住宅をエレメントから考える

タイル100年の中のG邸

塚本由晴(建築家)

『新建築住宅特集』2022年12月号 掲載

タイル100年

実はG邸の改修工事で忙しくしている間に、常滑のINAXライブミュージアムでは「日本のタイル100年 美と用のあゆみ」という展覧会が開かれていた。私は会期後に常滑にあるLIXILのやきもの工房とINAXライブミュージアムを訪れ、主任学芸員の後藤泰男さんに、タイル100年の話を伺った。それと展覧会に合わせて出版された同名の書籍から得た知識によると、日本におけるタイルの登場は飛鳥時代まで遡り、『日本書紀』に百済から588年に仏舎利と共に仏寺造営のために送られた「瓦博士」の記述があるという。それを起源としてさまざまな平たいやきもの建材が生まれ、敷瓦や腰瓦から、タイルや化粧レンガまで、名称も使用箇所や材質由来でまちまちだった。名称の曖昧さから生じる市場の混乱を避ける意味で、それが「タイル」に統一されたのが、1922年開催の平和記念東京博覧会であった。今からちょうど100年前の出来事である。その頃のタイルを取り巻く社会状況の変化は著しく、1922年には建築学会が寸法許容差±1%など、標準工事仕様書で厳格な規定を示し、1929年には工業製品全体の標準化を進めるための国家規格「日本標準規格(JES)」が制定され、形状や寸法の標準化など工業製品化が始められた。

元興寺(596年伝、奈良県)。現存する日本最古の瓦。(撮影:梶原敏英)

源敬公廟 焼香殿(1652年、愛知県)。現存する最古の施釉敷瓦、鉄釉唐草文敷瓦。個人蔵(撮影:伊奈英次)

タイルに名称統一されてから23年後の1965年にG邸は竣工したが、それは戦時下の1941年からタイルにも課されていた物品税(奢侈品や嗜好品に課せられた税。41年20%、47年50%、48年30%、51年10%と上下した)が最終的に解除された1959年から6年後。東京オリンピックの成功で建設ブームが続く中、タイルが手に入りやすくなったタイミングでもあった。1950年代はモザイクタイルの生産が盛んになり、アメリカや東南アジアへの輸出も増えたが、その背景には1952年のサンフランシスコ条約調印による独立国家への復帰の影響もあったのかもしれない。日本のアイデンティティの表現の場として、公共建築に壁画がタイルで描かれることが多くなった。たとえば1964年の旧国立競技場には、宮本三郎らによるモザイクタイル壁画が設置された。この壁画は旧競技場解体の際に切り取られ、今日の新しい国立競技場に再設置されている。色味に幅のあるアースカラーの釉薬がかけられたぽてっとしたタイルが迷彩柄を描く新宿駅西口広場も同じ年である。ただ白いタイルで壁を覆うのではなく、絵画や表情豊かなタイルで壁を彩ることが好まれた時代の空気を浜口も吸っていたはずである。

綿業会館(1931年、大阪府)の談話室。

綿業会館(1931年、大阪府)の談話室。泰山製陶所製の中でも、 新宿駅西口広場を覆うタイル。特に手間のかかった5種類の浮き彫りの文様タイル。

渡辺甚吉邸(1934年、東京都)の1階化粧室

渡辺甚吉邸(1934年、東京都)の1階化粧室には泰山タイルが貼られていた。現在は前田建設工業ICI総合センター内に移築されている。(『新建築』2205)

ちなみに、水回りに使われていたモザイクタイルは「磁器バビロニアモザイク」という伊奈製陶(現LIXIL)の商品であり、INAXライブミュージアム、土・どろんこ館で開催された「蔵出し!昭和のタイル再発見」という、昭和のタイルサンプル帳を集めた展覧会の中に見つけることができた。また、緑色の釉薬がかかったタイルは、LIXILデザイン・新技術統括部の伊藤愛さんが子供の頃から通っている名古屋市内のコンパル大須本店という老舗喫茶店内の壁にも使われているという報告を受け、早速確認に向かった。1947年に創業し、48年に今の場所に移ったというコンパルに入ると、正面右奥の壁があのムラのある緑のタイルで仕上げられていた。焦茶色の板で覆われた柱、年季の入った飴色のテーブルやパーケットフローリング、椅子の座と背のクッションを覆う赤いビロードの背景としてよく馴染んでる。G邸のものより、釉薬の溜まり部分が若干浅いが、この断面であれば壁専用に開発された同じタイルに違いない。残念ながら製造元、製造年は特定できなかったが、機会があればもっと調べてみたい。

大日本麦酒銀座ビヤホール

大日本麦酒銀座ビヤホール(現ビヤホールライオン銀座七丁目店、1934年、東京)。煉瓦色の内壁、緑の柱は、小森忍の山茶窯のタイルで覆われている。現在も営業中。(撮影:梶原敏英)

磁器バビロニアモザイク

「津田山の家(改修 G邸)」の改修前の水回りに使われていた「磁器バビロニアモザイク」。(撮影:塚本由晴)

