社会と住まいを考える(国内)26
環境がつくる機能の大きさ
殿前莉世+平井未央+福留愛(iii architects)
機能が伸び縮みする空間
設計をするとき、『浴室』や『台所』のように部屋の名前を先につけることなく、こんなところでお風呂に入れたら、料理ができたら気持ち良いだろうな、とまず具体的な生活行為から想像します。そうしてつくられた空間は大抵「部屋」という単位におさまりません。お風呂から空が見えることで海に浸かっている気分になったり、キッチンがテラスとひと繋がりになると屋外で調理したくなるように、いいなと思う建築の多くは、機能が建物の外へ伸びていきます。また、浴槽のなかで本が読めたり、調理台で勉強ができたりなど、別の機能として使われることも豊かだと感じます。住宅に限らず、機能が伸びたり縮んだりすることで、訪れるたびに異なる経験ができ、新しいふるまいをしたくなる建築への憧れが、いつも制作の活力になっています[fig.1]。
日常と地続きの環境
大学4年の卒業設計展で意気投合して以来、私たちは3人で各地を旅していました。旅に出ると、東京での日常から解放されて、大胆に環境を使えることが、ひとつの楽しみでした。晴れた日は外で朝ごはんを食べたり、少し座れそうな段差があれば荷物を置いて休んだり、人目につかない木陰で昼寝をする日もありました。フランスのニースでは、夕方になるとどこからともなく大勢の人が浜辺に集まってきて、まるで自分たちのリビングルームのように、ワインを飲んだり、本を読んだりして過ごしていました[fig.2]。日常と地続きな場所に海という大きな環境があることで、このまちに長く居たいと思えるのかもしれません。
都市へと身を広げる
都市や建築を一緒に見てまわるうちに、共有できる経験が増えていき、別々の大学院に属しながらも3人で制作をするようになりました。そのうち自由に活動できる拠点が欲しくなり、神楽坂のアパートの1フロアで共同生活を始めることにしました。働くことが目的になかった共同生活も、3人集まると自然と手を動かすことが増え、ダイニングルームは模型であふれていきました。
住んでいた家は神楽坂通りの裏、木密地域にあります。窓を開けると2m先の隣家の壁や擁壁が見え、窓を閉めていても隣人の声やラジオの音が聞こえて、近所の人々で街区というひとつの大きな家に住んでいるようでした。木密の固定された環境に息苦しさを感じた日は、近くの公園でミーティングをしたり、テラスで朝ごはんを食べたり、屋外階段に座って雑談をしたり、変化のある環境へ意識的に身を置きました[fig.3]。
木密から商店街へ
家の周辺に居場所が増えたものの、ダイニングルームを兼ねていた仕事場は手狭になる一方でした。住むためだけにつくられた家で、働くこと・暮らすことの両立は難しく、仕事とプライベートの境目がなくなり、バランスを崩すこともありました。そこで、住む場所は別に持ちながら、働く場所を新しく構えることにしました。木密のアパートからわずか100m先の商店街に面した雑居ビルの最上階です[fig.4]。
新しい仕事場のテラスからは、つねに人が行き交う商店街を見下すことができ、室内にいても商店街に流れている音楽が聞こえ、陽の光が刻々と変化します。商店街や空などの外部環境がすぐそばにあることで、日差しが強くなると机を移動したり、雨が上がった隙にテラスで料理をしたり、以前よりも環境へ素直に反応するようになりました。
屋内と屋外の「間」を考える
神楽坂の奥にある木密地域では、密集して建物が建つことで、景色が近く感じられました。1年を通して植物の背丈が変わったり、差し込む光の高さが変化したりと、窓から見える景色はゆっくりと移ろいます[fig.5]。 一方、表通りに面した雑居ビルでは、窓から遠くの空をのぞんだり、真下の通りを歩く人々を観察するなど、高い視点から景色を眺める贅沢さがあります[fig.6]。
同じ街でありながら対照的な拠点を持った経験をもとに、屋外との接し方を操作することで、環境と日常が地続きになる建築を考えてみます。まず、室内にいる人間が常に外部環境を感じられるように、設備や収納など動かない物たちを最小限にまとめます。そして、屋外に寄り添うように、様々な機能が伸びてこられる自由な空間を設けます。ここでは仮にその空間を〈trans-room〉と呼ぶことにします[fig.7]。接頭辞である〈trans-〉は、「超えて、通って、別の状態へ」などを意味する単語をつくる言葉です。〈trans-room〉は、本を読んだり、料理をしたり、ご飯を食べたり、お昼寝をしたりなど、部屋の名前にとらわれずに過ごすことのできる、つかみどころのない部屋です。
