INTERVIEW 023 | SATIS
「普通」を積み重ねること
設計:増田信吾+大坪克亘|建主:Yさま
今回の家は、駅から徒歩10分ほどの静かな住宅街につくった住宅です。2階建てが続く普通の住宅街です。ゆるやかな坂道の途中にあります。こうした住宅地の中に建つ一般の建物の建築の記号はとてもわかりやすく、建物をL型にして、車が入れられるように、そして敷地いっぱいに建物を配置し、デザインは総2階の切妻で、バルコニーが2階の一部についています。この家も一見すると同じように周りにある住宅と溶け込み、その違いを見過ごしそうになるのですが、そこにこそ、この作品のテーマがあるようです。このテーマも初めからそうだったのではなく、設計を行う過程で見えてきたのだそうです。
また家の可変性についても特徴があります。この家の建主はプロの料理人なのですが、将来ここがレストランになるかもしれませんし、どのような変化が訪れるかわかりません。未来の暮らしへの変化を受け入れられるように、間仕切りは家具の延長として、すべてあとから簡単な仕組みで組み立てられているので建物内部には柱が一本もありません。普通さと可変性、こうしたテーマへと進んでいきました。
設計から2年、設計を大きく変える
この家の設計期間は3年間と比較的長いと言えます。建主の転勤期間もあったり、設計期間が長引いたこともあるのですが、初めの案が煮詰まった2年後の頃、増田さんと大坪さんは、どうしても気になることがあり、そこからまたやり直して今の設計になったそうです。それは建築が暮らしに勝っていると言うこと、どうしても建築が主張する家の在り方が疑問に思ったのです。いかに建築が主張しないか、そのことがこの家族にとっての家の目指すべきところではないかと思ったのです。設計という何かしらの主張を求められる建築家が、あえて建築を主張しないという自己矛盾ともいえるこの課題に、彼ら自身も時間をかけて越えていこうとしました。
ちょっと変わった構造
この家の間取りはある意味とても普通に見えるのですが、よく見ていくと不思議な構造になっていることに気づいてきます。下のアイソメ図をご覧ください。1階の壁の大半は基礎扱い、そこに4本の大きなトラス梁をつくりその上に載せています。そのトラスで囲われた真ん中の部分は家の設備類のための空間になり、その両脇は1階の空間として高い天井を確保しています。またバルコニーは手すりを構造体とし、低い天井に合わせて、バルコニーの床を低くしています。この構造があることによって、低いバルコニー、高いリビング、1階と2階の構造も変えることで、2階が1階に規定されない自由な構造となることができ、外壁線を後退して、2階の通風や採光を確保しています。バルコニーは低くすることで全面道路との距離を近くしたり、境界線からの距離を確保することで隣地との距離を確保することもできたと言います。また街の風景に無理なく馴染んでいくことにつながっているようです。
プランは玄関から2階へのアクセスを境に一方に設備空間を格納し、もう一方をキッチンダイニング、リビングと一体の空間をつくりながら、そのトラス梁を利用してつくられた天井の高さの変化によって、キッチン側とを分けています。また上下の空間を分けることでできた隙間ともいえる、1階の基礎を利用した壁と2階の梁の間にできたスリットが内部と外部をつなげ、空間をより広く見せています。このようにさまざまな普通に見えるデザインへの挑戦は、この変わった壁によって実現させています。
家具で仕切る
この建物で、通常の壁を作っているのは、1階の浴室、2階のトイレだけです。それ以外の壁は、合板をL字の金物だけで組んでいます。それによっていつでも取り外せます。大きな箱、しかも1階と2階が違う構造で、大きさの違う蓋をかぶせたようなイメージです。その箱の中に自由に配置する家具で作った家のようにも見えます。それらの構造が独立して存在していることを示すように、壁と家具、1階の壁と2階の壁、それぞれの接点をあえて切り離して表現しています。この切り離しは、ズレとして、この家に余白をうみだし、一見普通に見える家の中に、居心地の良さや、風通しの良さを産みだしているのです。特別な設計をしないという設計、このパラドックスを解く鍵はこの特別な構造にあるとも言えるでしょう。この構造体があることで、家の高さ、外とのつながり、バルコニーと道路との距離、通風や採光、間取りの可変性、部屋と部屋の空間の連続性などが解決されているのです。そうした解決の集合体としてこの家が成り立っているのです。
