社会と住まいを考える(国内) 9

タクティカル・アーバニズムとルールメイキング

水野祐(法律家、弁護士[シティライツ法律事務所])

タクティカル・アーバニズムと持続・転用可能性

パブリック・スペースの利活用において、タクティカル・アーバニズムの思想または手法が注目されている。だが、タクティカル・アーバニズムが「タクティカル(戦術的)」、つまり短期的・ゲリラ的であるがゆえに、単なるヴァンダリズムやクラッキングに終わってしまうケースもある。タクティカル・アーバニズムにはそもそも実験性が内包されているため、すべての取り組みが残っていく必要はないが、一方で有意義な取り組みであってもその戦略性の欠如が理由で持続できないことも多いと想像する。

近年のパブリック・スペースの利活用には、都市再生特別措置法などの法律に由来するトップダウン型のものもあるが、PPP/PFIの隆盛や河川法・道路法改正や、通称「ウォーカブル推進法」と呼ばれる都市再生特別措置法改正など、現場からの声がボトムアップに法律の解釈・運用の変更や法改正につながるケースも多い。そのような流れのなかで、「SAGAナイトテラスチャレンジ」をはじめ地方各地の取り組みがコロナ禍における道路占用許可基準の緩和につながる等、象徴的なケースも出てきている。

筆者はひとりの法律実務家として、近年のパブリック・スペースの利活用にさまざまなかたちで関わってきた。都市におけるボトムアップな取組をいかにして持続可能なかたちにしていくか、ほかの都市にも援用可能なものにしていくか。法律家がタクティカル・アーバニズムを考えるとき、そのような持続・援用可能性をルールメイキングの視点でどうしても眺めてしまう。

ルールハッキング/メイキングの循環

一から法・ルールを制定するのではなく、すでに多くの法・ルールが多層的・多元的に積層している都市空間においては、時代の変化に合わせてルールハッキングとルールメイキングを循環させ、ルールをアップデートしていくことが社会と法の共生関係としては望ましい★1。ルールハッキングという言葉については、「法の抜け穴」といった脱法的な悪いイメージがあるかもしれないが、ここでは「ハッキング」をより望ましいように工夫して改良する、の趣旨で使用している。そもそも、法というルールは、そのルールに潜むバグを発見し、それを改善することで発展してきた。現在のように変化が激しい時代においては、どうしても「ルールを破って育てる」視点が必要になってくる★2。また、ルールハッキングのフェーズにおいては、どうしても規制緩和に思考が向きがちであるが、規制が緩和された領域が「ゼロルール」でよいことは思いのほか少ない。ルールハッキングとルールメイキングはこの時代において表裏であり、規制緩和された後の領域にどのように新しいルールをつくっていくのかは、ルールハッキングにトライする者の責務と考えるべきであろう。

コレクティブによる制度化(Institution-ing)

わたしはボトムアップ型ルールメイキングのポイントとして、1)Playful(遊びごころをもつ)、2)Collective(コレクティブ)、3)Instituion-ing/Institutionalize(制度化する)、4)Smallness(小さく始める)の4点を挙げているが、本稿との関係では、特に2)コレクティブと3)制度化を取り上げたい。

ここでいうコレクティブとは、市民と行政がともにつくる組織体である。あるときはエリアマネジメント・まちづくり会社のような法人、あるときは連絡会・協議会・実行委員会のような組合またはさらに緩い組織体のこともあるだろう。ボトムアップ型の市民による活動とトップダウン構造の行政の間でハブになる存在である。

「制度化(instituion-ing/institutuionalize)」という言葉は耳慣れないかもしれない。もともとは参加型デザイン(Participatory Design)やCo-Designの分野で提唱された概念であるが、アーバンハック(都市におけるハックの取り組み)においてさまざまなボトムアップ型の取り組みを、持続可能なかたちで制度に取り込むフェーズとして流用されている★3。アムステルダムのWaagが公開している「The Hackable City」も、Hackable Cityのプロセスを1)Define、2)Visualize、3)Engage、4)Represent、5)Idelate、6)Act、7)Institutionalizeという7つのフェーズに区切っており、7)Institutionalizeのフェーズをアーバンハックをいかに持続可能なかたちで都市に影響させるか、という観点から、法的・制度的な課題に取り組むこととしている。