2つのケーススタディ
【木密地域:アパートK】
元々3人で暮らしていたアパートKに向かう道路では、写真館のおじいさんが毎日店の前のベンチに座っていました。「行ってらっしゃい」や「おかえりなさい」と声を掛けてもらうたびに、おじいさんが座っている場所が玄関のように感じられて、自分たちの家が街に向かって引き伸ばされたようでした。家に繋がる「道」の豊かさは、生活に大きな影響を与えます。幸いにも、アパートKの周辺には多くの道(とも言えないような小道)が残っています。それらとアパートKの関係を〈trans-room〉を介して再構築します[fig.8]。
家に繋がる道とプライベートな部屋とが新たな関係を持てるように、設備や収納を一か所にまとめて配置し、部屋の外側に回廊のような〈trans-room〉を設けます[fig.9]。そうすることで、どの部屋も〈内部⇔trans-room⇔外部〉という対等な関係に変化し、部屋から部屋へは〈trans-room〉を介して移動できるようになります。また、外周全てがエントランスになることで、性質の異なる4つの道を使い分けられるようになり、その日の気分や目的に合わせて、好きな方向に玄関が伸びていくような暮らしができるでしょう。写真館のおじいさんに挨拶をする賑やかな道や、商店街までの知る人ぞ知る近道、大通りに繋がる坂を通る運動のできる道や、階段を登って別の坂へ抜ける静かな道など、異なる性格の道へと行為が広がります。動かない収納や設備などを1列にまとめて、外部と内部の間に〈trans-room〉を設けることで、密度ある街の構造そのものが贅沢な環境に思えます[fig.10]。
【商店街:雑居ビルH】
商店街にある雑居ビルHは、通りに面したその他の建物と同じようにテラスを持っており、その広さは室内と同じほどでした。 元々は、1階にあるスーパーで働く従業員の下宿としてつくられていたため室内は3室に分かれており、事務所として使うには仕切りが多すぎる空間でした。壁を取り壊し改修したことで、ひと部屋の大きさは広がったものの、キッチンやトイレなどは依然として部屋に押し込められています。そこで、周辺に広がる豊かな環境と雑居ビルHの関係を〈trans-room〉を介して再構築します[fig.11]。
室内の大きさを最大限にとるため、収納や本棚、設備は部屋の中心にまとめ、キッチンは室内とテラスの間に納めます。また、既存の腰窓は掃き出し窓に差し替え、商店街に向かって大きな窓を開けます[fig.12]。物の居場所が中心になることで、午前は朝日が差し込むテラスで打ち合わせを行ったり、午後には夕日の見える室内でコーヒーを飲んだり、環境と連続していく自由な活動を生み出します。キッチンはテラスと室内の両方から使えるようになるため、雨の日には室内で音楽をかけながら野菜を切り、晴れたら外で火を囲むなど、外の環境に合わせてキッチンの大きさが変化していきます。雑居ビルHはアパートKと異なり、収納や設備、プライベート空間の面積が小さいため、それらを集約してしまえばほとんど全体が〈trans-〉可能です。屋内全体が〈trans-room〉になることで、機能が自由に伸び縮みするオフィスとなり、小さく押し込められていた行為が広がりを持ち始めます[fig.13]。
日常と地続きにある贅沢さ
木密の密度が生んだ小道と、商店街の密度が生んだテラス。自然豊かな環境も魅力的ですが、都市には集合する密度で生まれる豊かさもあります。ニースの人々が海という大きな自然を自分の場所の延長としているように、私たちが暮らす都市でも自分の居場所を広げていける伸びしろを秘めているはずです。内外の間に「どっちつかずな状態」を設けることで、周辺環境が機能の大きさを浮かび上がらせるような、そんな建築にいつも向かっています。行為がのびやかに続いていけるような環境を、日々の観察のなかで発見していきたいです。
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公開日:2022年10月20日