土地と家の関係
この家の周りの土間を見てみると、土間が塀に繋がっていて、家とは縁が切れています。そしてその土間は全面道路と同じ角度で斜面がついています。そのことで、まわりの地形に素直に敷地を整え、そこに置くように家が建っているのです。家を中心に周りの土間を決めるのでなく、まわりの高さは地形に合わせ、そこにそっと家を置いていくということでまわりの地形とのなじみ、周りから見た時の自然さ、また隣の外壁をあえて隠すことなく地形の一部として扱っていることも特徴の一つです。構造のズレをつかった部分が駐車場の屋根になるなど、実用的にも使いやすいと思える空間が生まれているのも注目したい点です。
普通さとはなにか
この取材を通して、なぜ普通さということにこだわるようになったのか、彼らの今までの設計はどちらかというと明快にコンセプトを立て、そのコンセプト以外を手放してきたように見えます。それに対して、今回は、建築という行為を、自らを主張せずに、できるだけ状況に馴染ませていくことです。建主の暮らしに無理が出ないように作っています。それは、周りの地形や道路との関係に異議を唱えないということなのでしょう。こうした今回の彼らのプロセスが、今までとは違う領域を探し始めていると感じました。建築のコンセプトを表現することでなく、日常の暮らしの中で出てくる課題をできるだけ丁寧に解決すること、その解決の集合体で生まれてくるかたちこそ、この家に求めてきたことなのでしょう。こうした彼らの姿勢は建築という行為の有り様を、あえてコンセプトをたてないということで新しい可能性を探りたいという強い意志を感じさせる作品でした。約3年をかけた設計。長い時間の中で建主の課題のひとつひとつと丁寧に向き合った時間です。この家のタイトルを、彼らが「2階建の家」と呼んでいるのも頷けます。その名前に、彼らの普通さへの挑戦の意味が込められているのです。こうして普通さに意識を向けながら、まわりの普通の家を見てみると、それが普通ではなく、作りやすさという視点が強すぎないかと言うのです。それを解決するには彼らが今回試みたように、家を作るときに起きる様々な暮らしの課題をすべてフラットに扱っていくことだと。普通さを極めていくことで、もっとよい建築がうまれるのではないかと言います。彼らの作った普通さが時間をかけていつしか街の建築がより普通さを求めるようになり、街の風景の改編に寄与することも期待しています。
取材の最後に、料理人である建主が「私にとっての料理は、社会貢献です。おいしい料理を作るのは当然ですが、その素材を使って生産者を応援したい、食べる人にその価値を伝えたい」と言っていました。料理をつかって素材の成り立ちのことを伝える。その態度とこの建築がリンクして見えました。建築をつかって、作品ではなく建築への向き合い方を示すことで、環境に対しては、普通さのあり方を示すことで問題提起をしているようにも感じます。それは景観に対する社会貢献と言えるかも知れません。
落ち着くトイレ空間
ここのトイレはサティスGタイプのノーブルブラックをつかっています。建主の仕事柄かもしれませんが、白いトイレは日常的に見えすぎるのもあって、非日常感を演出するためにも、少し暗い場所にして、落ち着きをつくること。天井面からはサイドライトからうっすら外の光も入りますが、その回り込むような光の柔らかさと落ち着いたトイレ空間、来客も多いというこの家で、ほんのひと時の安らいだ空間を提供していきたいという配慮でもあるのでしょう。
このトイレで良かった点は、「音楽が流れてお客さんが喜んでいる」こと。その姿を見るのはとても楽しいとのこと。掃除もしやすく、色も選択できるトイレ。とても楽しんでいるようでした。
このコラムの関連キーワード
公開日:2022年03月29日