彩の国さいたま芸術劇場
30年目の大規模改修でトイレを一新

語り:洪 斗起(有限会社 香山建築研究所 設計主任)

彩の国さいたま芸術劇場外観
彩の国さいたま芸術劇場外観。大ホール、小ホール、音楽ホールのエントランスが面するロトンダ

1994年に開館した「彩の国さいたま芸術劇場」は、建築家・香山壽夫(こうやま ひさお)氏率いる香山建築研究所が手掛けた最初の劇場で、これをきっかけに全国の劇場設計の仕事を受注するようになったというエポック的なプロジェクトです。
長年芸術監督を務めた故・蜷川幸雄氏が「彩の国シェイクスピア・シリーズ」を展開して話題となり、舞台芸術空間としてその名を馳せました。また、4つの専用ホールと12の稽古場および練習室、展示情報施設、資料室、カフェなどからなる複合施設は、市民グループにも積極的に開放されるなど、これまでの劇場のイメージを超えた親しみのある公共ホールになっています。
竣工から約30年、今後も持続的に使い続けるための大改修工事が行われました。本改修では、長期保全計画に基づき、施設の長寿命化を図り、安全で快適な施設の利用環境の維持が目指されています。
1994年竣工時の建物外壁には、LIXIL(当時INAX)の特注のモザイクタイルが、また大ホールの壁面に大判タイルが採用されていますが、今回の大規模改修では、トイレの壁にLIXILの高機能壁材が採用され、改修後のトイレは清潔で明るくなったと好評を得ています。
ここでは香山建築研究所で改修を担当された洪 斗起(こう とうき)氏に、改修計画の概要と、LIXIL商品採用の理由などをお伺いしました。

彩の国さいたま芸術劇場竣工後30年の改修計画の概要とポイント

洪 斗起氏(香山建築研究所 設計主任)
洪 斗起氏(香山建築研究所 設計主任)

今回の改修で最も大切なポイントとして事前に伝えられたことは、既存のデザインをなるべく変えないで欲しいということでした。これは設計した香山建築研究所としては大変名誉なことですので、なるべく元のデザインを継承するようにしました。この建物はこの先ますます歴史的な価値が評価されるものと思っています。
12年前に一度、コンクリートのひび割れを直し、タイルのシールを打ち換えるなど、保全的改修をしています。劇場のような大きな建物では、おおよそ15年毎に保全的改修が行われ、25〜30年で大規模改修をするのが理想的だと言われています。
今回の大規模改修計画は、「安心」「快適」「充実」という3つのテーマで進めました。
テーマ1の「安心」としての取り組みは、1つは大空間の天井の準構造化です。これはホール内の特定天井を準構造化することによって崩落の危険を除くというもので、建築工事の中で一番大きい工事でした。2つ目は、排煙設備、消火設備の更新です。防災上の観点から全面的に更新しています。3つ目が、エレベーターの更新です。既存は旧法基準の油圧式エレベーターでしたが、地震、火災時の安全性をより高めた現法基準のロープ式エレベーターに更新。ロープ式にしたことにより乗り心地も格段に良くなりました。音楽ホールに1機追加したので改修後のエレベーターは全7機となります。4つ目は空調・換気性能の増強で、昨今の感染症対策を踏まえて換気量を割り増ししています。

彩の国さいたま芸術劇場
大規模改修工事の3つのテーマ
テーマ1「安心」
1. 大空間の天井の準構造化
2. 排煙設備/消火設備の更新
3. エレベーターの更新
4.空調換気性能の増強
テーマ2「快適」
1. 客席椅子の更新と視認性向上
2. 客席空調環境・光環境・音環境の改善
3. トイレの改修
4. バリアフリー対策
テーマ3「充実」
1. 大ホール舞台の更新
2. 大稽古場/大練習室の内装更新
3. 内外部照明の更新(LED化)
4. デジタル・インフラの整備
5. 情報プラザから「光の庭」へ
6. 3つの新たなスポット

テーマ2が「快適」で、4つの項目があります。まず客席椅子の更新と視認性の向上です。データによると30年前に比べて日本人の座高は3cmほど高くなったそうです。これまで、劇場の椅子が低いというクレームがあったわけではありませんが、座り心地の向上と将来を見据え座面を少し高くしたほうが良いと考えました。設計の段階から検討を始め、現場でモックアップをつくり、劇場スタッフのメンバーに実際に座っていただいた結果、座面を1.5cm上げることに決めました。3cm上げるのが適切かもしれませんが、小柄な女性が座ると多少高すぎる感じがあったので、ここに落ち着きました。
また、客席から舞台の視認性をより高めるため、バルコニー席の床の高さを上げ、手すりの高さを下げるなどしています。
2つ目は、客席の空調環境、光環境、音環境の改善です。空調環境では、2階席の一部に風が強く当たるなど、人が感じる風速や空調温度にばらつきがあり、特に夏場の冷房では、吹き出し口の真下の席だけ寒さを感じるなどの現象がありました。今回の天井改修に併せて通気口の数を増設し風速を抑え、均等でムラのない空調環境に改善しています。
同様に光環境においても、場所によって暗くてプログラムの文字が読みにくいことがないよう、照明をLED化するとともに、光が均一になるよう配光しました。
音環境については、最初から音響は良かったので、さらなる改良として空調の騒音「暗騒音」を見直しました。30年前よりも性能が上がった機器に取り換えることで一段階「静寂性」が高まっています。

