地球に暮らすリアリティ ――「環境住宅」をめぐる議論の先に

川島範久(建築家)× 能作文徳(建築家)

『新建築住宅特集』2018年4月号 掲載

川島範久(建築家)× 能作文徳(建築家)

建築は環境にいかに応答できるか。2020年の省エネ基準義務化など建築に求められる環境性能がより高度になっている中で、地球環境に向き合う住宅のあるべき姿は何か、それは自然や他者との関係をいかにデザインできるかにあるのではないか。そのテーマのもと、新建築住宅特集2016年6月号にて「〈環境住宅〉新時代」という特集を組み、特集記事「自然と繋がるDelightfulな建築へ」などに対して多くの意見が寄せられました。そして、北海道など寒冷地の建築関係者を中心に寄せられた批評をもとに、日本建築学会地球環境委員会「地球の声」デザイン小委員会(主査:塚本由晴)とともに、これからの「環境住宅」のあり方をめぐり公開討論会や実際に寒冷地などの数多くの住宅作品を見ることで、この2年間継続して議論を行ってきました。本特集にあたり、これまでの議論と調査の中心となったふたりの建築家の論考を通し、近年の「環境住宅」の実践と思考を分析し、現在置かれている背景と議論からこれからの「環境住宅」のあり方について考察します。

じんしんせいにおける建築:身の回りと惑星規模のスケールの横断

「地球」と「人間」のあり方が変貌しつつある。20世紀後半の人間の活動が、地球環境に甚大な影響を及ぼし、地質にまで刻まれている。科学者がこの新しい地質年代を「人新世」*1と呼んで警鐘を鳴らしており、地球と人間に対する認識を変化させている。それは、地球は人類の影響を受けない不変的で安定した母なる大地から、人間によって影響を受けやすい不安定な惑星であるという認識に変わり、人間は化石燃料を用いたエネルギーの使用や、大量生産・大量消費・大量廃棄によって地球に影響を与え続ける罪深い存在であるという認識に変わったことを示す。この不安定な地球の中で、私たちはどのように暮らしていけばよいのか、そしてその暮らしを支える住宅とはどのようなものになるべきか。
地球環境問題を把握する難しさは、身の回りの生活と惑星規模のスケールのギャップにある。地球の大きさと比べるとひとりの人間の行動が無意味に感じられてしまい、環境問題を引き起こす要因が目に見えにくいために共通意識をもちにくいのである。しかし私たちは、世界中の気温や海水温など、地球環境の過去から現在までの変化をニュースやウェブサイトでデータとして知ることができるようになった。進行する地球温暖化に対して、二酸化炭素の削減のほかに、エアロゾル*2を成層圏に散布して地球を冷やすという気候を人為的に操作することまで真剣に検討されている。こうした気候工学は生態系に及ぼす影響や人間が地球をコントロールしてよいのかという倫理的な問題も発生する。また、異常気象の頻発や人口増減によって、人間の住む場所についても再検討され、長期的に見れば、極寒極暑など気候が厳しいエリアが住む場所として適切かどうかといった議論も起こるかもしれない。しかし、その時、ほかのエリアと比べてエネルギー消費量が多いとしても、その土地の自然と一体となった暮らしの魅力が再認識されるべきだろう。ここで重要になるのは、私たちは目で見て手で触れる身の回りのリアリティと同時に、情報社会によって知り得るデータ的リアリティのふたつを同時に手にするようになったことである。自分の身の回りのことだけを考えて地球環境を無視することではない。また、地球環境を最優先して人間の本来の暮らしが犠牲になることも避けなければならない。身の回りと惑星規模のスケールを横断する思考の中に、新たな暮らしのリアリティがあるはずだ。

環境住宅における建築表現の意味とは

ところで、「環境住宅」というネーミングは実に奇妙だ。そもそも住宅が環境と独立して存在するはずがなく、環境との関わりがない限り住宅は成立しない。環境に対する配慮にはさまざまな方向性があり、住まい手・設計者・施工者の意図、敷地条件やコストが異なり、実装する事柄にも優先順位がある。しかし、「環境住宅を巡って、建築家の住宅作品は外皮性能がないがしろにされていることが多く、費用対効果が考えられていない」といった批判がある。ここから読み取れるのは、温熱環境で住宅を一元的に評価しようとする傾向である。また、「環境住宅には建築家の新しいデザインは不要であり性能を優先すべし」という主張もある。雨風や寒さ暑さから人を守り、地球環境を守るという人類共通の課題があるにもかかわらず、環境技術をごく個人的な作家性や独創的なデザインに結びつけることに違和感があるという主張だ。他方で、「自然との繋がり方にはさまざまなデザインの可能性があり、その試みにこそ建築家の意義がある」という主張もある。しかし、そもそもデザインと性能は対立するものでなく、たとえ新奇なデザイン不要派が建築の表現を意識的に捉えることを拒否したとしても、建築には必ずかたちが伴うため結局、建築表現から逃れることはできない。では、環境住宅にとって建築表現とはどのような意味をもつだろうか。