Cristina Ampatzidou, Matthijs Bouw, Froukje van de Klundert, Michiel de Lange, Martijn de Waal, The Hackable City: A Research Manifesto and Design Toolkit, Knowledge Mile Publications, 2015.
https://waag.org/en/article/hackable-city

「制度化」とは意識の問題

制度化が法的・制度的な課題への取り組みだとすると、法律家や行政官などの専門的な職能でないとタッチできない領域のように思われるかもしれないが、そうではない。たしかに、実際にタクティカル・アーバニズムに基づく取り組みを制度化するためには、法律や行政手続等に関する極めて職人的な知識や技術を要し、契約的なスキームであれば民間のみで遂行することも可能であるが、条例や法律の解釈・運用にかかる部分については、これを実際に遂行するのは自治体や国である。では、コレクティブによる制度化とはどのようなものを指すかと問われれば、コレクティブによるプロジェクトを通した市民と行政の相互作用によって行政や制度を変容し、ルールを共創していくきっかけを生み出すことにほかならない。具体的には、コレクティブが新しいルールのアイデアを提供し、自治体や政府がこれを法制度に落とし込む(この際に行政が理解しやすいロジックや言語に「翻訳」することが望ましいが、必須ではない)。

住まい、建築、空間、都市には、そのなかで生きるわたしたちのふるまいや暮らしを通して、新しい規範、習慣、そしてルールを醸成する力がある★4。

市民やコレクティブに関わる人々が、そのような日々のふるまいや暮らしを通じて、少しだけルールメイキングへの意識を持つだけで、おそらく十分である。このようなふるまいや暮らしは、民・官という二項対立や「カウンター」としての対立構造ではなく、共感・共鳴による変化の誘導を促す。これは規制やルールに対する新しいアプローチであり、おそらくこれからのパブリックマインド(公共的思考)として必須のものになるだろう。



★1──拙稿「ルールメイキングとハッキングを循環せよ」(WIRED)
★2──飯田高「ルールを破って育てる」(『論究ジュリスト』No.27、有斐閣、2018)。飯田によれば、ルールを破るという判断が将来に対する影響力を持つとすると、ルールを破ることと新しいルールを設定することとの間に大きな隔たりはない。ルールに「違和感」やbenevolence(温情)を取り込むことはルールの適用対象である社会集団の範囲を確定し直すことになり、ルールの破り方次第では、より望ましい社会状態を実現するためのきっかけにできる、とする。
★3──ソフィー・ナイト「ハッキング・アムステルダム──マータイン・デ・ヴァールと考える都市のコレクティブ」(『MOMENT』第1号、リ・パブリック、2019)。Liesbeth Huybrechts, Henric Benesch, and Jon Geib “Institutioning: Participatory Design, Co-Design and the public realm”, in CoDesign 13, 3, July 2017.
★4──饗庭伸の近刊『平成都市計画史──転換期の30年間が残したもの・受け継ぐもの』(花伝社、2021)では、都市計画の「権力」をジル・ドゥルーズの議論の参照し、「法」と「制度」を区別したうえで、「制度は都市に集まった人々が、それぞれが争いなく暮らし、仕事をしていくための規範を模索していくなかでつくり出される」とし、そのうえで「「多くの制度とごくわずかの法」を目指すことが私たちにとってのよき状態=民主主義につながりそうだ」としている(30〜31頁)。

水野祐(みずの・たすく)

法律家、弁護士(シティライツ法律事務所)。Creative Commons Japan理事。Arts and Law理事。東京大学大学院人文社会系研究科・慶應義塾大学SFC非常勤講師。グッドデザイン賞審査員。note株式会社などの社外役員など。主な著書=『法のデザイン──創造性とイノベーションは法によって加速する』(フィルムアート社、2017)など。

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公開日:2021年02月24日