冗長性のあるパブリックスペース
上田孝明(日建設計NAD室)×西田司(オンデザインパートナーズ)×三浦詩乃(横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院助教)
『新建築』2019年10月号 掲載
世界と日本の比較
──では、世界のパブリックスペースの事例から、どのようなことを学ぶことができるのでしょうか。
上田
ベルリンのシュプレー川沿いの敷地にある「ホルツマルクト」は面白い事例だと思います。もともとベルリンの壁のあった場所に、伝説的なクラブと言われている「Bar25」がつくられたことがきっかけで、それに続いて有志が集まり、手づくりで川沿いにデッキを貼ったり、小屋を建てたりして場がつくられたパブリックスペースです。数年後、市が立ち退きを命じ、高層ビルなどの建設を計画したのですが、ここを運営している人たちがコミュニティを守ろうと自ら反対運動を起こします。結果、市と競売で争うこととなるのですが、スイスの年金ファンドがその運営に興味を持ち、ホルツマルクトに投資をして、行政から競売に競り勝つことで、事実上ホルツマルクトの存続が認められたのです。市民が場所を取り戻した後、土地の地価が急激に上がったのですが、投資家からの開発依頼を拒み続け、未だにみんなが自由に使える場所が維持されています。
西田
少しずつアップデートされて、改善されていくところがホルツマルクトのよいところです。日本の公共空間だと、整備されたらそれが完成でアップデートされることはありません。一度使ってみると、「ここがもう少し改善されたらよいな」という意見は生まれるはずなので、ここではマネジメントから生まれるデザインが起こっていることが面白いと思います。
三浦
アップデートしていくという点では、サンフランシスコの「パークレット」も興味深い事例だと思います。車道空間の路上パーキングスペースを転用し、人のための空間を生み出す場づくりが行われているのですが、目の前の店舗が管理を負担して、飲食や展示などができる思い思いの心地よい場所がつくられています。マニュアルがWEBで公開されていて、原則それに従いつつも、地元の建築家などが関わり、オリジナリティにあふれ愛着の持てる空間がつくられています。街中にある利用例を見ると、上手く活用しているところは手を加えて更新しているのですが、一方でダメなところは撤去されていくという新陳代謝があります。
日本でも最近エリアマネジメントの動きが起こり、都市開発を行う民間デベロッパーも積極的にBID*2(Business Improvement Districts)を活用し、完成後のケアなどを考慮しながら開発が行われるようになっています。あるエリアにおいて、自治体と民間が管理する部分が混在している時に、エリア全体の空間の質を一緒に向上させるのは難しいと思いますが、BIDを活用することで、認定されたエリアマネジメント団体が安定的に活動原資を得られ、対象地域を公民連携で一体的に管理することができるようになり、エリア全体として価値を向上させやすくなります。自治体としても規制緩和して公有地を民間に任せると考えると、自分たちの負担も減るのでよい面があるわけです。しかし、私は、昨今の海外のパブリックスペースづくりの現場は、こうした新自由主義的価値観からの動機付けのみとは見ていません。むしろ新自由主義的社会の先に必ず生じてしまう、人びとの生活格差を緩和する目的があります。居場所を見失いがちな年代、ジェンダー、身体状況、所得の低い人たちをコミュニティで受け止めるように、パブリックスペースを積極的に活用しています。
西田
それは重要なところですね。公共的な価値とは何だろうという原点的な議論が抜け落ちてしまいますよね。
上田
昨今、高齢者の孤独が話題に挙がりますが、引きこもりから脱却するためには、他者と繋がる接点をどのようにつくるかが鍵になると思います。パブリックスペースみたいなところに高齢者の方が集まることができたら、そこにいることでいろんな人の視線に触れ、周りからは見守られ、そこがセーフティネットとして機能するような可能性があるのではないでしょうか。行政も医療や介護のサービス提供に必死になっていますが、高齢者をケアするようなパブリックスペースを設けることで、人の目を借りて高齢者を見守ることができるのではないでしょうか。その場合、いかに高齢者を街に出すのか。そのしかけが重要ですね。
三浦詩乃氏によるパブリックスペースの実践
三浦詩乃(みうら・しの)
1987年長崎県生まれ/2010年東京大学工学部社会基盤学科卒業/2015年東京大学大学院新領域創成科学研究科修了、博士(環境学)/2015年~横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院助教
タイ・コンケン市の通学路周辺プレイスメイキング実験。
──高齢者が外に出た時に休む場所も必要ですが、トイレも重要になってきます。トイレもパブリックスペースに上手く組み込めるとよいと思うのですが。
西田
上海の中心を流れる黄浦江の川沿いのある公園には、ガラス張りのラウンジスペースみたいな休憩所に付属したトイレがあります。ランニングをする人が、そこで休憩できるような場所となっていて、いわゆる「公園内のトイレ」というタイポロジーを拡大解釈して複合化が図られており、トイレ自体のイメージを変えるようなものでした。例えば、日本の公園だとトイレ横にベンチがある場合、あまりそこに座りたくないですよね。しかし、その上海の公園のトイレのように複合化されて、ラウンジみたいな空間とトイレが一緒になっていたら心地よいものになるのではないでしょうか。
三浦
日本の公園だと、トイレは人目の付きにくい場所にあるので使いにくかったりしますが、そのようなトイレだと公園内における設置場所も変わりそうですね。さらに、子どものオムツを替える場所などもあると、高齢者の方だけでなく子育てをしている若い世代の人たちも今以上に外出しやすくなりますね。
上田
トイレは人が用を足すという目的を持った施設ですが、トイレとしてつくってしまうと現状のようになるのだと思います。非・目的的に場所をつくることは難しいと思うのですが、人が滞在できて、そこにはトイレもあって、キッチンもあるような公共施設がつくれるように制度が変われば、冗長性を持った空間がつくれるのではないでしょうか。その余白が豊かさに繋がるのだと思います。
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公開日:2020年11月26日