2016年6月16日公開討論会2016年6月16日公開討論会(建築会館、末光弘和 鈴木亜生 中川純 難波和彦 他)
2017年11月24日公開討論会2017年11月24日公開討論会(建築会館、堀部安嗣 竹内昌義 藤野高志 末光弘和)
2018年1月29日公開討論会2018年1月29日公開討論会(北海道大学、五十嵐淳 櫻井百子 照井康夫 堀尾浩 加藤誠)
2018年1月29?30日北海道見学会2018年1月29?30日北海道見学会
2018年2月3?4日秋田見学会2018年2月3?4日秋田見学会(5点提供:「地球の声」デザイン小委員会)

環境住宅の建築表現の8つの方向性

一般の地球環境に対する関心と認識が高まり、施工者の技能向上のノウハウの蓄積によって、環境技術を取り入れた住宅は増えている。また先達の設計者や技術者の実践から、若い世代が学ぶ場も広がっている。こうした動きの中で現在の環境住宅はどのような展開があるか。これまで行ってきた議論と調査をもとに、それらのいくつかの方向性を示していきたい。
ひとつ目はZEH(ゼロエネルギーハウス)の広い普及を求めたシンプルな箱型でプロトタイプが目指されたものである。ふたつ目は一般性を獲得するよりも、周辺環境や住まい手の個性に建築の形態が応答し、不規則さや変形を許容する表現だ。3つ目は縁側やロッジア、サンルームなどの中間領域の導入である。断熱気密性能を高めることで閉鎖的になりがちな住宅を中間領域を用いて開放性をもたらす試みだ。4つ目は自然現象の見える化である。かたちの見えない光、熱、風の状態に建築の形態を追随させることで自然環境の状態を見える化する試みである。5つ目は伝統・慣習的な形態を踏襲する表現だ。日本で長い年月をかけて収斂されてきた形態には、日射制御や風通しなどの基本的な性能が担保されていると評価した上で、建築のタイポロジーや歴史性へと接続するものである。6つ目は植物や動物と共存する住宅だ。人間ならざるものとの共存が目指されている。7つ目はガスや電気のインフラにつながないオフグリッドの住宅である。エネルギーを自給するための暮らしの工夫がある。8つ目は住まい手独自のエコロジカルな暮らしを支援する住宅である。これらは建築の形態というよりも暮らしそのものが主張となる。
こうした住宅のあり方や表現には建築家の思想が反映されている。その思想の中に現在の地球環境や現代社会に対する投げかけがある。これらの投げかけを読み取らない限り、環境住宅は単なる環境技術を建築表現に取り込んだだけのものに見えてしまう。そして、こうした環境に対峙した思考をもつ住宅の背後にある、エネルギー問題、制度、経済性、生活スタイルへの考えを読み解きながら整理していきたい。

環境住宅は誰のためのものか:プロトタイプの行方

環境住宅のプロトタイプの背景には、高断熱高気密により温熱環境の快適性を高め、エネルギー消費量を抑制し、それらを量産し普及することを通して地球環境へ配慮しようとする意図がある。たとえば「能代の家」は、より安価で高品質な汎用技術を育てオープン化すること目指し、家電使用分も含めたプラスエネルギーを生み出す超高性能な「REAL ZEH」住宅が目指された。小規模な地域工務店でも施工可能な一般的な構法を用いて省エネ基準よりも高水準の断熱気密で、エアコン1台で住宅全体を空調している。これらを概観すると、在来木造やツーバイフォー工法によるシンプルな箱型、日射制御付きの南面大開口、少ない熱源で家全体を空調するための吹抜け、太陽光発電パネル付きの屋根といった共通の特徴がある。また「HOUSE-M」のように、地域の山林の健全化と小さな経済循環を意図して地産材が積極的に活用され、木の内外装や薪やペレットのストーブが加わることもある。
2015年のパリ協定で、日本は2030年までに2013年比で温室効果ガス排出量を26%削減する目標を設定した。そのためには建築分野で40%の削減が必要で、ハウスメーカーなどの注文戸建て住宅の過半数でZEHを実現することが必要とされ、その普及に向けた取り組みが行政主導で行われている。しかしこのZEHの実現には、高性能なガラスやサッシ、高効率設備の導入と太陽光発電パネルなどの自家発電装置が必要だ。断熱付加のためには木工事も増加する。ZEHの試みは推進すべきだが、世界的に経済格差が広がる中で、このような新築住宅を購入できる人は一体どれほどいるだろうか。富裕層だけでなく、広くこれらの環境技術を普及させるための構法や製品の開発が進められており、普及により価格が抑えられていくことが期待される。

