海外トイレ取材 6
西海岸とパブリック・スペース(前編)
浅子佳英(建築家、タカバンスタジオ)
今回はパブリック・キッチンが加わってから初の海外取材である。どこに行くべきか悩んだ末、アメリカ合衆国の西海岸に行くことにしたのだが、これが結果的にとても実りの多いものになった。その理由を一言で言えば、西海岸が「IT企業の集中した場所である」ということに尽きる。ただその事実が、これまでは都市や街に直接的に影響を与えるというよりも、間接的なものだったように思われるが、ITは現在、物理的な都市や空間と融合し、大きなインパクトを与えようとしていた。それは特に公共空間において顕著になっていた。そもそもこの企画は単にパブリック・トイレだけをリサーチするという目的ではなく、トイレという最小の空間からパブリックについて考えるというところからスタートしたこともあり、今回はトイレからは少し離れ(もちろんなかにはトイレやキッチンの話もでてくるが)、ITと公共空間をテーマに話を進めていきたいと思う。
今回取材のなかで発見した変化は大きく分けて2つある。ひとつはITの介入による実空間の直接的な変化であり、もうひとつは、ITおよびグローバリズムが発展、普及したことによって事後的に現われてきた人々の意識の変化である。現在では当たり前のように感じているが、ルイ・ヴィトンやスターバックスなどのグローバル・ブランドがこれほどまでに世界中のあらゆる都市に店舗を持つことになったのは、じつはごく最近のことだ。さらに言えば、それらの商品を世界中で欲望するようになったことさえもここ20?30年の出来事である。そもそもそれらの商品を知ることがなければ、欲望することは不可能である。その意味でグローバル・ブランドとグローバリズムの発展は不可分な関係にある。ただ、これらのグローバル・ブランドがそれこそ世界中に普及し、さらにはネットショッピングによってそれらの商品がどこにいても手に入れられるようになってしまうと、逆説的にそこにある店舗で購入する動機が薄まってしまう。
それを知らなければ欲望することもできない。だが、それらが大量に溢れてしまうと欲望を喚起することもまた困難になる。ここには消費に関する本質と矛盾がある。そしてサンフランシスコにはその変化にうまく適応し、現在の店舗のあり方についてヒントを与えてくれるブランドがいくつか存在していた。まずはそれらのブランドを紹介したい。
EVERLANE(エバーレーン)
ひとつめは「Radical Transparency(ラジカルな透明性)」を掲げるファッションブランドEVERLANEだ。 EVERLANEは2010年に創業。素材、生産コスト、生産地、流通経路などを公表しており、これまで原価など、ファッションブランドがタブーにしていた部分こそを透明にすることで、ブランドの価値を高めるという逆説を行っている。そして興味深いのは、その中身である商品そのものは、これまでのほかのファッションブランドと大きな差があるわけではない、ということである。粗っぽい言い方だが、上質なユニクロを想像してもらえばいい。WEBサイトもその商品自体の説明とともに、このブランドがいかに透明でクリーンな存在なのかということをていねいに説明している。そこだけを切り取って見ると環境問題を扱うNPOのサイトのようであり、ファッションブランドのサイトとは思わないだろう。店舗のデザインはクリーンでシンプル。だが、これも特別変わったものではない。面白いのはいわゆるレジがなく、アプリで購入するかたちになっていることだ。ここでは店舗はショールーム兼試着室となっている。
Sightglass Coffee(サイトグラス・コーヒー)
Four Barrel Coffee(フォーバレル・コーヒー)
さらに、近年西海岸を中心に流行したサードウェーブ・コーヒーの店舗も裏側を見せるというかたちで適応していると言える。Sightglass CoffeeとFour Barrel Coffeeはブルーボトルと並びサンフランシスコの重要なサードウェーブ・コーヒーメーカーだが、どちらの店舗も巨大な焙煎機が店内の主要な位置に鎮座している。Sightglass Coffeeに至っては店頭に焙煎機があり、人はその脇から店内に入るかたちになっている。しかしながら、この状態こそがほかのカフェとの差別化になる。なにより、コーヒー豆の品質こそが重要なのだと、語らずして誰もがわかるかたちで示しているからだ。
Heath Ceramics(ヒースセラミックス)
Heath Ceramicsは、老舗陶器メーカーで本社工場はサンフランシスコ市内からゴールデンゲートブリッジを渡った先のサウサリートにある。サウサリートのほうには食器の工場が、サンフランシスコ市内のミッション地区にはタイルの工場があり、どちらも店舗兼ショールームが併設されている。時間の関係で訪問したのはミッション地区のほうだけだが、店内と工場とはガラスで仕切られているだけなので、工場の中が丸見えになっている。ハンドメイドの陶器ということもあり、工場が見えているということがやはりこのブランドの魅力を伝えるのに、一役も二役も買っているだろう。同じ建物の中にはTartine Manufactoryというベーカリー・レストランもあり、Heath Ceramicsのお皿が使用されているので実際に試することができる。こちらもまたカウンターの奥には巨大なオーブンがあり、パンを焼くところが見える。
一見しただけではこれらの店舗には何のつながりも見えない。しかしながら、どのブランドもそこでしか得られない価値を、「裏側を見せる」というかたちで実現しているという共通点がある。transparent(トランスペアレント/透明)から traceability(トレーサビリティ/追跡可能性)へ。透明であることが物理的に見えていることだけではなく、それがいかにして生み出されているかという背景を見せることでブランドの価値を高めていると言える。そしてもうひとつ、裏側を見せるというかたちではないが、興味深かった店舗がTwitter本社の1階にあるスーパーマーケットThe Marketである。
The Market(ザ・マーケット)
The Marketは食料品を扱う中型の店舗なので、業態としてはスーパーそのものなのだが、いわゆるスーパーのそれとはかなり違う。ともかく、一つひとつの商品の品揃えがたいへん充実しているのだ。クラフトビールの種類だけでも大量にある。しかもグローバル・ブランドではなく、地元の商材の品揃えが充実している。イートイン・スペースもたいへん充実していて、バーでは大人たちがワインを飲んでいる姿が見える。店舗のデザインもいわゆるスーパーの真っ白で衛生的なデザインではなく落ち着いたイメージとなっている。
私事で恐縮だが、今回ほとんどのお土産をここで購入した。というのも、衣類はたいていのものは日本でも手に入るし、ネットショッピングをすればその割合はさらに増える。ただ、食品はよほどの名産品以外は日本に入ってきていない。そしてこの店ではサンフランシスコ近郊や合衆国で生産されたものを基本に品揃えしているために、ここでしか手に入れにくいものが多いのだ。もちろん、それらの食品にしてもネットショッピングで海外通販すれば、手に入るものもある。ただ、日本にいてはそもそも知るきっかけがないので、その商品にたどり着くのが難しい。東浩紀は『弱いつながり──検索ワードを探す旅』(幻冬舎、2014)のなかで、インターネットやSNSによってタコツボ化した輪から抜け出すためにこそ、旅に出よと説いていたが、それこそThe Marketは、欲望を喚起させるため、検索キーワードを手に入れるための場所にもなっているといえる。スーパーという最も日常的な場所こそが、世界のなかでそこにしかない場所にもなりえるというある種の逆転がここでは起こっており、現在のショッピングや観光を考えるうえでひとつの重要なポイントになるだろう。
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公開日:2018年12月27日