産業社会的連関vs民族誌的連関

タイル100年の歴史とは、工業製品としての品質や性能がタイルに求められ始めた100年である。展覧会ではこれを美と用のバランスの変化としてまとめていたが、私はむしろ民族誌的な連関の中に成立していたやきものとしてのタイルを、産業社会的な連関に移行させた100年として読み解けると考えた。民藝の器や、陶芸作品などの「やきもの」は、ひとつひとつ違うところに味わいがあり、その個性に惹きつけられて購入するという意味で、一期一会の感覚に支えられている。その興味は、誰がどこの土でどうやってつくっているのかという背景まで広がり、目の前にあるタイルの向こう側に、多様な事物の連関を見ようとする。「美術タイル」も同様であったはずである。

4人の画家による11点のモザイク壁画

旧国立競技場(1964年)にあった4人の画家による11点のモザイク壁画が解体の際に切り取られ、新しい国立競技場に再設置された。(撮影:塚本由晴)

これに対して、タイルの工業化というのは、基本的には生産量の増大であると共に、生産施設の大型化を意味する。一度生産施設が大型化すると、設備投資を回収し、従業員の仕事を維持するために、つくり続けなければならなくなる。歩留まりを高くするために、規格化による大量生産が大前提になる。大量生産されたタイルにとっては、より多くの人に届けられることが善となり、ひとりひとりの受け手の個性は相対的に低く見積もられるようになるが、受け取る側もどこの土で誰がどうやってつくっているのかなど気にしなくなる。いい方によっては抽象化が進んだということもできるが、私はあえて事物連関型の想像力の結節点であり得るはずのタイルが、空間的想像力のしもべになってしまったといいたい。そして揺らぎが許されない製品は、設計や施工の揺らぎも許さず、そのような環境に囲まれた人びとは、そうした想定を内面化し、少しの揺らぎにも神経質に批判の目を向けるようになる。結果的にこうした過程がタイルのやきものとしての魅力を削いできたのではないだろうか。
G邸の改修を通して検討してきたように、タイルはひとつの建物を超えて、生産様式や社会や別の場所や時代、自然に繋がっていく。そして生身の人間や、一般的な建築物よりも長く生きながらえることができることに改めて驚くべきであろう。今回、常滑の世界のタイル博物館で世界各国の古いタイルや、明治後期から1930年代前後の解体された建物からレスキューされた芸術性の高いテラコッタに触れ、建築を力強いものにしてくれるやきものとしてのタイルにもっと素直に向き合い、その可能性を楽しみたいという思いを強くした。

新宿駅西口広場を覆うタイル

新宿駅西口広場を覆うタイル。(撮影:塚本由晴)

特記なき撮影:新建築社写真部

INAXライブミュージアム「世界のタイル博物館」

「INAXライブミュージアム」

株式会社LIXILが運営する、土とやきものの魅力を伝える文化施設「INAXライブミュージアム」(愛知県常滑市)の一角に、タイルの魅力と歴史を紹介する「世界のタイル博物館」がある。
タイル研究家の山本正之氏が、約6,000点のタイルを1991年に常滑市に寄贈し、LIXIL (当時のINAX)が常滑市からその管理・研究と一般公開の委託を受けて、1997年に「世界のタイル博物館」が建設され、山本コレクションと館独自の資料による装飾タイルを展示している。オリエント、イスラーム、スペイン、オランダ、イギリス、中国、日本など地域別に展示されていて、エジプトのピラミッド内部を飾った世界最古の施釉タイル、記録用としての粘土板文書、中近東のモスクを飾ったタイル、スペインのタイル絵、中国の染付磁器に憧れたオランダタイル、古代中国の墓に用いられたやきものの柱、茶道具に転用された敷瓦など、タイルを通して人類の歴史が垣間見える。また、5,500年前のクレイペグ、4,650年前の世界最古のエジプトタイル、イスラームのドーム天井などのタイル空間を再現。タイルの美しさ、華やかさが感じられ、時間と空間を飛び越えて楽しむことができる。

左上:イスラームのタイル貼りドーム天井の再現。右上:メソポタミアのクレイペグによる壁空間の再現。左下:常設展示室風景。右下:古便器コレクション。

左上:イスラームのタイル貼りドーム天井の再現。右上:メソポタミアのクレイペグによる壁空間の再現。左下:常設展示室風景。右下:古便器コレクション。

企画展「Fashion On Tiles ―あの時代、この国のおしゃれさん―」開催中

会期:2022年10月15日(土)~2023年4月11日(火)

装飾タイルには、幾何学模様や植物などの普遍的なモチーフに加え、時代や地域の服飾を反映した人びとの姿が描かれています。「世界のタイル博物館」収蔵の人物文タイルから80余点を厳選。そこに見られるさまざまな服飾を、タイルの用途や技法、さらに人物文タイルが好まれた文化的背景などに触れながら読み解きます。

所在地:愛知県常滑市奥栄町1-130 tel:0569-34-8282
営業時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
休廊日:水曜日(祝日の場合は開館)、2022年12月26日~2023年1月4日
入館料: 一般700円、高・大学生500円、小・中学生250円(税込、ライブミュージアム内共通)※その他、各種割引あり
web:https://livingculture.lixil.com/ilm/

企画展「Fashion On Tiles ―あの時代、この国のおしゃれさん―」

6点画像提供:LIXIL

雑誌記事転載
『新建築住宅特集』2022年12月号 掲載
https://japan-architect.co.jp/shop/jutakutokushu/jt-202212/

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公開日:2023年01月25日