社会と住まいを考える(国内) 8

完成しない都市・建築・プロダクト

元木大輔(建築家、DDAA/DDAA LAB)

「たくさんの人に支持される」ということ

従来のデザイン事務所のように、建築や内装、家具などのプロダクトデザインについてのクライアントワークを行うDDAAとは別に、2019年にDDAA LABという建築的な思考を軸に実験的なデザインとリサーチを行う組織を立ち上げた。まだマネタイズの芽も出ていないシード期ではあるが、少しずつ僕たちの興味関心と、社会的な接点の整理ができてきたのでLABの活動そのものについてのテキストを書こうと思う。

2010年にDDAAを立ち上げた際、何か名刺代わりになるようなものがあったほうがよいだろうと考えて、2つの家具を作って発表した。家具の業界では、デザイナーが自腹でワンオフのプロトタイプを作って、そのデザインを量産してくれるメーカーを探すというアプローチによって、実績のない若いデザイナーがメーカーにプレゼンテーションすることが一般的な手法として認知されている。ミラノ・サローネのような国際的な家具の見本市では、大小さまざまな家具メーカーの新作発表のほかに、若手デザイナーがメーカーやギャラリー、将来のクライアントにプレゼンテーションするためのブースやグループエキシビジョンをしている。家具のデザインが単純に好きだったこともあるのだけど、僕の事務所でも初期は同じような目論見のもといくつかのアイデアについて自主的にプロトタイプを製作していた。

LOST IN SOFA 2010 DDAA

LOST IN SOFA 2010 DDAA(独立当時に作った家具のうちのひとつ)
Photo: Takafumi Yamada

SLEEPY CHAIR 2010 DDAA

SLEEPY CHAIR 2010 DDAA(独立当時に作った家具のうちのひとつ)
Photo: Takafumi Yamada

事務所を開設した当初に考えていたプロダクトや家具は、話題にはなったものの、作り方が複雑でメーカーによる大量生産に向いているデザインではなかった。その反省を踏まえて、作りやすく、商品化しやすいデザインについてあれこれ頭を悩ませることになった。商品化を前提にすると、量産の際の「作りやすくローコストに製作できる」ということと、ある程度の数を作ってコストを落とすため「たくさんの人に支持される」ということが必要になる。この、「作りやすくローコストに製作できる」ことは価格が安くなるので「たくさんの人に支持される」可能性を上げる要因となるけれど、この2つはイコールではない。「たくさんの人に支持される」ためには、多くの人の欲望を最大公約数的に解釈し、デザインする必要がある。多くの支持を得ることに成功したデザインは、モダニズムの名作のように世界中で人々に愛されている。

ただ、すでにものがたくさん溢れている現代において、新しくモダニズムのような最大公約数的なデザインの名作だけでなく、街にはアノニマスでよくできているものをたくさん見つけることができる。最大公約数的にできているということは、逆説的にとても細かく、ニッチで、個人的なニーズをふるい落としているということだ。多様化が進む現代的な問題を扱いたいということと、できるだけ新しい価値観を提示したいという興味があったので、「作りやすくローコストに製作できる」という考えは残したまま「たくさんの人に支持される」ということは一度気にしないことにした。商業施設や公共施設では多少数の論理が優先されるものの、建築や空間のデザインは、ニッチなニーズや、個人的な事情で優先順位を決定することが可能な分野だからだ、ということもある。

すべては「完成していない素材」

自主的にプロトタイプを作っていて気づいたもうひとつのメリットは、例えば、特に短納期やポップアップのプロジェクトでアイデアを考える時間が極端に少なかったとしても、予め実験的なアプローチのアイデアをいくつか用意しておくことで、クイックに対応することができる可能性がある、という点だ。納期や予算の制限が大きければ大きいほど、高いクオリティのアイデアをクイックに提案できれば、実験的な案だとしても受け入れてもらえる可能性が高くなる。ピクサーの映画の本編前には、ある技術的テーマに基づいたショートフィルムが上映される。このショート・フィルムで実験された新しい技術は、例えば『ファインディング・ニモ』での水中表現、『カーズ』での鏡面の車体に映り込む風景といった具合に、さらに技術が磨かれ長編映画のクオリティーを後押ししているらしい。同じように、アイデアを先に試してプロトタイプを検証しておくことで、クライントワークとのよいバランスを築くことができる。そのような実務的な理由もあったのだけれど、途中で商品化を目指すデザインではなく、僕たちの興味は実験や研究、リサーチやプロトタイピングそのものだということに気づき、それまで事務所内の作業量の10%かそれ以下だったリサーチやプロトタイピングを30〜50%に引き上げ、より実験的なアプローチを推進するためにDDAA LABを設立した。

DDAA LABを設立したきっかけはスタートアップの支援を行うコレクティブ・インパクト・コミュニティMistletoeとの出会いによる影響がとても大きい。水道のインフラによらず、オフグリッド水循環システムを開発しているWOTA、デジタルテクノロジーによって建築産業の変革を目指すVUILD、持続可能性あるパーマカルチャーを提案するPLANTIOなどなど、社会的なアジェンダを解決、改善するスタートアップを中心に支援をしている彼らと共同で設立をしている。彼らのためのスペース、MISTLETOE OF TOKYOというプロジェクトがきっかけでいろいろなことがドライブするきっかけとなった。もともと彼らのオフィスのスペースの改修計画としてスタートしたこのプロジェクトは、オフィスは単なる働くための場所ではなくセレンディピティ(偶然の出会い)を促進することを目的として、予定調和的に結論を想定し空間を設えていくのではなく必要やコンセプトの更新にあわせて変化し続けるβ版のスペースだ。「不完全な建築」つまり完成することなく、空間の目的やデザインを継続的に更新していくというアプローチやコンセプトは現在のDDAA LABの中心的な考え方になっている。すべてのものを不完全なものとみなすことで、どんなものでもさらに変わっていく素材として考える。一見完成していると思えるものでさえも、すべては変化し続ける可能性を持っていると捉えることが重要だと考えている。