エコハウス・ZEHの普及に向けたプロトタイプ

能代の家プラスエネルギーを生む「REAL ZEH」モデル
能代の家(2016, 秋田県能代市, JT1804)
西方里見(撮影:西川公朗)
HOUSE-M山形における普及版エコハウスの追求
HOUSE-M(2011, 山形県山形市,JT1112)
東北芸術工科大学 建築・環境デザイン学科(撮影:新建築社写真部)
軽井沢パッシブハウス日本ならではの「パッシブハウス」の追求
軽井沢パッシブハウス(2012, 長野県軽井沢町)
キーアーキテクツ(提供:キーアーキテクツ)
MUJI+INFILL木の家-1高性能な一室空間の箱プロトタイプ
MUJI+INFILL木の家-1(2004, JT0407)
MUJI+INFILL木の家開発プロジェクト・チーム(コンセプト立案:難波和彦)(撮影:新建築社写真部)
ソーラータウン府中木造ドミノ・OMソーラー・環境配慮街区の形成
ソーラータウン府中(2013, 東京都府中市, SK1402)
野沢正光(撮影:新建築社写真部)
里山住宅博 ヴァンガードハウス地域工務店とのプロトタイプ開発
里山住宅博 ヴァンガードハウス(2016, 兵庫県神戸市, JT1804)
堀部安嗣(撮影:新建築社写真部)

考えられる処方箋:中古住宅の改修と環境政策

ZEHは、従来の新築住宅よりも現時点ではイニシャルコストがかかる。人口減少による空き家が増加する中で、中古戸建て住宅やマンション1室の断熱性能を向上する改築・改修が増えている。これらは中間層や貧困層の受け皿となるだけでなく、変化を続ける家族のあり方や働き方に価値を見出す人びとの暮らしに寄り添うしなやかな回答にもなる。改修には新築を前提としたプロトタイプとは異なるアプローチが必要になる。既存の躯体を活かすためには、建物全体をひとつのパッケージとしてみなさず、エレメントの可能性を見出す視点が重要になり、たとえば「下目黒のカリアゲ」では、空き家物件に投資し借り手を見つけコスト回収まで行うプロジェクトで、工事を構造補強と断熱充填までに留め、その代わり住まい手によるDIYが可能で、現状復帰不要という付加価値をつける試みだ。「佐世保のリノベーション」は、築53年の平屋に断熱材を充填した構造フレームを挿入し、単身の建主に必要な生活領域に絞って温熱環境を向上させている。全体ではなく部分的に手を入れることで、さまざまな変化に無理なく対応する試みだ。
しかし、このような改修は新築と比べればコストを抑えられるが、それでも環境技術は安価ではない。万人に適切な温熱環境の住宅を届けるには、建築だけではなく当然ながら政策も重要になる。日本でも、断熱が十分でない住宅の浴室でヒートショックを起こし死亡する人数が交通事故死する人数の4倍にもなるという事実もある。世界に先駆けて超高齢化を迎える日本で人間の健康を維持するには、既存建築の環境性能を向上する改修をサポートする政策や社会システムの構築は一層重要になってくる。

中古住宅の改修

下目黒のカリアゲ空き家を耐震断熱改修しDIY可能賃貸にする
下目黒のカリアゲ(2015, 東京都, JT1607)
畠中啓祐(撮影:新建築社写真部)
佐世保のリノベーション単身世帯の戸建て住宅の部分的断熱改修
佐世保のリノベーション(2017, 長崎県佐世保市, JT1804)
吉永規夫+吉永京子(撮影:針金洋介)

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公開日:2019年02月27日