上野トイレミュージアム×LIXIL
藝大生が創作した体内と自然の循環を感受するトイレ
環境についてトイレの動物たちが教えてくれる
——トイレの内装には、動物をモチーフにしたさまざまな作品が取り入れられています。
伊藤さん:トイレブースの壁は曲線になっていますが、それぞれのブースに動物のテーマがあります。壁に絵を描くことを前提としていたので、動物の世界、生息環境が広がっていくイメージを表現するため曲線のデザインに決めました。絵画の学生には動物の生息環境を描いてもらい、陶芸の学生にはその動物の排泄物をアイレベルより下に、座った時に目に入る位置に“うんちタイル”を持っていくよう伝えました。手すりは鋳金の学生にお願いして、生息環境と排泄物の橋渡しになるような、例えば、ライオンだったら食べた動物の骨を表現している。消音装置は音楽学部作曲科の学生に、動物の鳴き声や排泄環境の特徴を作曲し音にしてもらいました。ひとつの排泄とそれにまつわる環境をトイレブースのなかに込めました。
——便座に座ると動物の臀部が目の前に現れる印象的なトイレです。臀部を描くアイデアはどこから?
西條さん:動物の後ろ姿を見せるという案は、ほかの科の学生とプロジェクトを進めていくにつれて、「自分たちの健康を考えるうえで、もっと強いきっかけがあるといいね」という話が出て、その時に絵画の学生が生息環境に加えて動物の後ろ姿も描けるのではないかとなりました。動物の後ろ姿と排泄物や生息環境を見た時に、そこから習って「排泄と環境」について意識してもらえるのではないかと考えました。
伊藤さん:上野動物園の飼育員さんの話から、「動物は言葉で喋れないので、我々はうんちを見て彼らの体調を判断している」と伺いました。トイレのドアに描かれた動物は、一見お尻を向けているように見えますが、実は首をこちらに傾けていて、自分の排泄物を確認しているような仕草をしています。その後ろ姿が切実なものであって、私たちに語り掛けているようなものにしたいと思い、動物が自分の排泄物をちょっと見ているような後ろ向きになった表現にしました。
——担当された絵画の皆さんは動物の生息環境をどのように表現されましたか。
岡田さん:僕が担当したのはトイレブースのペンギンです。上野トイレミュージアムは全体的に白い空間なので白を基調とした色味にするとか、あるいは生息環境とどのように世界観を広げていくかということを考えました。上野動物園にペンギンを観察しに行って、掲示板を読んだりスタッフに話を聞き、ケープペンギンの生息環境と本来、何を食べているのかを教えてもらいました。そこからの情報ほかにインターネットでも調べています。ドアの内側に動物の臀部をアップで描くことは共通のテーマだったので、壁面上部の生息環境については、収集した情報などからどのように落とし込んでいくかを考えながら描きました。
岩崎さん:ライオンを担当しました。ライオンといえば顔が絵になるので、後ろ姿でそれらしさ表現するのに悩みました。臀部の資料もなかったため、博物館の標本や解剖学から骨を調べて、トイレのドア一杯に大きく描き迫力ある姿にしました。腰壁に“うんちタイル”が緻密に並んでいるので、絵で全体的に密度をつけてしまうとうるさくなってしまう。そのため、背景となる壁面上部は広大なサバンナをシンプルに表現しようと思い、ライオン以外の動物は小さく、青空を大きく入れて、大胆な色彩構成にしました。描き上げた作品には、保護として壁面に何層もニスを塗って、いたずら書きがあった際の対策としています。
筧さん:キリンの絵を担当しました。キリンのお尻をトイレのドアに描く前に、ドア絵の原寸大の下絵をつくり、それを写すという方法でしたので、その下絵をつくるのが大変でした。そのためにやはり上野動物園にキリンを見に行ったり、書籍を調べたりしました。生息環境につてもキリンは木に首を伸ばして食べ、特徴的な恰好で水を飲むので、そこを取り入れたいと思い周りの壁面に描きました。
俵さん:パンダの絵は男子トイレと女子トイレにありますが、女子トイレを担当しました。絵画でいえば、使う画材もメーカーのアクリル絵具と指定されていて、絵具の取り扱いが大変でした。普段は、油彩を中心に描いているので油絵具を使います。アクリル絵具で絵画の強度を高めることは結構難しい。今回のプロジェクトは公共施設で、描いた絵をずっと見てもらえるということもあり、パンダだからということではなく、リアルさをアプローチしようと考えました。また、女子トイレということで、絵画としてのインパクトを持たせつつ落ち着いた空間になるよう、そのせめぎ合いというかグレーゾーンを意識しました。
——だれでもトイレと男子トイレにはモザイク壁画が施されていますね。
古谷さん:大学院で壁画を専攻していますが、壁画のひとつの技法としてモザイク壁画があります。元々、公共的な建物の床面、壁面などに装飾として使われています。今回のトイレについても公共施設と一体化した作品をつくれるのではと思いモザイク壁画を取り入れました。だれでもトイレは象、男子トイレは鳥をモチーフにしていますが、そのなかで、男子トイレのモザイク壁画を担当しました。モチーフについては上野公園にいる身近な鳥である鳩、ハクセキレイ、スズメを用いました。個室のトイレブースには、便器があってその前に各動物のお尻の絵があるというスタイルだったので、男子トイレの3つの個室に繋げて3種類の鳥を選びました。生息環境についても上野公園にある植物を配置しています。制作するうえで公共施設に合う清潔感とゆったりした感じを大事にして、図案を提案しました。モザイクは石をひとつずつ手で割ってはめ込んでいく時間のかかる作業なので、工期が決まっているなかで一つひとつ手順を追って完成させていくことが大変でしたね。今回は、自分自身の制作と違い、お金を頂いてやる仕事の重みというか、責任を感じました。自分の作品づくりと違って確認事項も多く、ほかの科や業者さんといったいろいろな方々とコミュニケーションを取りながら進めていくのが印象的でした。
——最後に、上野トイレミュージアムのプロジェクトに取り組まれた感想を聞かせてください。
伊藤さん:今回の取り組みは貴重な経験になりました。僕にとって人生で初めて実物の建築の設計でした。それが手元を離れて実際に使われる姿を見て、本当に建築は力があると感じました。土地に対してもそうですし、人に対してもそれだけ訴えるものがあると改めて知る機会を持てました。そして、藝大生の仲間たちと知り合い、話し合い、交流を持てたこともとてもいい経験になったと素直に思います。
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公開日:2020年12月23日