東京ミッドタウン八重洲×LIXIL

敷地の土で焼いた「八重洲焼きタイル」で
土地の記憶を刻む

土との格闘、テストピースづくり

──自らタイルの試作品を作ったとうかがっていますが。

喜多氏:土もいろいろな性質があり、地中のどの部分のものが適しているか、焼成してちゃんと形になるか、そのために配合をどうするのかなど、試してみないと分からないことばかりです。
現場では杭底地下約50mまで掘削していますが、砂っぽいところやレキだらけの層もあり、土質は一様ではありません。今回は地下約20mに粘土質であるシルト層が出てきたので、それを5tほど確保し、使用することにしました。
小石などの不純物が入っていると、焼いたときにそこから割れてしまいます。採取した土は石などを取り除き、一旦水に入れ、混入した木片やゴミなどを浮かせて除去する「水簸(すいひ)」を行います。そして目の細かいザルで濾して、透明な上水になるまで細かい粒子も沈殿させ、脱水し、初めて焼き物に使える現場の土100%が出来ます。
ここからようやくテストピースづくりに移ります。100%の現場土に、陶芸用白土の割合を1/6から6/6まで段階的に調合し1200℃で焼いてみたところ、ドロドロに溶けて溶岩のようになるものから、ほぼ白土の状態のものまで、といった焼き上がりの見本が出来ました。これを見て「配合1/2以下なら何か形に残すことができる」と確信し、LIXILの窓口を務められている横川さんに相談を持ち掛けました。そして、LIXILのやきもの工房さんで、本格的なタイル製作に向けてのテストピースづくりに入ったのです。

テストピース
現場土に陶芸用白土を混ぜて、焼き上がりの状態を比較。現場土100%では溶岩が溶けたような表情になった(写真提供:株式会社竹中工務店)
テストピース
タイルとしての可能性を探るため、LIXILやきもの工房とタッグを組み、土の調合や焼成温度、釉薬のあるなしなどのテストピースを本格的に製作した(資料提供:株式会社竹中工務店 2点とも)

テストピースからタイルになるまで

──八重洲焼きタイル完成までのプロセスをお聞かせください。

横川充彦 (LIXIL WATER TECHNOLOGY JAPAN 営業本部タイルチャネル営業部 プロジェクトタイルアカウントG第1チーム チームリーダー)
横川充彦 (LIXIL WATER TECHNOLOGY JAPAN 営業本部タイルチャネル営業部 プロジェクトタイルアカウントG第1チーム チームリーダー)

横川:喜多さんが陶芸教室の窯で独自にテストピースを作られたことには驚きました。「水簸(すいひ)」なんて言葉が出たので、ただモノではでないとすぐにわかりましたよ。(笑)
喜多さんの焼いたタイルを拝見して形になりそうだと判断し、本格的なテストピースづくりに協力させていただくことにしました。タイルとしての可能性を探るために、土の調合割合や焼成温度、釉薬の有無などいくつか試してみました。現場土が50%を超えると表面にぶつぶつ感が出てくるので、タイルとして貼るには不向きでしたね。色合いは良かったのですが・・・。

喜多氏:建物に使用する以上、タイルとしての品質は譲れない条件です。とはいえ陶芸用白土が多すぎると白っぽくなり、あまり土の感じが出ません。結局この段階では、現場土に陶芸用白土を2/3ほど混ぜたぐらいが良い感じであろうと判断しました。そしてそのテストピースを机の片傍らに置き、毎日眺めてはイメージを膨らませ、良い提案をすることが、設計者側としての課題となりました。

小学校のファサードに採用された3種類のタイル
小学校のファサードに採用された3種類のタイル
小学校のファサードに採用された3種類のタイル。現場土の調合割合が増えると色が濃くなるが、同じ調合でも色にばらつきがでる

横川:私どもタイル製作側としては、ここからがいろいろ大変でした。喜多さんからいただいたサンプルは、水簸(すいひ)をした純度の高い土でしたが、実際に掘り起こした土には不純物がたくさん含まれています。大きなレキだけ取り除いて焼いてみたのですが、なぜか色が白っぽくなりました。
焼き物の難しいところはコントロールできない点です。成型時では気が付かずに焼いてしまうと、中から不純物が表面に浮き出てしまうことがよくあります。また、貝殻のような石灰の塊が混じっていると、後で膨張してひび割れをおこすことがあります。そうしたことを無くすためにも、原料をミルで磨り潰すという、水簸(すいひ)のような工程を追加しました。そうしたら不思議なことに焼いたタイルの色が濃い色に変化したのです。
これまでも現地の土を混ぜてタイルを焼くということは他でもありましたが、不純物が多く、工場としてはリスクが高いので、混ぜるとしても3%以下に抑えるのが通常でした。そういう意味では今回の「八重洲焼きタイル」は大きな挑戦だったわけです。特に八重洲の土は昔海だったところの堆積物なので、塩分はもちろんですが、いろいろなものが混ざっています。塩分のせいで色が一部赤くなったり、黒い煙が出て大騒ぎしたこともありました。

喜多氏:やはり陶芸教室で手づくりの作品を作るのと、建築材料として大量に工場で作るのでは大分状況が違ってきますね。

「八重洲焼きタイル」が採用された城東小学校のエントランスピロティ空間と八重洲ウォーク

──タイルの設置場所はどのように決まりましたか。

喜多氏:テストピースを作っている段階では、まだどこに貼るか決まっていませんでした。土地の記憶 を込めた「八重洲焼きタイル」をせっかくなら多くの人にアピールできる共用部に使いたいと、エリアの提案を行いました。もともと土があった辺りの「地下2階バスターミナルのエリア」とか、「地下1階の飲食エリア」なども候補にあがりましたが、最終的には、「柳通側の城東小学校のピロティ空間」と「八重洲ウォーク」に決まったわけです。

