地域活性化の拠点を担うコミュニティホテル「松本十帖」
岩佐十良(株式会社自遊人代表取締役)×SUPPOSE DESIGN OFFICE Co., Ltd.
回遊して楽しめるホテルの共用空間を目指す
———松本本箱の客室以外のデザインについて、お聞かせください。
岩竹氏:荒々しい躯体に対して、華美な日本的装飾ではなく、それでも日本の旅館っぽい空気感を表現するにはなにがいいかと考えて、赤という色が出てきました。昔の木造旅館を調べてみると赤い絨毯が敷かれているなど、赤が使われていることが多いんですね。赤の色については、神社などによく使われている朱赤ではなく、建築のザビ止塗装の赤褐色をベースにしました。これは、既存の躯体との調和や素材感を生かすことを検討する中で導き出された色です。
先ほど岩佐さんから、まち歩きができる浅間温泉にしたいというお話がありましたが、なるべく多くの方に館内を歩いてもらうために、賑わいの感じられる空間にするようネオン管アートなども取り入れています。一方客室はプライバシーが守られていて静かに寛ぐための客室空間となるよう、意識的にトーンを変えてデザインしています。
岩竹氏:かつての大浴場だったスペースは、本に囲まれた大浴場をイメージしたブックバス「オトナ本箱」を提案させていただきました。ここでは天井を鏡面にして、圧倒的な数の本に包まれているような印象的な空間構成にしています。
岩佐氏:天井の鏡は私のアイデアですが、浴槽をそのまま残して本屋にしようというのはサポーズデザインオフィスさんのアイデアです。ご提案をいただいて、すごく面白いと思いました。天井を鏡にするには予算がかかりますが、ここは何としても鏡にしましょうと言った記憶があります。私が最もサポーズデザインオフィスさんらしいと思ったのが浴槽のピンク色のタイルです。周縁の御影石は昔のままですが、湯船の中はグレーっぽい色のタイルだったのを貼り替えているのです。同じタイルを貼った平置き台もあります。普通はやらないよね、というところがなかなかいいんです。この施設で最も特徴的なところはどこかと問われれば、湯船のタイルを貼り替えているところ、と答えますね。あたかももともと女風呂だったんだろうなと思わせるピンクが最高に洒落ていてますよね。
宿泊施設の水回りはよりパーソナルになっていく
———最後になりますが、withコロナ時代の観光とこれからの宿泊施設についてお聞かせください。
岩佐氏:私は、withコロナではなくresetコロナにするべきだと思っています。withではなくreset、忘れたほうがいいと思っています。これからの宿泊施設について言うならば、コロナが来ようが来まいが「個の時代」に向かっていることは間違いありません。昔の旅館には温泉浴場はなく、外の共同浴場に入りに行っていたのですね。昭和に入ってから、宿の中に温泉が組み込まれるようになり、これが内湯旅館と呼ばれました。この内湯が大浴場に進化し、その後、客室に洗面所やトイレが組込まれるようになります。バブルの時代になると客室に浴室まで出来てしまいますが、この時はまだ浴室は温泉ではありませんでした。その次に、貸切露天風呂が館内につくられ、その後部屋付きの露天風呂が当たり前になった。
このように、水回りがよりパーソナルなものになっていく。「松本本箱」ではキッチンまで客室内に取り込んでいますから、今後ますます水回りが客室の中に取り込まれていくのは間違いないですね。より個の生活、自分専用の水回りになってきて、洗面ボウル2つの次は、トイレ2つが主流になるのではないかと。これは何もコロナのせいではなく、時代の流れがそうなっているのだと思います。コロナだから客室に露天風呂があったほうがいいというお客様もいらっしゃいますが、私たちはコロナ対策でやっていることではなく、時代がそういう方向に向かっているからそのようにしているのです。
岩竹氏:コロナ禍だからという理由でのプラン変更はありません。なので、コロナによって建築や水回りのプランに特別変化が起こるとは思っていませんね。ただ、お風呂や水回りの位置をより外に近づけ、外を楽しめるような空間構成にしています。
岩佐氏:地方のまちに必要なのは “再生”ではなく“活性化”だと思っています。活性化する原点はやはり人で、建築などのハードは人を刺激するきっかけになります。人を活性化させるような建築や施設が増えることは、これからも重要なことだと思っています。
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公開日:2021年04月21日