地域活性化の拠点を担うコミュニティホテル「松本十帖」

岩佐十良(株式会社自遊人代表取締役)×SUPPOSE DESIGN OFFICE Co., Ltd.

「松本十帖」内にあるブックホテル松本本箱の120m<sup>2</sup>を超える広さのスイートルーム
「松本十帖」内にあるブックホテル松本本箱の120m2を超える広さのスイートルーム(設計:サポーズデザインオフィス)
岩佐十良(いわさ とおる)株式会社自遊人代表取締役
岩佐 十良(いわさ とおる)
株式会社自遊人代表取締役
谷尻誠(たにじり まこと)、吉田 愛(よしだ あい)SUPPOSE DESIGN OFFICE Co., Ltd.
谷尻 誠(たにじり まこと)、吉田 愛(よしだ あい)
SUPPOSE DESIGN OFFICE Co., Ltd.
岩竹俊範(いわたけ としのり)SUPPOS EDESIGN OFFICE Co., Ltd.
岩竹 俊範(いわたけ としのり)
SUPPOSE DESIGN OFFICE Co., Ltd.

長野県松本駅から北へ車で約20分、開湯1300年の歴史を誇る浅間温泉で、創業337年以上の老舗温泉旅館「小柳」がリノベーションを終えて2021年5月にグランドオープンする。その名は「松本十帖」。地域活性化の拠点となるべく、さまざまなアイデアが施されたこのプロジェクトの仕掛け人は、会社を東京から新潟県南魚沼に移し、“革命は地方からおこす”を合言葉に地方創生に挑戦する株式会社自遊人の岩佐十良氏だ。「100年先につなげるまちづくり」と観光の未来について、岩佐氏と、ブックホテル・松本本箱の設計を手掛けたサポーズデザインオフィスの担当者のお一人、岩竹俊範氏にお話を伺った。

かつての村長の心意気を引き継ぐプロジェクト

———江戸時代から続く老舗温泉旅館の「小柳」を引き継いで、再生を担うことになった経緯やコンセプトをお聞かせください。

岩佐氏:私たちが引き継ぐ1年ほど前の2017年に、地元の八十二銀行の仲介で打診をいただいておりました。創業337年の歴史ある「小柳」ですが、オーナーの三浦さんがご病気で、親族で引き継がれる方もいないということで、私たちが譲り受けたという経緯です。

老舗温泉旅館「小柳」の昭和初期頃の写真
老舗温泉旅館「小柳」の昭和初期頃の写真(資料提供:自遊人)
左手に「松本十帖」の建物が見える湯坂通りの風景
左手に「松本十帖」の建物が見える湯坂通りの風景

 「小柳」はこの地域を代表する一番の宿でした。三浦家は、松本市に編入される前の本郷村の村長を代々務めてこられた家系です。この地域が飢饉に襲われたときに、年貢の取り立てが厳しかった松本藩の殿様に対して年貢を減免するよう直訴したのが三浦村長だったと、古文書に記述が残されています。このように三浦家は、まち全体を引き受けるような家系でしたから、そういったことも含めて引き継いでいくという気持ちでした。
 私たちは現在4軒のホテルを運営・経営しています。新潟県南魚沼市の「里山十帖」(2014年5月開業)、滋賀県大津市の「講 大津百町」(2018年4月開業)、神奈川県箱根町の「箱根本箱」(2018年8月開業)、そして2020年にプレオープンした長野県松本市の「松本十帖」で、この4軒のプロジェクトはすべてコンセプトが異なっています。
 箱根本箱と松本十帖の松本本箱はブックホテルという点で共通していますが、箱根本箱の選書のテーマが“発想を柔軟にする”に対して、松本本箱では、自分を見つめ直したり、知識やアイデアを深めたり、どちらかといえば“学び”をテーマにしています。長野県は教育県として有名で、信州大学のある松本市は、古くから文化と学問の中心地でした。文化レベルの高い松本ですが、これから先30〜40年後には、人口減少という問題に直面すると言われています。人口減少を食い止め、地域を活性化するためには、魅力を高める必要がある。では地域の魅力とはなにか。語弊があるかも知れませんが、私は教育レベル、文化レベルの高い人たちが集まっているまちが活力を持つと思っています。「松本十帖」は、そうした地域の人にも旅の人にも喜んでもらえる“コミュニティホテル”を目指しました。

松本十帖の建物配置図(資料提供:自遊人)
岩佐十良(いわさ とおる)株式会社自遊人代表
岩竹俊範(いわたけ としのり)サポーズデザインオフィス

敷地内に復活させた共同湯「小柳之湯」を挟んで左手がリノベーション後の「松本本箱」(左)で、右手が「小柳」(右)

歩いて楽しめる温泉街を取り戻す挑戦

———松本十帖プロジェクトでは、老舗旅館のリノベーションにとどまらず、まち中の空き家を借りてさまざまな活用をされていますが、どのような狙いがありますか?

