「認知症になってもやさしいスーパープロジェクト」
マイヤ仙北店(岩手県)における、認知症の方に配慮した男女共用トイレの実現
「わかりやすさ」をすべてにおいて優先させたトイレ
──マイヤ仙北店の新設トイレを設計された設計事務所ゴンドラの小林氏より、設計のポイントなどをお聞かせください
小林氏:このプロジェクトにかかわることになったのは、ある日、野口先生がとても真剣な表情で私たちの事務所を訪ねて来てくださったことが始まりです。先生の住宅と事務所が近いということもあり、野口先生とは以前からお付き合いがありました。ちょうど野口先生が認知症の方の調査をされている頃で、私もついて行って見させていただきましたが、予測どおり非常呼出しボタンと洗浄ボタンを押し間違える方が多かったのです。便座に座ると、目立つほうのボタンを押してしまうのですね。その後、マイヤ仙北店のトイレの設計をやってみないかとおしゃってくださって、お手伝いさせていただきました。
仙北店で「くつろぎサロン」が開かれていて、こういうところに認知症の方が週回集まって買い物をされていると知り驚きました。皆でトイレはどこにあった方がいいかという話をしたときに、やはりサロンが開催されるイートインスペースの中がいいのではないかと。そこには排水管・汚水管も引かれていなかったのですが、その方向で進めました。この改修での懸念は、イートインスペースは飲食をする場所で、横にはベーカリーがあり、そういう場所にトイレを置いてもいいのだろうかということでした。いくつかのせめぎ合いがありましたが、結果イートインスペースのかなりのボリュームを取ってトイレをつくることになったのです。
トイレ内には便器のほかに洗面器、介助者が一緒に入れるスペース、そして思った以上に体積を取ったのがおむつ専用ゴミ箱でした。これが50cm角で高さも95cmあります。おむつを取り替えるための着替え台や、つかまる手すりも必要ですし、おむつの取り替えを手伝う介助者が立てるスペースも必要です。さらに野口先生から、もともと広くないスペースに、車椅子でも入れるようにしたいという難問が出されたので、入口だけでなく、トイレ空間内で車椅子を方向転換できる空間が必要になりました。イートインスペースを縮めることなく、トイレ空間に必要な面積を確保する寸法取りには大変苦労しました。
マイヤさんから言われたことは、イートインスペースでありくつろげるサロンでもあるので、“トイレ然”としてほしくないということでした。そこでトイレの外壁面をまっすぐにせず、ゆるいアールを付けて柔らかな存在感を出し、機能性だけでない表情を出しました。
野口先生から認知症の方の話を伺って、とにかくわかりやすいことが大切で、すべてにおいてそれを優先するように考えました。
──トイレ空間の内装デザインについてもお聞かせください
村上氏:トイレ空間の内装デザインについては、小林からの話の通り「わかりやすい」ことを一番と考えました。
まずトイレの開き扉を開けると正面に便器と洗面器を配置し、目指す便器の位置がすぐわかるようにしています。
また認知症の方や介助者が座って待てるように開き扉の外にベンチを設けました。開き扉を開けてもほかのお客様からトイレ内は見えないので、開けたままで用を足すこともできます。
認知症の方もそうでない方も、空間全体が白ですと白い便器が認知しづらくなります。そこで、床や背面壁を暗めの濃い色にして、便器の白とコントラストを出しました。またトイレ空間内は温かい雰囲気にしたいと思い、正面と右側の壁は木目調にし、着替え台のある左側の壁を落ち着いたオリーブグリーンにしています。
小林氏:トイレの臭いについては特別のことはしていませんが、トイレ空間内の空気がイートインスペースに流れないよう換気扇を付けて空気を外に排出しています。おむつ専用ゴミ箱は臭いを漏らさないように、おむつを包むビニールがひとつずつねじれて腸詰のように密封する構造です。お店側にも臭いについての苦情はいまのところないと伺っています。
野口氏:マイヤ仙北店の新設トイレに設置した大人用のおむつ専用ゴミ箱は、赤ちゃん用のおむつ専用ゴミ箱で実績のある日本カルミック株式会社に開発をお願いしているものです。
小林氏:トイレブースはそもそも狭いので、おむつ専用ゴミ箱は、できればもう少し小さくなって欲しいと思っています。多機能トイレは広めにつくられていますが、普通のトイレブースでは狭くておむつ専用ゴミ箱を置くことはできません。男性トイレにもサニタリーボックスが欲しいとネットで声があがっているように、おむつ捨てが必要とされていることは間違いないのです。ほかの現場ですが、男女関係なく何でも捨てられるごみ捨てコーナーを計画しています。そういうものがこれからは必要になりますし、トイレプランニングの新しい課題と捉えています。
──マイヤ仙北店の新設トイレでは、LIXILの商品、壁掛大便器(専用ライニング、背もたれ、はね上げ式手すり、2連紙巻器)や洗面器(加温自動水栓、自動水石けん)が納材されていますが、これらを選定した理由についてお聞かせください
村上氏:便器や洗面器の商品選定のポイントは、“操作を間違えにくい・わかりやすいもの”という視点でした。最初に選んだのはシャワートイレの操作ボタンです。トイレのボタンは、おしり、ビデ、洗浄ボタンが並んでいて、文字も小さいのでわかりにくいものが多く、認知症でない私でも間違えて押したことが何度かあります。ここではLIXILの大型壁リモコンで、ボタンが大きく凸型に出っ張っていて、しっかり押した感触があるものを選びました。シルバーグレーに黒めのボタンなので、見た目にもわかりやすく、洗浄ボタンだけが青色で目立ちます。
加温自動水栓は、使うときだけ必要な水温まで瞬間的に加温して供給する手洗いシステムで、省エネルギーにもなりますから、洗面器の水栓はこちらを選びました。通常の温水器はお湯を貯めて、それを出していますが、トイレの中は何が起こるかわかりません。加温自動水栓の場合は誤って飲んでも貯めている水ではないので、より安全性が高いと考えました。
認知症の方はやはり高齢者が多く、腰が曲がって腕が上がりにくいなど行動に制限のある方が大半です。トイレを利用する際に手荷物を置くことは頻繁にありますから、ライニングの高さは低くしています。
また、便器を壁掛式にしたのは清掃のしやすさからです。便器周りは汚れることが多く、手が届かない隙間を極力なくすことを考えると、床面をさっと掃除できる壁掛式はより衛生的です。
紙巻器は高耐荷重タイプにしました。左右に手すりが付いていますが、中には手すりが握れない方もいらっしゃいます。紙巻器の棚板に手や肘をついて立ち上がっても危険のないものにしています。
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公開日:2022年10月20日