MISTLETOE OF TOKYO 2019 DDAA

MISTLETOE OF TOKYO 2019 DDAA
Photo: Kenta Hasegawa

話を少し戻し、「たくさんの人に支持される」ということについて考えてみる。今から新しく作るものを「たくさんの人に支持される」ように作ると、モダニズム的、大量生産的なアウトプットになってしまうことはすでに述べた。そこで、最大公約数的な合理主義によってデザインされたプロダクトを、もう一度「完成していない素材」として見つめ直し、少しの工夫を加えることでふるい落とされてしまったニッチなニーズに応えることはできないだろうか。

ここで言う「プロダクト」は生活用品や道具だけを指してはいない。道路、信号機、ガードレール、アスファルトなどの街のインフラも、同じ考え方のもとに生み出された大量生産品と捉えることができる。ものから街までを編集可能な素材だと捉え直す視点があれば、ものも街もどんどん変化するし、完成という概念ではなく「成長」するものと捉え直すことができるかもしれない。手を加えることで、ものや街が変化し成長する対象になり、愛情を持って接するきっかけになれば嬉しい。

生活に適応した変化と豊かさ

DDAA LABで進行している《ベンチ・ボム》というプロジェクトは、既存ストックを利用し公共空間をどう更新させていくことができるか、という実験的なプロジェクトだ。バイパス沿いなどでよく見かける白いスチールの板を曲げて作られているものを「ガードレール」、スチールのパイプを曲げたり溶接しているものを「ガードパイプ」という。渋谷区や中野区など道路を管理している自治体によってデザインが違う23区すべてのガードレールとガードパイプをリサーチして、見つけた種類を実測、図面化し公開する。さらに、すべてのタイプのガードレールに引っ掛けるだけで設置することが可能な数種類のベンチやちょっとしたテーブル、棚などのデザインをし、オープンソースとして公開することで、目の前の街の風景を自らの手でアップデートできるきっかけを作る、というプロジェクトだ。ただ通行の用途にのみ使用されることが多い日本の都市の風景や道路に、ささやかな機能をできるだけ簡単に付け加えていく。

Bench Bomb

左:Bench Bomb Meguro-ku Edition 2016 DDAA
Photo: Takashi Fujikawa
右:Bench Bomb (Chill) 2020 DDAA LAB(ベンチボムの立掛けバージョン。どのガードレールにも対応可能)
Photo: Gottingham

ガードパイプを実測したジン「GUARD PIPES」2020 DDAA LAB

ガードパイプを実測したジン「GUARD PIPES」2020 DDAA LAB
Book design: TAKAIYAMA inc.

また《Hackability of The Stool(ハッカビリティー・オブ・ザ・スツール)》というプロジェクトでは、建築家アルヴァ・アアルトが1933年にデザインした「Stool 60」というスツールを改変・改造する100のアイデアを、インスタグラムで毎日1つずつ、100日間連続で発表した。「Stool 60」をもう一度素材として捉え直すことで、「腰掛ける」という用途のために作られたスツールが持つ利用可能性(ユーザービリティを追求するだけでなく、テーブルや、ベンチ、ランドリーバスケットやステップなどの、本来スツールにはない新しい機能を追加することによって「腰掛けるモノ」という本来の目的を超えた拡張可能性「ハッカビリティ」を提示する。

Hackability of The Stool

Hackability of The Stool
左上:#2 MINI DESK、右上:#40 BACK REST、左下:#49 LAMP、右下:#86 TURNTABLE
Photo: Kenta Hasegawa

カスタマイズすることで、プロダクトの魅力が持続的に高まっていくし、場所の特性やニーズに合わせた改変はその場所特有の魅力につながっていくだろう。だから、そのようなポテンシャルを引き出すためにも、プロダクトも建築も、将来の改変・改造を前提に「ハッカブル」に計画されているとよいと考えている。
「ガードレール」や「Stool 60」のような大量生産的、モダニズムのデザインは、最大公約数的にできているけれど万能ではない。シンプルであるということは、逆説的にあらゆるものを削ぎ落としているのだ。モダニズムや大量生産品のよいところはキープしたまま、最小限の機能や意味を追加することで、多様性や多義性を担保する方法を考えてみたい。

ヴィトラ・デザイン・ミュージアムを皮切りに、葉山にある神奈川県立近代美術館で開催された回顧展「アルヴァ・アアルト──もうひとつの自然」(2018)で見た、アアルトが残したエッセイに下記のような一節がある。

建築の規格化は、自動車のような集中型規格化と同質のものであってはならず、理性にも感性にも対応する分散型規格化であるべきである。建築における規格化は型を目指すことでなく、生活に適応した変化と豊かさを創り出すことである。

徹底的に合理的に作られたモダニズムの名作を完成品ではなく素材と捉えることで、多品種小ロットで、少しだけ便利で、パーソナルカスタマイズされた「生活に適応した変化と豊かさ」を作るのだ。

元木大輔(もとぎ・だいすけ)

1981年生まれ。DDAA/DDAA LAB代表。CEKAI所属。Mistletoe Community。武蔵野美術大学非常勤講師。2010年、建築、都市、ランドスケープ、インテリア、プロダクト、コンセプトメイク、あるいはそれらの多分野にまたがるプロジェクトを建築的な思考を軸に活動するデザインスタジオDDAA設立。2019年、Mistletoeとともに実験的なデザインとリサーチのための組織DDAA LABを設立。 http://www.dskmtg.com

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公開日:2021年01月27日