大ホールの舞台から客席見上げ
客席の椅子のシート

写真上:大ホールの舞台から客席見上げ。「和・洋のどちらの演目にも対応する要素・色調」が大ホールの意匠上のテーマ。側壁基部には黒に近い紺色の600mm角の大形タイル(LIXIL)が用いられている。このタイルの目地の交点には真鍮削り出しの金物を用い、闇の中でかすかに底光りする効果を狙っている
写真下:客席の椅子のシートは元の『柿色』のままとしデザインを継承。また、今回の改修で椅子の座面は1.5cm高くしている

3つ目がトイレの改修です。特にパブリックスペースのトイレは清潔感のある仕上げにすることを心掛けました。併せて衛生機器は節水型に変え、省エネに対応しています。トイレについては後ほど詳しくお話しさせていただきます。
4つ目がバリアフリー対応です。トイレ内の手すり設置などはもちろんですが、大きな工事としては、音楽ホールの1階と2階のホワイエが階段でしか繋がっていなかったので、今回新たにエレベーターを付けました。これは劇場の長年の希望でもあり、車いすの方も2階席で鑑賞することができるようになりました。

ガラスの天窓から光が降り注ぐガレリア
ガラスの天窓から光が降り注ぐガレリアは、搬入口から「光の庭」までつづく長い空間。通行の場でもあり、演者との交流の場でもある

最後のテーマ3は「充実」です。大ホールの舞台は、舞台機構、舞台照明などすべて更新しました。全体の工事費のなかでかなりのウエイトを舞台設備に費やしています。例えば、各種バトンと照明の位置を最適化するために、ライトブリッジを少しずらしました。最適化の根拠は、30年間運営しながら数値化してきたものがベースになっています。そうしたデータを持っている劇場は少ないのですが、当劇場のスタッフの皆さんが、長年にわたり数値を蓄積していたことから、根拠のある改修をすることができました。
2番目が大稽古場、大練習室の内装更新です。地下2階に大練習室があり、これまで主に音楽の練習室として使っていたのですが、ダンスの練習など多目的に使えるように床を柔らかくしました。蜷川さんの後任で芸術監督に就任した近藤良平さんはダンサーでもあるので、この練習室も今後フル稼働すると思います。
3番目が照明のLED化です。これは建物内部だけでなく外部照明も見直しています。シンボルタワー上部から大ホールフライに掲げられた館名サインへの投射や、シンボルタワーとロトンダへのさまざまな色調のライトアップなど、劇場らしい催事的な空間演出にも対応できるようになりました。これらの調光調色はLED照明が為せる業です。
4番目はデジタル・インフラの整備です。コロナ禍以降急速に普及した劇場からのオンライン配信に対応すべく、各ホールや稽古場に端末を常設、専用の光ケーブルで全館を結びました。このことにより劇場で繰り広げられるパフォーマンスを、施設内外に高いクオリティーでリアルタイム配信することが可能となるなど、使い勝手が何倍にも広がりました。

自然光が差し込む「光の庭」を象徴する空間
自然光が差し込む「光の庭」を象徴する空間。毎月無料のコンサートが開催されるなど、劇場内で最も賑わう空間となっている(写真:LIXIL)

5番目が「光の庭」の改修です。以前はガラスで囲われた空間だけを「光の庭」、その周りを「情報プラザ」と呼んでいたのですが、今は全体を「光の庭」と呼んで、人々の交流の場としています。ここでは劇場主催で月1回無料のプロムナードコンサートが開催されます。近所の子どもたちも参加する賑やかなイベントですが、声や音が響き過ぎていたことから、天井裏に吸音材を敷くことで吸音性を高めました。改修後にコンサートを実施したところ、音が柔らかくなったと感想を聞いています。
ほかには、ソフト・ハードに両方に関わる話です。3つの新たなスポットができましたが、その1つとして、もともとレストランだった場所に、子どもたちが自由にアートを創造する場として「CREP(クリップ)彩の国さいたま芸術劇場店」が入りました。また、光の庭に「Cafe PALETTE(カフェパレット)」を開設しています。こちらは、催しものがあるときはビュッフェに軽食や飲み物を提供してくれます。
さらに、カフェの向こう側にちょっとした庭園があり樹木が育ち過ぎてうっそうとしていたのですが、「彩の国シェイクスピア・ガーデン」と名称を変えて、劇中に出てくるバラやハーブなどシェイクスピアにゆかりのある草花を集めて庭を整備しました。関西にある神戸女学院の中に「シェイクスピア・ガーデン」があるということで、参考のため劇場の方と視察に行ったことが今となっては懐かしいです。
以上が今回の改修の3つのテーマ「安心」「快適」「充実」の内容です。

北側広場から見た彩の国さいたま芸術劇場
1995年に第8回村野藤吾賞、第36回BCS賞(建築業協会)を、1996年には日本建築学会賞(作品賞)をそれぞれ受賞

北側広場から見た彩の国さいたま芸術劇場。今回の改修では、シンボルタワーから大ホールのサインや大階段に光が当たるような照明システムが追加された。1995年に第8回村野藤吾賞、第36回BCS賞(建築業協会)を、1996年には日本建築学会賞(作品賞)をそれぞれ受賞。日本音響家協会による優良ホール100選にも選ばれている

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公開日:2024年09月26日