社会と住まいを考える(国内) 3

住宅という不可解な存在

谷繁玲央(東京大学大学院)

住宅は工業製品ではない

ハウスメーカーが生産するプレファブ住宅は工業化住宅と呼ばれる。工業化住宅は「工業製品としての住宅」の極北といえるかもしれない。しかし、工業化住宅が製品であろうとすればするほど、かえって住宅の潜在的な製品ならざる部分を示してきた。日本の住宅生産はこうした矛盾のなかで模索しながら発展を続けてきた。本稿では「住宅の工業化」や「住宅産業」といったモデルがどのように成立し、またどのように有効であり、有効ではなかったかを考える。そうした思索を通して脱工業化社会と言われて久しい現在とこれからの住宅について議論を展開したいと思う。

住宅産業というモデルの普及

終戦直後400万戸の住宅不足の時代に住宅の量産化・工業化は喫緊の課題だった。こうした工業化への流れをより広く展開させたのが住宅産業というモデルだ。住宅産業という語が普及したのは1968年に当時通産官僚だった内田元亨による論考「住宅産業──経済成長の新しい主役」以降と言われている。1968年は総住宅数が総世帯数を上回った年であり、終戦後の住宅難が統計上は解決された瞬間でもある★1。まず「一世帯一住戸」という家族の居住の権利を保障するという段階から、「一人一部屋」という段階を経て、居住環境の向上を目指す時代にさしかかったということでもある。それは住宅政策が生存権のための福祉政策という性格から、開発主義的な経済政策という別の性格を帯び始めるということである。内田が論考を発表した翌年には国会でも「住宅産業」に関して度々議論がされた。通産省大臣だった大平正芳は以下のような発言をしている。

「いま非常に問題なのは、たとえば住宅というようなものをどうするかというような問題、非常に国民生活に近接した問題でございまするが、(…中略…)これは一つの総合産業でございまして、鉄とかアルミとか木材とかいう単品の集合体でございますけれども、特異な機能を持っておるわけでございますから、住宅産業というようなものを育成するという立場から、通産行政は単品行政から一歩前進しないといけなくなっておるんではなかろうか。(…中略…)行く行くはこれをプレハブリケーションに持っていかなければならぬ。そして、いまの非常にプリミティブな形で大工、左官でやっておるような仕事、三兆もの投資が行なわれておるにもかかわらず、そういうような仕事があるということに着目しないのは、これは怠慢じゃないかということが言えるわけでございます。
──大平正芳 第61回国会 衆議院 商工委員会 第36号 昭和44年6月25日

大平のこの答弁には、住宅に関わるさまざまな経済活動を住宅産業として統合させ、(ここでプリミティブとされている)大工や左官の仕事をプレファブ技術によって近代化させるという2つの方向性が明示されている。いうまでもなく、この時政治家・官僚・学者たちの念頭にあったのは自動車産業の存在だった。

工業化住宅は工業化したか

住宅産業という語が普及した60年代末から現在に至るまで、さまざまなかたちで住宅産業は自動車産業と比べられてきた。建築家の宮脇檀は1984年に雑誌『新建築』の取材でトヨタ自動車のプレファブ住宅《アスペン》の生産ラインを訪れ、こう述べている。

「かの有名なカンバン方式、ベルトコンベヤー、ロボット、流れるように生産される近代工場をイメージして出かけたのだが、これはビックリ。(…中略…)日産3棟のごくのんびり動いていた。(…中略…)とにかくいまのところは町工場的な雰囲気そのもの★2。

トヨタホームJ型

トヨタ自動車《アスペン》で採用される型式「トヨタホームJ型」の組立ダイアグラム
引用出典=日本建築センター『ビルディングレター』(1982年7月号)(筆者が各図の配置を変更)

宮脇は見学した工場は過渡期のテスト的工場だったことを明らかにしているし、現在ではもちろん多品種少量生産を実現しているわけだが、この言葉は当時トヨタ自動車でも住宅生産に参入することは容易でなかったことを率直に記録している。宮脇はこの論考のなかで、すでに顧客のニーズにこたえる自由設計を主体としていた鉄骨パネル構法の積水ハウスと、工場生産率の高い鉄骨ユニット構法のセキスイハイム(積水化学工業)を対置させている。そしてトヨタはハイムのような方法で、加えて消費者に迎合せずに、トヨタにしかできない大量生産型の住宅を目指すべきだと結論づけている。

