで、光と影、人、植生の溜まりを通りに連続させるものである。同時に、これら通り沿いの溜まりと、敷地境界の内側である庭や住宅内部とは、新たな開口部や家具の設えによって連続し、暮らしにさまざまな奥行きを与えるものとなる。これらを、地域の特徴や庭、建物との関係、塀の仕様から「光と影、人、植生を溜める11の塀ランゲージ」として抽出した。街を創造的な視点で歩けば歩くほど、新しく開発できるランゲージである。また、これらが集積した街並みはおのおのの特徴をもつ設えでありながら、塀屋根の溜まりという定点を共有し、繋がりのある風景を構築する。
(金野千恵)
H:間口を繋ぐ出迎えパーゴラ
(第三世代)
C:塀屋根つづきのパーゴラ
(第二世代)
A:白塀の植生ギャラリー
(第一世代)
B:角戻しの東屋
(第一世代)
I:短塀共有のダイニング
(第三世代)
G:窓先その先のカウンター
(第二世代)
F:変形敷地突端の東屋
(第二世代)
D:突当りの物見台
(第二世代)
E:塀の隙間マーケット
(第二世代)
J:擁壁基壇のプラットフォーム
(第四世代)
K:通りを臨む基壇段々スタンド
(第四世代)
塀の開放性をデザインする
やわらかな塀
秋吉浩気
塀を語る上で伊藤為吉(1864〜1943年)を避けては通れない。伊藤式コンクリート組立塀(通称、万年塀)の開発者であるこの建築家は、設計監理だけでなく施工にまで踏み込み、耐震性向上のための建築工法の発明から、新建材を普及させるためのコンクリート製造所の事業も手掛けた。伊藤は常に民の視点から社会全体の質の向上を鑑み、優れた職人芸を持つものしかつくれない伝統建築の硬い世界に対し、低技能でもつくることのできる新式大工法の開発と、それを教育する職工軍団の組成へと向かった。その柔軟さに、現代のデジタル技術に通ずる「やわらかな開放性」を見い出すことができる。
一方、伊藤の発明した塀自体は、工場生産のため規格化・均質化されたものであり、現代の都市には「かたい」。塀は隣地との関係性を示す媒体である。そこで互いの窓の位置や屋根の高さなどが異なる風景に、相対する隣地ごとに定義し合う、不均質でバラバラな「やわらかい塀」が実現できないだろうかと考えた。メンテナンス性に優れ、軽く、素人でも簡単につくれるような「やわらかさ」を備えたい。1枚の塀の中に空間性を見い出すことで、隣地ごとに塀の開放度を定義し合う、これからの塀のあり方を提案する。
今回提案する塀の仕組みは、どの地域でも手に入る90mm幅のフローリング材に、簡単な相欠きを刻むことでできるものである。すべての部材の取り合いは90度で納まるようになっており、ジグザグのエレメントを8層重ねることで、空間に粗密をもたらすよう計画した。各エレメントには、角度が0度から60度まで変化するものとまったく変化しないものとが交互に組み合っており、これらの振り角を8層に重ねる中で開放度をコントロールしている。プライバシーを守りたい領域を定義し、静的な視点と動的な視点両方において視線が通ることがないよう、8層それぞれの触れ角が計算される。1枚の塀そのものの開放度を設計できるようになることで、風や光や視線の抜け方が変わり、ひいては建築や都市のあり方の再定義にも繋がるのではないだろうか。
(秋吉浩気)
塀に温度を与えたら人の活動はどうなるか
境界のあたたかいストラクチャー
増田信吾 大坪克亘 高瀬幸造
SET* (新標準有効温度)
気温、気流、放射熱、着衣量をもとに、気流のない相対湿度50%の場合と同じ体感となる気温で示す。本解析は外気温は5℃・湿度50%、人体側は代謝量1.2met,着衣量1.0cloを仮定している。
アジアの中で日本の住宅が閉じている理由は、冬から春にかけて外気温が低い時期が長い地域が多いことにあると思う。そこで、住宅の隣地境界にある塀に「温度」を与えたら、住宅の中に閉じこもった冬の暮らしが、隣地境界の塀に向かって人が触覚を伸ばすように、外に出てこないだろうか。この提案は、都内の既存の住宅街の塀をこのモデルに置き換えて計画したものである。
冬でも外部環境が使える場として認識できるようになれば、キッチンや風呂、本棚やテーブルの配置が変わり、そもそものプランニングも隣地の塀まで考慮するだろう。生活機能や内部にあるものが外部との境目に設置されれば、外と内の両方で使うことや両側から使える状況が発生し、住まいにおける外構の価値は劇的に変わる。なんとなく体裁を整える外構でもなく、設備機器を押し込めるだけの裏でもなく、内部から庭を楽しむためだけの借景も超えて、暮らしを外へと広げるために必要な概念になるはずだ。さらに、隣地境界まで含んだ住宅の生活空間体験は、隣地境界側から内部側を見た時、同時に見えてくることになる外観、つまり住宅の構えにも大きく影響してくる。内部空間と切り離されたものではなく、もっと表裏一体となって生活と密接に関係するだろう。開口部の仕組みも両側から使用できるものとして新しく開発されていくだろうし、設備機器は塀側に設置して電源を取ることもできる。照明もつけることになると内と外は同時に照らされることになる。と考えると、「外観」を設計する姿勢は大きく変わる。塀を介した人間の活動によって、「内観」と「外観」という関係が融解し、住まい(内部)と都市(外部)が一体的に生き生きとするだろう。
(増田信吾+大坪克亘)
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公開日:2019年12月25日