「これからの社会、これからの住まい 3」のおわりに

連勇太朗(建築家、CHAr)

2022年5月からはじまり、合計4回の鼎談と22本のテキストを掲載してきた「これからの社会、これからの住まい3」も今月が1年間の最終号となる。シリーズ開始に先立って書いた最初のテキストで示したように、このウェブサイトでは構造の都合上「特集」や「テーマ」という枠組みでコンテンツをまとめて発表することができない。そのため、どうしても記事が個別的になってしまい記事同士の繋がりを読み取ることが難しくなってしまう。そこで、読者が記事と記事の関係性や共通性を見出せることができるよう、これからの社会と住まいを考えるためのキーワードを「A/Bリスト」として最初に提示した。本稿では各記事を簡単に振り返りながらA/Bリストを改めて見直してみたいと思う「「これからの社会、これからの住まい 3」のはじめに」

複雑化する社会と倫理

シリーズを通して、現状の社会がいかに複雑かつ不確実になってきているかということが改めて認識された。貝島桃代さんと門脇耕三さんとの鼎談「持続可能な共有資源と、ネットワークとしての建築」は、既存のものを組み替えるという現在現れつつ新たな建築作法について、教育、作家性、倫理など幅広い観点から議論することができた。水野大二郎さんによる「“こんがらがった問題”のためのデザイン」では、こんがらがった問題(=ウィキッドプロブレム)に対応した最先端のデザイン論が紹介された。多元世界、循環型産業、生態系などが主要なキーワードとして挙げられているが、一神教的なものや二元論的価値観に対するものとしての「多元性」はA/Bリストに追加するべき重要概念であると感じた。増田圭吾さんによる「建築おける調達・倫理・ローカリティーネットワークと設計」では多元化する世界において構造設計者という立場から、材料の調達や地域性についての課題がある種の悩みとして語られているが、職業倫理について語られている点が興味深かった。必ずしも直接「倫理(性)」という言葉が使われているわけではないが、他のテキストでも倫理はつねに意識されておりシリーズ全体の通奏低音になっている気がした。ここまで強く各主体の倫理が問われるような時代が今まであっただろうか。どのような言葉で倫理に関わる事象をA/Bリストに追加するのか今後検討してみたい。

資本主義との付き合い方

地球環境問題、世代間格差、貧困格差、政治的分断など、社会課題を挙げればキリがないが、だからと言って目の前の社会を否定することは簡単にはできないだろう。資本主義に問題があるのは事実だとしても、資本主義を理念的に批判したり否定したりすることは「こんがらがった社会」の前では何の役にも立たない。佐野虎太郎さんと川崎和也さんによる「ファッションデザインにおける脱成長批判試論──ありうべき惑星規模のエコロジカル・アライアンス」は、脱成長イデオロギーに対して批判的立場がとられており、課題への解決は「プラグマティックかつ魅力的で、未来志向的なオルタナティブでなければならない」と力強く宣言されている。この宣言の有効性は彼らが主宰するSynfluxによる実践をみれば明らかだろう。また、中村真広さんとツバメアーキテクツによる「人と感謝が循環する集落を作る」では、虫村というプロジェクトそのものが「資本主義のバグ」によってできたものであり、虫村を通して新たなバグを社会に発生させていくというプロジェクトの狙いが語られている。資本主義は修正されるべきものであるが否定されるべきものではない(そもそも拒絶できるものではない)という態度が、単なる諦めではなくひとつの戦術であり、今を生きるわれわれのリアリティそのものであるということが、こうしたプロジェクトやテキストを通して力強く読み取ることができる。

実際、そうしたものに対して真摯かつ丁寧に付き合うことで確実な変化が起こりつつある。コンビニでアルバイトをするというリサーチから社会のリアリティをすくい取り、コンポストを実践する寺内玲さんによる「社会をサバイブするための、身体性と共同体」 、都市づくりの担い手との新たな連携・連帯のかたちをグローバルに展開する石川由佳子さんと杉田真理子さんによる「これからの都市での暮らしを、自分たちの手で作っていくために」、従来のまちづくりからこぼれ落ちてしまう人たちをテクノロジーの力によって包摂する三谷繭子さんによる「テクノロジーを活用し、市民のまちづくり参加を後押しする」など、安易な状況批判・否定では決して生まれることのない、現実に即した確実な社会変革のモデルが示されている。