しかし結果から言えば、宮脇の言うような自動車産業モデルの住宅が市場を席巻することはなかった。この論考と同時期の80年代前半には積水ハウスが従来のB型と呼ばれる鉄骨パネル構法の仕組みをより発展させ、さまざまな仕様や商品を単一の仕組みで実現できる体制を整えた。この傾向は他社でもおおむね同様である。

ただ実態はより複雑であり、同時期に積水ハウスもセキスイハイムも木造住宅や木質住宅などの商品展開を増やしている。顧客のニーズを拾うために商品数を増やし、他方で生産性向上のためにシステムは統一化する、しかしまた別の構法によって商品ラインナップを拡充する。工業化住宅の歴史を紐解くことは、往々にしてこの多様性か単一性かという堂々巡りを追いかけることである。80年代はとりわけ多様化が不可解な方向で進んだ時代でもあり、鉄骨の構造にツーバイフォーの屋根組の住宅、コンクリートパネルと木質パネルの混構造の住宅などのキメラ的な住宅を見つけることができる。また工業化住宅の和室表現が発達するのもこの時代である。なぜハウスメーカーがこのような多様な商品展開へ執着を見せるのか。それはまず選り好みする消費者の存在と、消費者たちの前に広がるもうひとつの世界=木造住宅の世界の存在があるからだろう。

セキスイハウスB型

セキスイハウスB型(初期)構法説明図
引用出典=日本建築学会『構法計画パンフレット5 工業化戸建住宅・資料』(1983)

日本の住宅生産で大半を占めるのが今も昔も木造である。下図は新設住宅着工戸数の推移を示すが、プレハブ住宅は長らく15%前後を占めるに過ぎない★3。戸建住宅に限定すれば、全体の75%程度が在来木造である★4。

新設住宅着工戸数

新設住宅着工戸数(『建築統計年報』『社団法人プレハブ建築協会50年史』より筆者作成)

こうした在来木造の担い手の大半は中小の工務店だが、そうした工務店から発展していった大手パワービルダーも台頭している。すでに販売戸数のみでいえば大手パワービルダーのほうが、従来のハウスメーカーを圧倒している(飯田グループホールディングスの2019年度の戸建販売戸数は4万5,775棟で、現在ハウスメーカー首位のプライム ライフ テクノロジーズ[ミサワ・パナソニック・トヨタの3社]の戸建販売戸数が1万4,497棟である★5)。

このような形勢となった要因は、ハウスメーカー各社が独自構法や性能(クローズドシステム)を開発競争しているうちに、大平が「プリミティブ」と評した大工の世界が長い時間をかけて別の工業化を進めたからである。かつて産官学が目指した「住宅の工業化」の外側にあったはずの在来木造が、金物・プレカット・CADなどの技術普及によって、かえって「工業化」の理想だった高度なオープンシステムを実現してしまったのである。

工業化住宅は誕生の瞬間から在来木造と競争する必要があった。そのためにより自由で多様な商品展開を目指すという、量産化とは逆のベクトルを持ち続けた。在来木造という強敵がいる限り、工業化住宅にとって単純明快な工業化という道ははなから困難だったのだ。

これからの工業化住宅

それではこれからの住宅は一体どのようなものになるだろう。ひとつには、Katerra★6のようなアメリカ西海岸のCon-Tech企業(建設系IT企業)が住宅生産にブレークスルーを与えるという見方ができる。しかし、「住宅供給に関わるサプライチェーンを垂直統合する」という彼らのヴィジョンは日本の住宅生産の世界から見れば既視感を拭えない。なぜならそれはプレファブメーカーが長い時間をかけて実現してきたクローズドシステムと同様に思えてしまうからだ。