岩佐氏:温泉街は、まちをぶらぶら歩くことが楽しみのひとつですが、昭和50年代から平成にかけてつくられた旅館は、本来まち中にある娯楽施設、例えばラーメン屋、スナック、カラオケ、バーなどを、旅館内に取り込み大型化していきました。そういう流れの中で温泉街が廃れていきました。これはなにも「小柳」に限った話ではなく、日本全国の温泉街が同じような経過を辿ったわけです。ただそういう時代は終わったと感じています。ならば30〜40年前の温泉街の本来の姿に戻すことが必要だと。
 浅間温泉には、残念ながら廃業した旅館や閉店したお店があります。そこでまちを歩いてもらうための仕掛けのひとつとして、カフェを2軒つくりました。カフェにはお客様を引き寄せる吸引力がありますからね。ホテルのレセプションを兼ねた古民家の「Cafeおやきとコーヒー」と、哲学書中心の本屋とカフェを組み合わせた「哲学と甘いもの」です。両方のお店はとてもいい雰囲気で、常連のお客さんが通っています。

松本十帖から150m離れた古民家を借り受け、ホテルのレセプションとして活用
2Fはカフェとして一般に開放
2Fはカフェとして一般に開放

松本十帖から150m離れた古民家を借り受け、ホテルのレセプションとして活用(3点とも)。2Fはカフェとして一般に開放され、地元の人は割安でコーヒーが飲めるとあって、毎日通ってくる人も多い。建物内には、地域住民のための共同湯「陸の湯」があり、敷地隣は松本十帖の駐車場になっている(設計:自遊人)(写真3点とも:フォンテルノ)

「松本十帖」から湯坂通りを少し上ったところにあるカフェ「哲学と甘いもの」
現代思想や哲学書がならぶ

「松本十帖」から湯坂通りを少し上ったところにあるカフェ「哲学と甘いもの」。現代思想や哲学書がならび、読書を目的に松本市内から訪れる人も多いとか。元料理人の店主がつくるカレーもおいしいと評判に(設計:スキーマ建築計画)(写真2点とも:フォンテルノ)

岩佐氏:敷地内には「小柳之湯」を復活させました。5、6年前に聞いた話ですが、「小柳」という屋号はどこからきたのかというと、「柳の湯」という上級武士のための湯が隣にありますが、村長の三浦家の敷地内にある湯を「小柳之湯」とし、身分に関係なく村民に開放していたのではないかと私は推察しています。詳しい話は三浦さんがお亡くなりになったので分かりませんが、「小柳之湯」という小さな湯小屋には三浦家の魂が込められていると勝手に解釈し、歴史へのオマージュとしてちゃんとつくり直さないといけないだろうと考えたのです。ここにはあえて脱衣所やトイレを設けず、ガラス窓も付けず吹きさらしの状態の簡素な湯小屋にしました。かけ湯のためのシャワーとカランだけはあるのですが、洗髪や体を洗う行為はできないようにシャンプーや石鹸も置いていません。
 また、敷地内の蔵はシードルの醸造所にする予定です。地元のリンゴ農家さんから出てくる摘果リンゴなどを使って、地元産のシードルをつくっていこうというものです。弊社は、食と農業に取り組んでいる会社でもあり、20数年間、自らお米をつくるなど、食品の製造販売を手掛けてきました。姉妹施設の「里山十帖」では発酵食を主なテーマにしていて、ここ「松本十帖」でも信州の食を中心に発酵料理も提供していく予定なので、その延長線上にシードルがあります。

三浦家のオマージュとして再基地内に復活させた宿泊者専用の共同湯「小柳之湯」の外観

三浦家のオマージュとして敷地内に復活させた宿泊者専用の共同湯「小柳之湯」の外観。宿泊客が浴衣姿で入りに来る(設計:スキーマ建築計画)

内観
シャワコーナー

「小柳之湯」の内観(左)とシャワコーナー(右)。採用された埋込形シャワーバスセット・埋込形シャワーセット(パブリック向け)BF-25セット(設計:スキーマ建築計画)

「松本十帖」敷地隣にある「柳の湯」
「松本十帖」敷地隣にある「柳の湯」。1658年に二木与五兵衛によって発見され、その後松本藩に接収され上級武士の入湯場となる。明治になると士族の所有に代わり、現在は会員268人で管理運営されている(写真:フォンテルノ)
敷地内の蔵
敷地内の蔵は、地元産の摘果リンゴなどを使ったシードル醸造所にする予定

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公開日:2021年04月21日