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工務店未来会議オンラインセミナーアーカイブ

パッシブデザインの先にあるもの「シン・エコハウス」を考える

PROGRAM 1
基調講演

パッシブデザインの先にあるもの「シン・エコハウス」を考える

株式会社大橋利紀 建築設計室/Livearthリヴアース 両代表 大橋利紀 氏

「みんなのエコハウス」を目指そう

まず、エコハウスとは何かを私なりに定義してみます。
エコハウスとは、[設計→建築→運用→ライフスタイル]を通じて総合的に持続可能性を追求する取り組みの結果生まれる[住宅形態]のこと。その先には「脱炭素社会の実現」という目標があります。
この脱炭素社会の実現に向けて、私たち住宅供給者が行うべきは「すべての人にエコハウスを届ける」ことだと考えます。
私見ですが、エコハウスはこれまでに以下のような変遷を遂げてきました。
エコハウスの変遷
そして、これから目指すべき方向性は4.0の「みんなのエコハウス」。それによってすべての人が健康・快適・省エネな家に住むこと+脱炭素社会の実現が可能になるはずです。

高断熱の競争優位性は失われる

一方で、「みんなのエコハウス」は別の変化をもたらします。
エコハウスがコモディティ化(一般化)し、特別なものではなくなります。エコハウスを建てることができない住宅供給者は市場から退場し、現在エコハウスでアドバンテージを保っている住宅供給者の先行者利益が薄れます。つまり、差別化の道具ではなくなっていくのです。
さらにコモディティ化が進むと、消費者は価格が安いほう、買いやすいほうへと流れ、高断熱のみを売りにしている住宅供給者は社会での存在意義を失います。
では今後、私たちはどう生き残っていけばいいのでしょうか。そのヒントとして「社会に提供する価値」と「独自の物語」の2つのキーワードを提示したいと思います。

「みんなのエコハウス」後の生き残り策@
ファイブウェイポジショニング戦略

キーワードの1つ目、「社会に提供する価値」からお話します。
ヒントとなる経営理論が「ファイブウェイポジショニング戦略」です(出典『THE MITH OF EXCELLENCE』(原題)、『競争優位を実現するファイブ・ウェイ・ポジショニング戦略』(邦訳))。
ファイブウェイポジショニング戦略を簡単に言えば、すべてのビジネスは@価格、Aサービス、Bアクセス、C商品、D経験価値の5つの要素に分けられ、それぞれの要素を5点満点とした場合(5:市場支配レベル、4:差別化レベル、3:業界水準レベル)、企業の規模に関係なく「5・4・3・3・3」が理想的だとする理論です。
多くの人は5要素すべてで最高点を叩き出そうとしますが、著者はそれを「自己破壊への第一歩」だと言います。ひと、もの、かね、時間という限られた資源を有効活用するためには「5・4・3・3・3」のバランスが極めて重要なのです。
この戦略により、自社の「価値」を設定し、自社の立ち位置と振る舞いを選択的に自覚し、市場における競争優位性を手に入れることができます。
ちなみに当社・Livearthリヴアースのスコアは「価格3・サービス3・アクセス3・商品4・経験価値5」と自認しています。

「みんなのエコハウス」後の生き残り策A
独自の物語をつむぐ

もう1つのキーワードである「独自の物語」についてお話するために、マイケル・ポーターという経営学者が約40年前に書いた『競争の戦略』という書籍をご紹介します。
そこには、企業独自の姿と競争優位性を確保するために「トレードオフを伴う強みをつくる」ことの重要性が説かれています。
エコハウスは最も優れた手法から学ぶ「ベストプラクティス」がある意味可能で、痛みを伴わずに先人・他社の真似ができるため、コモディティ化が進みやすい住宅形態です。けれども「トレードオフを伴う強み」を持つことで、他社に真似されくい独自の姿を築くことができます。
昼ごはんを例にするとわかりやすいでしょうか。牛丼vsパスタはトレードオフを伴うためどちらか一方しか選べないメニューであるのに対し、牛丼+味噌汁+サラダはトレードオフを伴わないため同じテーブルに並べても何ら違和感はなく、どの店でも真似できる組み合わせです。住宅だと和風vs洋風はトレードオフを伴い、高断熱+太陽光はトレードオフを伴いません。こんなふうに一方を取ると他方が犠牲になるような選択を意識的に繰り返すことで、他社に真似されない、工務店独自の「物語」が形成されます。
「物語」は自社の存在意義や他社との違いを生み、やがて独自のブランドとなります。
工務店にとっての物語とは?
当社・Livearthリヴアースのブランドは、基本性能「数値化できる快適性」×感性デザイン「情緒的な快適性」×基本デザイン「生活のしやすさ」という3つの価値軸からなる要素を高次元で実現する「体験価値」だと言うことができます。
「数値化できる快適性」×「情緒的な快適性」×「生活のしやすさ」=「高い質の暮らし」