筆者の見立てでは新築戸建住宅の世界はしばらく膠着状態が続くだろう。多くの人が指摘するように、これからの主戦場は(「これから」と言われ続けているが)中古住宅の世界である。ここでも工業化住宅は難しい立場に立たされている。供給メーカーのブランド力や性能が高い工業化住宅はその点で有利だが、一方で各社のクローズドシステムや法制度上の障壁を理由として自由な改修が難しいという点では不利である★7。近年はハウスメーカー各社がリフォーム専門会社を設立し、2008年には10社合同で優良中古住宅の査定と流通を促進させる「スムストック」が始まった。しかし、これまで累計約450万戸建設されてきたプレファブ住宅の潜在的なストックを考えれば、まだまだ中古市場は規模が小さい。

真に中古住宅市場を盛り上げるには、当然消費者の新築至上主義を転換させなければならない。中古住宅は価格の面でも、性能の面でも消費者には不透明な部分が多い。ただ、そうした中古住宅への根強い不安を払拭するために消費者ができることも増えている。例えばホームインスペクション(住宅診断)も普及し始めており、あるいは家歴書のような住宅履歴情報を蓄積する提案も行われている。これまでの住宅市場は供給主体と消費者との間の情報の非対称性を、信頼の高さ(あるいは反対に価格の安さ)で不問としてきた面がある。しかし、これからは消費者が主体的に住宅の情報にアクセスできることが重要だろう。

不可解さの正体

住宅は不可解な存在である。本稿で見てきたように、住宅の工業化は建築家・研究者・官僚が期待するようには進展しなかった。現に私たちが見ているのは、鉄骨プレハブでつくられた木造風住宅と在来木造でつくられたハウスメーカー風住宅が鎬を削っているという不思議な光景である。このように住宅が向かうべきだとされた青写真を錯乱させ、不可解で多様なものにしたのは、まさしく消費者である。そのように考えれば、期待されるかたちでは中古住宅市場やストック活用社会の隆盛は訪れないかもしれない。ストック活用に向けて住宅の情報をオープンにする、そのようにして「開かれた」住宅を賢明な消費者が選び取る、といった合理的なモデルはたしかに望ましい。しかし、一見不合理に見える選択や志向によって多様な改修のヴァリエーションや遊びが生まれるという想像のほうがより確からしいし、それによって生まれる光景も面白みがあるのではないだろうか。きっとこれからも住宅は不可解なままであろう。



★1──総務省統計局「平成30年住宅・土地統計調査 住宅及び世帯に関する基本集計 結果の概要」(2019年9月30日)。ちなみに全都道府県で総住宅数が総世帯数を上回ったのは5年後の1973年のことである。https://www.stat.go.jp/data/jyutaku/2018/pdf/kihon_gaiyou.pdf
★2──宮脇檀「住宅メーカーとしてのトヨタ」(『新建築1984年4月臨時増刊号』新建築社、1984、pp.78-84)
★3──単純比較はできないが、この数字は諸外国と比較して高いとされる。例えば日本に比べプレファブ住宅の歴史が長いイギリスでは、新設住宅戸数に占める非伝統工法(プレファブを含む)の割合は5%という統計もある。各国のプレハブ率を比較した研究には右のようなものがある。Dale. A. Steinhardt and Karen Manley, "Adoption of Prefabricated Housing: The Role of Country Context", Sustainable Cities and Society, 22, 2016, pp.126-135.
★4──国土交通省「平成29年度住宅着工統計」
★5──住宅産業新聞社『住宅産業新聞』(2020年5月26日、6月25日)記事より。
https://www.housenews.jp/house/18074
https://www.housenews.jp/house/18246
★6──https://www.katerra.com/vision/
★7──工業化住宅に関する制度(とくに工業化住宅性能認定制度や型式適合認定制度)などの法制度と改修可能性の関係については次のような研究がなされている。
関野夏菜「工業化住宅の長期利用に関する研究 維持管理と増改築手法に着目して」(2018年度東京大学大学院提出未公刊修士論文、2019)

谷繁玲央(たにしげ・れお)

1994年生まれ。2018年東京大学工学部建築学科卒業(隈研吾研究室)。2020年同大学大学院工学系研究科建築学専攻修了(権藤智之研究室)。現在は同研究室博士課程で住宅メーカーの歴史を研究している。専門は建築構法と建築理論。

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公開日:2020年08月26日