冗長性のあるパブリックスペース
上田孝明(日建設計NAD室)×西田司(オンデザインパートナーズ)×三浦詩乃(横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院助教)
『新建築』2019年10月号 掲載
これからのパブリックスペースに求められること、その実現に向けて
──近い将来、自動車の自動運転技術導入が予想されています。それに合わせて、ストリートはどのように変わっていくのでしょうか。
三浦
自動運転技術を活用することで、都市やストリートのデザインをどう変えたいかという意思を、都市デザイン側から発信していく必要があると思います。そうしないと自動運転システムを搭載した自動車が一般的になった時、本当は人のための空間をつくれたにもかかわらず、結果として道路の使い方が自動車中心となり、歩いたり佇むことが難しくなってしまう可能性があります。車を個人で所有するのではなくシェアし、無人運転の完全自動化までいくとすると、駐車という概念自体が変わり、沿道のコインパーキングは何か別のものに転用されるかもしれません。また都心の住宅は、敷地が狭い中、1階を車庫に割くことが多いですが、そこを変えられるのではないでしょうか。つまり、先ほどの「ディープファサード」の話に繋げると住宅の1階に変化が生まれるかもしれません。
どこからどこまでを乗り物が繋ぐのか、どこまでだったら歩いていくのかということを議論した方がよいと思います。自動運転技術は人の移動をより便利に快適にしてくれますが、現状だと家の前まで車が迎えに来て、乗って移動して、目的地で降りておしまいというように、「ドア to ドア」というイメージが持たれています。そうではなく、自動運転技術による安全性向上を前提とするからこそ、人間らしい根源的な移動手段の歩行を復興すること、人が街をどうやって歩くのか、今までよりもちょっと歩こうと思えるような公共空間づくりについて議論する必要があると思います。そうしないと街も車中心社会のものから変化していきません。
上田
自動車が自動で動くとなった時、道路がどうなるかという議論が大切ですよね。これまでの都市計画は、分かりやすく、人が移動しやすいようにつくられることが一般的でした。しかし、移動を考慮した設計が不要になるのであれば、もう少し複雑で面白い街をつくることができるかもしれません。自動車が勝手に動いてくれるのならば、どの道も同じようにまっすぐにつくる必要もなく、有機的な形状の道があってもよいと思います。
三浦
これまでは人の感覚で車間距離が確保され、それが主に渋滞や事故を引き起こし得ましたが、自動運転車が本格的に普及されると渋滞が緩和されることが予想されます。さらに、交差点における交通処理も迅速になるでしょうから、これまで以上に移動スピードを速くする必要はありません。15~30km/hのゆったりとした移動スピードでも、従来と同じ距離を同じ所用時間で移動することが可能になるとみられます。私の研究室の中村文彦先生が仰っていますが、そのくらいのスピードだと車内からゆっくりと街を見ることができます。現在の公共交通機関の車体は窓が小さいデザインが基本ですが、車体のデザインも変わっていくことが必要ということです。建築の設計者は敷地内でデザインを考えることが多いと思いますが、移動を含め総合的に人の生活を考える必要がある、チャンスがあると思います。
西田
Pok?mon GO(ポケモン ゴー)は、「こっちの道より、あっちの道の方がレアなモンスターがいる!」というように、個人の移動に楽しみを与えたよい事例だと思うのですが、街を歩く時にモンスターがいなくても、楽しむ体験というものが本来あるのではないでしょうか。現代では、経済性などを優先するため最短距離を選択して人や物が高速に移動していますが、街中に歩く価値のある場所がつくられ、さらに自分が歩いている時によい景色を発見できるようになると、最短距離の移動では得られない価値が生まれるのかもしれません。
上田
スティーブ・ジョブズ氏が電話を再発明すると言ってiPhoneが世に出されましたが、用意したのは器であり、中身としてのアプリはユーザー自身がつくっていくことを前提とした点が発明的だったのだと思います。完全に完成された物は、ユーザーからすると面白くないですよね。同じようにして、公共空間も行政は器としての場所を用意するけれども、その場所を完成させるのはユーザーというような「半完成の場」をつくる必要があるのではないでしょうか。人は達成意欲を満たすために、その場所に何かをつくり始めるはずです。「半完成の場」を提供する側としては、つくりすぎないということがどういうことなのかを考える必要がありますし、デザイナーも設計の段階からユーザーと交流を持つ必要が生まれるでしょう。そうなれば設計業、デザイン業も大きく変わっていくのではないでしょうか。もはや誰がデザインをしたのか分からなくなるような、そういう未来になるとよいと思います。
西田
半分くらいをつくっておきながら、残り半分は使いながら手を入れていくような、修復やメンテナンスということが決してマイナスなことではなく、ポジティブなアップデートだと考えることができると思います。上田さんが考える正解と、三浦さんが考える正解が違うように、多様な価値の時代だからこそ起こり得る物のあり方、考え方だと思います。均質性が求められると、正しいと思われるひとつの事柄を全員に強制してしまいがちですが、現代は均質性が求められる時代ではありません。その時にそれぞれの違いがむしろ価値であり、違いに対してどのように空間を設計していくのか、どのように都市をつくっていくのかを議論できる状況になってきているのではないかと思います。
(2019年8月27日、新建築社にて。文責:本誌編集部)
INAXライブミュージアム「窯のある広場・資料館」をリニューアルオープン
約3年にわたる保全工事が完了
LIXILは、愛知県常滑市に建つ土とやきものの魅力を伝える文化施設「INAXライブミュージアム」の「窯のある広場・資料館」の保全工事を完了させ、展示の装いも新たに2019年10月5日にリニューアルオープンした。
同館は、1921~71年まで土管や焼酎瓶、タイルなどのやきもの製品を製造していた工場を、LIXIL(当時、INAX)が整備し、1986年から公開している。1997年には国登録有形文化財(建造物)に登録、2007年には経済産業省の近代化産業遺産に認定された。築90年を超え、建物の老朽化が懸念されることから、2016年12月から保全工事を実施してきた。
煙突と窯は、国登録有形文化財としての価値を維持するため文化庁指導の下進められた。煉瓦建築の耐震工事として一般的な免震構造台の上に煉瓦造煙突を乗せる方法をとることができなかったので、煙突表面の煉瓦全てに番号を付け解体し、コアとなる煙突を鉄筋コンクリート造で構築した上に、解体前と同じ位置に煉瓦を張り付けた。屋根瓦は土葺きから桟葺きに替え軽量化。瓦の色合いや風合いにもこだわり、写真家山田脩二氏が1980年から淡路島のだるま窯で焼き続けてきた「あわじ瓦」を用いている。 建物内部の煉瓦造の大きな窯は、耐震性能の向上に有効な手段を講じることが困難だったことから、窯内のおよそ半分までを見学者が入れるスペースとして、鉄骨でシェルターをつくり、体感できるようになっている。
開館時間|10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日|毎週水曜日(祝日の場合は開館)
共通入館料|一般:600円、高・大学生:400円、小・中学生:200円(税込、各種割引あり)(10月5日~、一般:700円、高・大学生:500円、小・中学生:250円)
https://livingculture.lixil.com/ilm/
INAXライブミュージアムはLIXILが運営する文化施設です。
雑誌記事転載
『新建築』2019年10月号 掲載
https://japan-architect.co.jp/shop/shinkenchiku/sk-201910/
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公開日:2020年11月26日