改めて「住まいの本質」が問われる時代に

もう1つ、当社が大事にしているのが「地所による設計」であり、それは「パッシブデザイン」と言い換えることができます。
パッシブデザインは、エコハウスが一般化していくなかで「設計理念をより強く具現化する道具」となるもので、設計者それぞれの設計理念に基づいて「土地の周辺環境」と「住まい手の要望」を読み取り、設計者が自由に「個別解」を表現する余地を与えてくれます。その余地にこそ、住まいの設計の基本、本質があるのだと思います。
そして個別解が異なれば工務店の競合は避けられ、一方でエコハウスの設計・施工技術の共有化がより進み、社会にメリットをもたらします。
断熱・気密や省エネ設備が高いレベルで一般化し、温熱環境が底上げされた「みんなのエコハウス」の世界では、住まいの本質に迫った、より自由な家づくりができると私は信じています。結局、家づくりの本質は変わらないのです。
実例「暁の家」?住宅密集地に3つの庭と豊かに暮らす?
実例「暁の家」〜住宅密集地に3つの庭と豊かに暮らす〜
住居棟、つなぎの空間、店舗棟で構成。北、東、南東の風景の抜けに3つの庭と窓、居場所を重ねた。
版築、かき落としなどの伝統技法を現代的に再定義して採用。
温熱環境は独自基準の断熱等級6++(HEAT20G2、UA値0.31 *6地域)、太陽光6.0kW搭載でゼロエネ達成
南側は隣家が迫っているため地窓にし美しい庭の風景のみ切り取った
南側は隣家が迫っているため地窓にし美しい庭の風景のみ切り取った
「光の魅力=陰の豊かさ」を念頭に陰を表現。
「光の魅力=陰の豊かさ」を念頭に陰を表現。南東1・2階のコーナー窓で冬の日射熱取得、昼光利用を行う
畳リビングには、北の庭と東の庭を切り取るコーナー窓を配置。
畳リビングには、北の庭と東の庭を切り取るコーナー窓を配置。雨水利用の小川が流れる

結びに

すべての人が快適・健康・省エネに暮らせる住まいは、新築だけでなく、リノベーション、賃貸などさまざまな手段で叶えることができます。理想は、「多段階的なレベル設定と選択」が可能な柔軟性を備えた、寒さ暑さ・省エネを意識しなくていい世界。その実現に向けて1社単独ではなく、企業の集合体として立ち向かう必要があります。
同時に私たち工務店経営者は、自社が提供する「価値」を再認識、再設定する必要に迫られています。複数の答えがあるなかで、企業の理念と哲学、経営者の意思と知性、身体的実感を伴う価値観に基づいて決断するしかありません。
意志と知性を強く持ち、この複合危機の時代を共に生き抜きましょう。
PROGRAM 2
トークセッション

パッシブデザインのその先を考えるシン・エコハウス「LCA」視点で窓選びも変わる

株式会社大橋利紀 建築設計室/Livearthリヴアース 両代表 大橋利紀 氏 × 株式会社 LIXIL LIXIL Housing Technology 主任研究員 工学博士 吉田吏志 対談

