地球に暮らすリアリティ ――「環境住宅」をめぐる議論の先に
川島範久(建築家)× 能作文徳(建築家)
『新建築住宅特集』2018年4月号 掲載
地域の気候風土:個別の環境への応答・中間領域
縦に長い日本において、気候風土の違いによって生活様式やエネルギーの使い方は大きく異なる。住宅の温熱環境計画では、寒冷地ではマイナスからゼロに戻すところから始まるが、温暖地ではゼロからスタートという違いがある。晴天率や風の流れも異なれば太陽光発電や風力発電のしやすさも異なるから、地域によってZEH達成の難易度も異なる。プロトタイプの場合は、日射取得と簡便な構法を優先するため、南面開口とシンプルな箱型で建築が統合されるのに対し、光、熱、風に加え、眺望や近傍の樹木、土地の傾斜といった周辺環境や個別の人の暮らしに応答することで建築の形態に不規則さや変形が生じる。たとえば「雁木のある家」では斜面に合わせたスキップフロアの構成で、鉄筋コンクリート躯体の熱容量と外断熱による安定した温熱環境の中で、トリプルガラスの大開口を通して北側の美しい森の景色を楽しめるようにしている。「糸魚小学校」は住宅ではないが、雪や寒さに対する堅牢性を優先しながら、慎重に開口を設けることで光や外の自然を感じとることを重要視している。
また、温暖な地域では外の生活を楽しむロッジアや縁側、寒冷な地域では風雪や寒さを和らげる風除室や日射しから熱を集めるサンルームといった南と北で独自の中間領域が展開されている。「伊達の家」は壁面の中の通気層が肥大化したような構成で、断熱気密ラインの外側に、冬には室温は低いが雨風と雪が凌げる大きな風除室がある。そこは住まい手の創造力が求められる空間で、室温は低くても家具が置かれ外を巻き込んだ他の居室とは異なる場の質をもち、中間領域の可能性を広げている。「淡路島の住宅」は淡路の土でできた瓦のメッシュに包まれ、大きな半外部空間をもつ。シミュレーションによって導き出された瓦の形状により冬の日射取得と夏の日射遮蔽ができる。木漏れ日のような光の中に和らげられた風が流れ、眼前に広がる海をダイレクトに感じられるこのような中間領域は、地域の気候風土に応じて多彩にかたちを変え、新たな暮らしの文化をつくり出す可能性をもつ。
個別の環境(光風熱・地形・樹木)に対する応答
中間領域の再評価
自然現象・環境装置の見える化・アイコン化
環境シミュレーション技術によって、住宅の建つ場所の微細な光、熱、風を読み取り、建物に与える影響を最適化し、適切な明るさや室温や通風を得るデザインが可能になってきた。刻々と変わる光、熱、風はそれ自体にかたちがないが、建築の形態を自然現象に合うように追随させることにより、その場所の光、熱、風を見える化する試みがある。「当麻の家」は、1台の薪ストーブで建物全体を暖められるように空気の通り道となる吹抜けが中心にあり、暖気を上に運び太陽の光を求めて上方に伸びたボリュームが暖房する空気量を減らし、光を反射させて下に届けるために斜めに削ぎ落とされ、光と熱と人の居場所がバランスしてできた不思議な佇まいをしている。「風光舎」は東西採光となる立地で、夏の日射を最小にしつつ南風を取り込み、冬の日射を最大限取り込みつつ北風から防御するように光と風のアルゴリズムにより導かれた捻れたファサードの都市住宅だ。このような建築は、その場所の微細な気候を住まい手が知り、それを楽しむきっかけを生み出す。しかし、環境シミュレーションで検証できる要素と範囲は限定的であるため、その建築全体の中での位置づけを十分に把握し、シミュレーションで検証したファクター以外の要素と均衡させることが重要だ。
自然現象や環境装置の見える化・アイコン化
伝統的・慣習的な建築の環境的再解釈
日本には、穏やかできめ細やかな知性をもった建築の系譜がある。そこに重きを置く建築家の中で、堀部安嗣氏は近年温熱環境に注目した実践を続けている。「私は、住宅の内部は現代の生活に合わせた技術を使って高い性能を備えたものにし、そして外部は町の風景や歴史、人びとの記憶や思い出に寄与するものをつくりたい」(新建築住宅特集1603)と述べ、建築の歴史的なタイポロジーを建築の存在の根拠とした上で、地球環境に配慮した技術や高断熱高気密によってストレスのない室内環境をつくることが必須だとする。日本建築が培ってきた庇や軒、縁側、障子、土壁などの要素が、光や熱の制御、風通し、湿度の調整などに適していることへ目を向けた伝統・慣習的な建築を踏襲する表現は、環境シミュレーション技術を用いて新しい建築形態を生成しようとする立場とは異なる。たとえば、微細な光や熱のふるまいを解析することで、庇が日射制御する最適な形状は曲線などの複雑な形状になる場合がある。これは日本建築の作法からすれば破調である。それに対し水平な庇はコストもかからず、簡素で美しい定型というわけである。ここに形態決定の大きな違いがある。また、日本建築の伝統的エレメントとしての障子が温熱環境や光環境を調整するエレメントとして見直され、新築か改修を問わず活用されることも増えている。障子紙の熱伝導率は低く調湿作用があり、柔らかな拡散光や細かな桟のデザインは美しい。コーポラティブハウスの「里山長屋」では、地産地消の家づくり、薪ストーブや井戸などの環境負荷をかけない工夫がある。こうしたエコ・コミュニティにふさわしい建築として、土間や瓦屋根、真壁などが用いられた長屋のタイポロジーが召喚されている。さらには古民家や町家の断熱改修も多くなり、伝統と慣習、地球環境への配慮が融合され始めている。ポストモダンの時期に流行した記号論的な空間理解からではなく、建築のタイポロジーを気候風土に対する知性として現代的に再解釈することから、伝統や歴史に向き合うことができるのである。
伝統・慣習的な形式の環境的再解釈
人間ならざるものとの共存
人工環境が整備されるにつれて、住宅は人間のためだけに純化してきた。そのことで人間以外の存在に対する意識が低下してきたともいえる。断熱気密による外皮性能の強化の追求の背後には、人間は決して強い存在ではなく住まいによってしっかりと守られるべきだという考えがある。一方、藤野高志氏は、建築は人間だけに寄り添うものではなく、植物をはじめとする人間ならざるものとの共存を目指している。「天神山のアトリエ」は樹木と共に生活する試みだ。樹木と共に環境の変化にアクティブに応答することで、人間の感受性を解放して自然の変化を愉しむものだ。ガラス屋根から空を見上げ、木陰を落とすために木を植えて、木は土に根を張り光合成により酸素を生成する。人はその酸素を吸って仕事をし、木の世話を暮らしの一部にする。「芝置屋根のアトリエ」では、西日を防ぐように傾く片流れ屋根に、防水シートの上に基礎の掘削の際に出た土が載せられた。重い瓦でもなく、軽い板金のでもない屋根のあり方を追求することで出たアイデアである。その土の屋根の上で植物が生きている。内部では、冬の過乾燥を防ぐために大量の植物が育てられており、人間と植物の居場所が混在している。どちらも、植物という生命体への科学的観察からスタートしているが、思いがけない植物と人の共存が現れている。地球上に生きているのは人間だけではない。他の生物と共存する中に自分たちが生きているという実感をもつことの重要性を提示する。
人間ならざるものと共存する住宅
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公開日:2019年02月27日