他者との関係

自分を起点に、環境、まち、建築に対して向けられる新たな感性に関するテキストが数多く集まったことは印象深い。iii architectsによる「環境がつくる機能の大きさ」笹尾和宏さんによる「閉じずに、開かずに、閉じていない」成原隆訓さんによる「ルール紀行──環境のたゆたいに目を留めて」森純平さんによる「We’ re waiting for you with the room open」など、環境を含めた他者との関わりが内省的に問われ、その感覚がみずみずしく言語化されている。こうした関心の延長において萌芽する建築のあり方として、宮城島崇人さんによる「異物は風景になる」は重要な視点が提示されている。また、文化人類学者・小川さやかさんとテレインアーキテクツとの鼎談「インフォーマルな領域から立ち上がる居場所・ものづくり・社会」では、建築をつくることそれ自体の可能性について他者とのコミュニケーションや人や場への理解という観点から考えることができた。

シリーズを通してまちと建築家の新しい関係が数多く提示されたことには大きな希望を感じる。木村俊介さんによる「『働き』のある風景」石村大輔さんによる「都市の生態系を耕す」石原愛美さんによる「尾道にて」 勝亦優祐さんによる「プロジェクトをつくり、まちを耕す」など、生活すること、働くこと、建築すること、そのまちで暮らすということに本質的な切れ目がなく、それらが循環しながら創作が行われていることそのものが一周まわって非常にラディカルにみえること自体が興味深い。そこでは従来の専門性そのものが根本的に問い直されているようにも思える。タイトルに「耕す」という言葉が2回も使われているのは単なる偶然ではないだろう。美学研究者である伊藤亜紗さんと世田谷区の大家である安藤勝信さんとの鼎談「生成的コミュニケーションから考える、これからの計画論」は、今思えば、「耕す」という行為について、「生成的」と「伝達的」という2つのコミュニケーションの様態の違いから語られている気がしていて興味深い。また、金野千恵さんと上野有里紗さんとの鼎談「今、空間・建築にできること/できないこと」では、こうした視点に則りつつ、建築家3人による鼎談であったため「創作論」の観点からシリーズ全体の骨格になるような論点が数多く提示でき大きな手応えを感じている。

テクノロジーの問題

本シリーズにおいて、深く探求できなかったテーマとして「テクノロジー」がある。大嶋泰介さんによる「メタマテリアルによる設計事業の現在から未来」では、特定の部材に幾何学形状を与えることによってマクロな物性を変化させるメタマテリアルの概念が紹介され、設計/解析/製造が一体となったものづくりのモデルや、部材の革新によって建築も革新されることが予見されている。また、中村健太郎さんによる「都市とテクノロジーの関係について、いま考慮すべきことは何か──スマート・イナフ・シティから学ぶこと」では盲目的にわれわれが受容してしまっている技術中心主義的価値観に対して警笛が鳴らされているが、これらテクノロジーの観点に関しては、A/Bリストを検証するだけの十分な材料を揃えることができなかった。これは執筆者候補を選定した筆者の問題である。次回機会があればテクノロジーに関してはより深く掘り下げてみたいと思う。

以上、全26のコンテンツを大雑把であるが振り返ってみた。シリーズを通してA/Bリストの有効性はある程度示すことができているのではないかと考えるが、新たに追加するべきキーワードや見落としている観点があることにも気づかされた。引き続き多くの人と議論しブラッシュアップしていきたい。地殻変動が起きていることは間違いなさそうである。その状況を掴むための言葉を育む必要がある。

連勇太朗(むらじ・ゆうたろう)

1987年生まれ。明治大学専任講師、NPO法人CHAr(旧モクチン企画)代表理事、株式会社@カマタ取締役。主なプロジェクト=《モクチンレシピ》(CHAr、2012〜)、《梅森プラットフォーム》(@カマタ、2019)など。主な作品=《2020/はねとくも》(CHAr、2020)、《KOCA》(@カマタ、2019)など。主な著書=『モクチンメソッド──都市を変える木賃アパート改修戦略』(学芸出版、2017)など。
http://studiochar.jp

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公開日:2023年03月23日