これからの暮らしの実践者を訪ねる

建築とアートが交わるところ

石井孝之(タカ・イシイギャラリー 代表)× 平田晃久(建築家)

『新建築住宅特集』2017年9月号 掲載

「これからの暮らしの実践者たちを訪ねる」と題して、2回にわたり暮らしから考えるこれからの住宅を思考していきます。住宅をつくる建築家こそ、暮らしの哲学をもたなければいけない。本当に豊かな暮らしとはなにか、その受け皿となる住宅とはどのようなものか、暮らしに哲学をお持ちの各界の専門家に、気鋭の建築家がインタビューし考えていきます。第2回の今回は、タカ・イシイギャラリーの石井孝之さんの自邸を訪ね、その設計者である平田晃久さんにインタビューして頂きました。ギャラリストして国内外のアートに携わる石井さんに、自らの住まいに求めたこと、そしてアートと建築が取り巻く現在の状況をうかがいました。

石井孝之( タカ・イシイギャラリー 代表)× 平田晃久(建築家)

屋上テラスから見る。右から建主である石井孝之氏、平田晃久氏。
都市密集地にある間口が狭く奥行きが長い敷地に、比較的扁平なボリュームが挿入されている。典型的な積層建築の、単に床が積層されたものとは異なり、屋外空間や道のようなものまで巻き込んで立体化される。

石井邸 Tree-ness House
所在地 東京都豊島区
設計 平田晃久建築設計事務所
構造 オーク構造設計
設備 EOS plus、Comodo設備設計
主要用途 共同住宅、ギャラリー
構造 鉄筋コンクリート造
敷地面積 139.55m²
建築面積  99.68m²
延床面積 331.38m²
規模 地上5階
設計期間 2009年1月?2015年9月
完成 2017年9月予定

東京で暮らすことがどこまで自由であり得るか

石井:

私は仕事柄、いつもホワイトキューブの中にいるんです。オフィスもギャラリーも、美術館に行ってもいつもホワイトキューブ。年の半分は海外にいますから、ホテルに泊まっても大体は閉じられたキューブです。だから自分の家に帰ってきてホワイトキューブなんて絶対嫌なんです。床や壁も緑いっぱいで思いきり開放感のある、外と中があいまいな家がいい。
平田さんと知り合うきっかけは、東京の清澄に私のギャラリーがあった頃、はじめて建築の展覧会を行って、その時に雑誌をつくり始めたんです。その特集が建築特集。若手の建築家を取り上げて、平田さんには私のオフィスに「Flame frame」というアルミのヒダを設える展示をしてもらいました。期間を決めなかったから、いつの間にか展示じゃなくてオフィスの一部になってしまったことが面白かったですよ。その後私が新しいギャラリーをつくろうと依頼して提案してもらったのですが、それは実現しなかった。その後自分の家を建てよう思い立った時、その案の有機的で外部を巻き込んでしまうあり方って私の求める住まいに合うだろうなと思ったんです。

平田:

石井さんからは、ほとんど具体的な注文はありませんでした。でも休日にサーフィンされたり、ロサンゼルスに暮らされていたことがあったとか、屋外のアクティビティに強い関心があること、その一方でギャラリーでの仕事を見ると恐ろしく繊細なところがあって、それぞれのアートやアーティストと向き合って緻密に組み上げていく仕事をされている。その両面が石井さんだから、東京で生活するということがどこまで自由であり得るかを考えました。2009年から計画を始めて、当初は8階建てで賃貸集合住宅も入っていた案を、2011年に東日本大震災をきっかけに規模を小さくした以外、当初のコンセプトそのままに今こうやって建ち上がりました。最初に提案を持っていく時、石井さんの家なら建築をつくることが何かチャレンジになるべきだろうとこの案をつくりましたが、やはり不安で、もうひとつおとなしい案も持っていったんです。ドキドキしながら説明したのですが、迷いなくアグレッシブな方を選んでくれました。あれは印象的です。

石井:

ギリギリ受け容れられました(笑)。8階建ての案は建築にひらひらの花が咲いていたようでした。でも限りなく外に近い空間が多くて、隙間がリビングとかダイニングになっていて、自分の家としてイメージできました。

平田:

建築を1本の木にたとえたら、それ自体が美しいのではなくて、その木の上に苔やキノコが生えてたり、虫やリスや鳥が飛んできたり、そういうことが全体としてひとつの大きな木として豊かさをつくり出していく、そういう建築を目指していて、この家はそれを方法論的に実践したはじめの建築です。まず箱を積層して一旦大きなストラクチャーをつくってそれにヒダ状の開口部が取り付いて、植物を絡める。その3つの原理を組み合わせたつくり方です。人の生活も植物と同じように思い通りにはならないものだから、石井さんがここにアートを入れるならそのアーティストの考えが絡まってくる。最初に考えていたことと全く予期せぬことがいろいろ起きていくことが、最初から想定することで、ひとつの原理で単純につくったものとは違う建築、それを家に繋げたかった。最近竣工した「太田市美術館・図書館」(『新建築』1705)も、プロセスの中に違った方法論の種が入り込んでいったという面でこの石井邸と同じです。その方法論の核がこの家にあるんです。

石井:

ゲーテの『自然と象徴』の「植物のメタモルフォーゼ」という章に、「固い殻に包まれ安らかな生命を保ってきた種は水分をしとど含むと懸命に伸びはじめ四囲の闇からたちどころに身を起こす。生まれたばかりの形態は単純で、植物も赤子のごとしだがやがて形成の意欲にうながされ身を高め装いながら節から節へ伸びてゆく。いつまでも初めの姿を保ちながら、いつも身を変え伸びてゆく」とあります。平田さんの建築に重なります。

タカ・イシイギャラリーで2009年に行われた「 Flame frame」。タカ・イシイギャラリーで2009年に行われた「 Flame frame」。(クリックで拡大)_撮影:Kei Okano
平田氏が展示デザインした2009年のFrieze Art Fairでのタカ・イシイギャラリーの展示。平田氏が展示デザインした2009年のFrieze Art Fairでのタカ・イシイギャラリーの展示。(クリックで拡大)_撮影:Todd-White Art Photography
石井邸のコンセプトスケッチ。石井邸のコンセプトスケッチ。(クリックで拡大)

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公開日:2018年03月31日