川内氏:小学校の入口にあたるピロティ部分はレンガへの変更も検討していたので、タイルに替わっても濃い色がいいと思っていました。ピロティの壁面は当初ビルの他用途の空間と同様に、石と金属で構成されていましたが、小学校に適したものが他にあるのではないかと考え続けていました。その中でレンガというイメージが漠然とあり、検討を進めていったのですが、施工的に実現するのは難しいと分かり、再検討をしていた矢先に、喜多さんより今回の提案を受けました。
意匠的には若干イメージが異なっていたので躊躇しましたが、「記憶」という付加価値を付与できるこの「八重洲焼きタイル」が、今回の小学校にはしっくりくると徐々に考えるようになっていきました。SDGsの考え方とも相まって、外装デザイナーはじめ関係各所への提案もスムーズに受け入れられ、採用に至ることが出来ました。
色味は最終的にはレンガのイメージとは少し違いますが、色のバリエーションがあり、味わい深いピロティになったと思います。
小学校なのでどうしても安全性が問われます。タイルの表面があまりぶつぶつしていてはケガに結び付くのでそこには配慮が必要でした。手づくりのぬくもりがありながら安全性のあるタイルということを意識し、検討を進めました。

横川:施工面でもその点を考慮して、落下しないように支持片にタイルをひっかけて、さらに接着剤を用いて下地に貼り付けていく乾式工法を採用しています。タイルの形が揃っていないとできない工法ですから、変形したタイルは除外するなど検品工程を強化し、製品管理を慎重にやっていきました。それでも表面に凸凹が出てしまいます。

川内氏:照明デザイナーがピロティの壁面と天井の間に照明を仕込み、壁面のタイルを目立たせるようにしていますが、同時に製品のバタつきも見えてしまう。ですが私はそれも味だと思っています。
小学校の建替えの際、建物の記憶を残す方法として昔の建物の一部を記念碑的にそのまま使うという手法は良く採られますが、今回のようにひとひねり加えて別のものに生まれ変わらせたものを使用するというのは新しい手法ではないかと考えました。そういう記憶の伝え方もあるのかなと。

「八重洲焼きタイル」が貼られた柳通り側のピロティ空間
「八重洲焼きタイル」が貼られた柳通り側のピロティ空間
「八重洲焼きタイル」が貼られた柳通り側のピロティ空間。中央区立城東小学校のファサードにつながっている(2点とも)
東京ミッドタウン八重洲の南東角
東京ミッドタウン八重洲の南東角。小学校は右手に向かう柳通りに面している
柳通りから見た中央区立城東小学校のファサード入口
柳通りから見た中央区立城東小学校のファサード入口

──東京駅への通路「八重洲ウォーク」の塀にも「八重洲焼きタイル」が使われていますね。

喜多氏:同じく「八重洲焼きタイル」の別バージョンタイルで仕上げたもう一つのエリアに「八重洲ウォーク」の塀があります。こちらは現場土を20%調合したタイルを使っています。
「八重洲ウォーク」はビルの通り抜け通路にあたりますが、隣のホテルの威圧的な壁面から視線をはずし、「小学校のエントランスピロティ」の壁の「八重洲焼きタイル」に呼応させています。タイルのデザインは横川さんからいろいろご提案いただいた中から、壁全体のボリュームに負けないよう、既存の金型で出来る質感のある形状を採用しました。
ここでは同じ調合の土で、二丁掛け、二連山50、二連山40の3種類のタイルを作り、ランダムに貼ることで、どの箇所を切り取っても同じパターンにならないようにしています。具体的には6つのグループから、アルゴリズムを用いてランダムパターンを生成しました。約100通りのパターン結果から最も良いと思われるパターンを一つ選んでいます。八重洲ウォークの壁は、高さ2m、長さ23mあり、ここでは複雑さと多様性を表現しています。

川内氏:「八重洲ウォーク」は「裏手の通路」のようでもありますが、プロジェクトにとってはとても重要な空間です。施設を利用する人だけでなく、一般の人も建物を通り抜けて京橋方面から東京駅に出られる通路になります。この土地ならではの「八重洲焼きタイル」を取り入れることで、親しみのある通路になると考えました。

写真左から二丁掛け、二連山50、二連山40のタイルデザイン
3種類のタイルを用いて配置の異なる6種類のグループ
写真左から二丁掛け、二連山50、二連山40のタイルデザイン。右図は、3種類のタイルを用いて配置の異なる6種類のグループを作成。上下左右斜めの隣り合う8つのグループの配列が一つとして同じにならないようにしている。八重洲ウォークだけで使用したタイルは約3,600枚、クラフト感のある通路が完成した(資料提供:株式会社竹中工務店)
八重洲ウォークの塀のタイル
八重洲ウォークの塀のタイル
八重洲ウォークの塀のタイル。同じ調合の土で焼いた3種類の八重洲焼きタイルをランダムに貼ることで、多様な表情を出している(2点とも)
高さ2m、長さ23mの八重洲ウォークの塀
高さ2m、長さ23mの八重洲ウォークの塀。隣接するビルの威圧感を和らげるアイストップの役割を果たす
完成した八重洲ウォーク
完成した八重洲ウォーク。京橋側から東京駅側に通り抜けできる通路で、オフィス利用者だけでなく一般の人も利用する

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公開日:2023年01月25日