――エコハウスの切り口はたくさんあり、近年は高断熱化、パッシブデザインと進んできました。これからの時代に求められる「シン・エコハウス」に向けて、日本の建材・住宅はどう進化していくべきでしょうか?
吉田
真に環境にいい建材・住宅は何かを考えるステージに来ていると思います。その切り口として「LCA」という視点が欠かせなくなります。
――LCAについてもう少し詳しく教えてください。
吉田
LCAは「ライフサイクルアセスメント」の略で、その製品の“ゆりかごから墓場まで”の各時点のCO2排出量をきちんと評価しましょうという考え方です。
エンボディド・カーボン+オペレーショナル・カーボン=LCAで評価
[図]に戸建住宅のCO2排出量の割合イメージを示しました。原料調達・製造、運搬施工、廃棄時に排出されるCO2を「エンボディドカーボン」、使用時に排出されるCO2を「オペレーショナルカーボン」と呼びます。
今のところ、ZEH・ZEBといったエコハウスは、建物の断熱性能をいかに上げて、製品使用時の空調エネルギーをいかに下げるか―つまり使用時の「オペレーショナルカーボン」に重点が置かれていますが、図をよく見ると使用時のCO2排出量は全体の半分で、残り半分の「エンボディドカーボン」についてはあまり考えられていない現状があります。
――オペレーショナルカーボンとエンボディドカーボンを足したトータルのLCAの評価を建材・住宅レベルでやっていく必要があると?
吉田
その通りです。例えば、オペレーショナルカーボンだけを追求すると、窓ガラスを2枚から3枚、5枚へと増やすと使用時のCO2排出量は下がりますが、製造時のCO2排出量は上がるため必ずしも環境にいい窓とは言えなくなります。
欧州ではCO2排出量の情報開示等も含めてLCA評価が主流になっており、日本でも当たり前になってくるはずです。
――大橋さんは建材・住宅をLCA評価していこうという話をどう捉えましたか?
大橋
私を含め、実務者の多くが何年間も真剣に勉強してオペレーショナルカーボンをいかに減らすかという家づくりに取り組んできたなかで、残りの半分は未解決だという事実に衝撃を受けています。
実は当社でも、住宅のエンボディドカーボンがどのくらいか数値化を試みたことがあるのですが、建材・設備それぞれのCO2排出量の情報がないため計算が途中で止まってしまいました。とはいえ、住宅が排出するCO2の半分がわからないままではエコハウスとして不完全なので、LCAを評価する流れは賛成です。
――具体的にLCAの評価をどのように見ればいいのか、窓を例に教えてください。
吉田
では「LCA手法による戸建て住宅用窓の評価」(*)について簡単にお話したいと思います。今回LIXILでは、ガラス面積比率を考慮するなど、より現実に即した形で窓のLCAを計算したところ、非常に興味深い結果が出ました。なお、この後出てくる表の樹脂TG・PGは樹脂窓EW、複合TG・PG@は高性能窓TW相当として計算しています。
(*)23年度空気調和・衛生工学会大会で「LCA手法による戸建て住宅用窓に関するGHG排出量の評価」より。一般的には全体住宅の空調エネルギーを算出するが、ここでは「窓の熱損失分の空調エネルギー」として算出
[表1]は、あるモデル住宅における使用時のCO2排出量(オペレーショナルカーボン)を窓のグレードと地域ごとに計算したものです。
これを見ると、すべての地域でCO2排出量が一番小さい窓は樹脂トリプルガラス、次に複合トリプルガラスでした。両者を比べると面白いことがわかります。寒冷地では約800kg-CO2eqの大きな差が出るのに対し、温暖地では約70kg-CO2eqとほぼ差がなくなります。
表1.窓使用時のGHG排出量
考えられる要因は、@温暖地では窓の断熱性能の効果が少ない、A複合窓の断熱性能が樹脂窓に近づきつつある、Bガラス面積比率を考慮したことで、樹脂窓よりもガラス面積比率が大きい複合窓の冬期の日射取得の影響した―の3つ。南面大開口だと複合窓のメリットが発揮されやすいため、樹脂窓よりもオペレーショナルカーボンが少なくなる可能性もあります。
[表2]は、同様の条件における原料調達、製造、輸送、廃棄時のCO2排出量(エンボディドカーボン)の計算結果です。
数値が一番小さいのは金属ペアガラス。樹脂トリプルガラスと複合トリプルガラスを比べると、複合トリプルガラスの方が463kg-CO2eq /戸ほど小さいことがわかりました。
表2 5-7地域の原料調達・製造・運搬・廃棄のGHG排出量
理由を分析すると、廃棄時は複合窓はアルミ部分をリサイクルできるのに対し、樹脂窓は熱を回収するサーマルリサイクルになることが影響していると考えられます。
さらに驚いたことに、製造時も複合窓の方がCO2排出量が小さいという結果が出ました。アルミ1kgをつくるのに必要なエネルギー量と樹脂1kgをつくるのに必要なエネルギー量を比較するとアルミの方が高いのですが、製品レベルで見ると樹脂は強度を出すのに使用量を増やす必要があるためCO2排出量が多くなると考えられます。
[表3]は、エンボディドカーボンとオペレーショナルカーボンを合わせたLCAの計算結果です。
CO2排出量が一番小さいのは1・2地域では樹脂トリプルガラス、3〜6地域では複合トリプルガラス、7地域では複合ペアガラスとなりました。この結果から、地域ごとに「最適な窓」があり、真に環境にいい窓は地域によって違うことがわかります。
表3 窓LCAのGHG排出量
LIXILの窓に当てはめると、1・2地域は「樹脂窓EW」が、3地域以西は複合窓の「高性能窓TW」が適していると言えます。
――LCAという新しい物差しを使うと、窓の選び方も変わってくるということですね。この窓選びの「新常識」、大橋さんは実務者としてどう受け取りましたか?
大橋
今まで右目だけで見ていた時の最適解と、両目で見た時の最適解がまったく違うということがわかりました。さらに住まい手のライフスタイルや設計時の工夫も含め、LCA評価のデータをシミュレーションに生かせるようになると、脱炭素社会にもう一歩近づける気がします。
LCAをマニアックな一部の世界の話のように感じる方もいるかもしれませんが、私は工務店の使命として取り組むべきだと思います。
――LCA評価を採用した家づくりは今後普及するでしょうか。
吉田
課題はいくつか残っていますが、LCAによりお客様自身が真に環境に配慮された建材を選ぶことが当たり前の世の中、LCAが実装された建材・住宅が当たり前の世の中をつくり、地球環境に貢献したいと思っています。
そのためにLIXILでは今後、LCAの簡易計算サービスを提供し、LIXIL商材のCO2排出量を明示していこうと考えています。
――今日はおふたりともありがとうございました。

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