住宅をエレメントから考える

建築家の夢のタイル
──新しい風景をつくるエレメントを創作せよ

平田晃久(建築家)×板坂留五(建築家)

『新建築住宅特集』2022年4月号 掲載

『新建築住宅特集』ではLIXILと協働して、住宅のエレメントを考え直す企画として、その機能だけではなく、それぞれのエレメントがどのように住宅や都市や社会に影響をもたらしてきたのかを探り、さまざまな記事を掲載してきました。
2022年4月12日は、日本で「タイル」という名称に統一されてから、ちょうど100年目にあたります。今回はそれを記念した企画として、気鋭の建築家2人にこれからの住宅・建築・都市を踏まえた、夢のタイルを構想いただき、実際にLIXILやきもの工房により制作をしました。既存概念にとらわれず可能性を模索したプロセスと共に、その思想とかたちを見ていただきます。

からまりタイル──平田晃久

日本で「タイル」という名称に統一されて、今年で100年だという。もちろん古代エジプトからタイル的なものはあったようだが、何か100年前くらいに、タイル的なものをめぐってある種の盛り上がりがあったことは確かなのだろう。1920〜30年代といえば、いわゆるモダニズムの建築のスタイルが出揃う頃だ。そう考えてみると、モダニズムが世界に広まったのと、公衆衛生の概念が関係していたことを思い出す。たとえばアルヴァ・アアルトのパイミオのサナトリウムのように、結核などの病原菌を避ける、埃が溜まりにくいツルツルとしたシンプルな表面をもった建築や調度品のあり方が追求されていたわけだ。タイルというのは、そういう考え方にぴったりの素材だったのかもしれない。LIXILの製品に「衛生機器」という呼び名があるのも、そういうことと関係しているのだろう。そうしてみると、結核やスペイン風邪が流行した100年ほど後、コロナ禍の只中で、夢のタイルについて考える機会をいただいたことは、何か偶然ではないような気がしてくる。
100年前、私たちの身の回りの環境には、まだまだたくさんの襞や皺、汚れとか闇、匂いとかぬめりのようなものがたくさんあっただろう。100年も遡らなくても、僕の幼い頃(というと50年近くの昔になるのだが)、祖父母の家に行くと、長い年月を経た環境に染みついた、何とも表現し難いいろいろな匂いがしたものだ。そんな環境の中では、ツルツルピカピカの未来は、やはりひとつの夢であり得ただろう。タイル、という言葉の響きが、来るべき明るい未来と結びついた、憧れを含んだ見知らなさの感覚と結びついていた頃。
100年後、私たちの環境は、ツルツルピカピカのものに覆い尽くされつつある。もはや誰も、そういう滑らかな表面だけでできた未来について、憧れをもって語ることはない。むしろ今、現代のパンデミックによって、半ばディストピアのように、そういうツルツルピカピカの現実を生きることを余儀なくされているわけだ。しかも私たちは、そんな無菌環境が自らの生そのものを脆弱なものにしてしまうということをすでに知っている。人間の身体のあらゆる表面に微生物はおり、むしろそのような他者との良き共存こそが、生きているということの根幹をなしているからだ。
そんな時代における、「夢のタイル」とは何か。「ツルツル」した「衛生的」な表面をつくり出すタイルというものが、同時に、ある毛深さをつくり出すような、多孔質なからまりしろになったとしたら。この「からまりタイル」は、そんな夢想をかたちにしたものである。

からまりタイル

平田晃久

平田晃久氏「からまりタイル」による建築と都市の構想スケッチ。

平田晃久氏「からまりタイル」による建築と都市の構想スケッチ。

塊の中に穴をあけて多孔質にしていき、その中に植物がからまる「多孔質案」。

タイルに必ず現れる目地。目地も面白く見える貼り方を模索した「目地案」。

やわらかなからまりのかたちを検討していく中で「多孔質案」と「目地案」を合わせることに。
回転させながらタイリングしたり、またタイリングする人の個性によっても変化するため、単一的ではなく多様な現れ方をする。

形状は平面的な0ユニットから最も高さの高い3rdユニットまで4種類を制作。
単純な立体格子というよりは、さまざまな葉の形やからまりかたを想像して、格子を部分的に抜いたり面を設けるなどしてかたちを決めた。
高さは平面形をよりも抑え最高でも88㎜とし、格子や板の厚みは最小寸法の7㎜ とした。

常滑にあるLIXILやきもの工房にて3Dプリンティングでタイルをつくる先端技術により制作。

  1. ①、②提供:LIXILやきもの工房 ③提供:平田晃久建築設計事務所

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公開日:2022年05月25日