「これからの社会、これからの住まい 3」のはじめに

連勇太朗(建築家、CHAr)

LIXILビジネス情報サイトの「まちづくり」コーナーは、建築家・浅子佳英さんを中心に2017年から鼎談、対談、レポート、リサーチが継続的に発表される場として運営されてきた。当初は「パブリック・トイレのゆくえ」というテーマが掲げられていたが、2021年から「これからの社会、これからの住まい」というテーマで企画が組まれてきている。今年から浅子さんからバトンを受けとり、筆者がディレクションに加わり「これからの社会、これからの住まい 3」というかたちで次の1年が運営されていくことになった。

さて、「これからの社会、これからの住まい」というテーマを引き継ぎ、正直なところ頭を抱えている。「これから」ってなんだ……、「社会」ってなんだ……、「住まい」……うん、大事だよな……と考えていたら、気づけば元の地点に戻っている。言葉だけで抽象的に考えていると、とりとめがなさすぎて、ぐるぐる考えがまわり続けてしまうのだが、そのなかでも「これから」という言葉には何か特別な響きを感じるし、強く惹かれた。いま、変化の季節を生きている、そういう感覚を出発点にしていかに建築、まち、住まいに関わる新しい言葉を紡ぐことができるのだろうか。

建築だけでなく、あらゆる領域で社会的変化を求める動きが同時多発的に起きている。地球環境問題、世代間格差、貧困格差、政治的分断など、課題群を再生産し続けている持続可能でない社会システムに対する憤りがあり、変化が求められている。スウェーデンのグレタ・トゥンベリさんによる抗議運動、#MeToo、BLMを挙げるまでもなくさまざまなかたちでそれらの声は顕在化してきており、映画、音楽、文学の内側からも表現を変え、新しい価値観を予感させる動きが生まれている。最近のデザイン論では、積極的かつ能動的にデザインの力で何ができるのか議論されるようにもなってきた。マーケットメカニズムで駆動する近代的デザイナーのあり方ではなく、積極的に社会の変化や転換をデザインの力によって推進するための実践や教育プログラムが実験されている★1。ソーシャルチェンジやソーシャルイノベーションを叫ぶこれらの動きは、われわれが物事を見る認識枠組みの変容を根本から迫るものだ。建築や住まいに限らず、あらゆる領域でパラダイムの変化が起きている。とはいえ、コロナ禍で前景化したのは、表層的なキャンペーンやキャッチコピーの裏側で依然として変わらない社会の構造的性質であった。社会はそんな簡単に変わらないということが強く突きつけられた、そういう失望を感じた2年間でもあった。変化は求められているが、その実現は容易ではない。

私は「これからの社会」そして「これからの住まい」をつくっていくために必要な新たな価値観や認識枠組みの芽生えを、今現在行われている個々の実践や思考のなかから明確に感じとることができる。それはいまだ群として表出していないだけで、大事なのはそこから共通点を見出し、新しい動きを連鎖させていくことだと考えている。そしてメディアにはそうした新しい実践や言葉を紹介していく責務と役割がある。1年前のテキストで浅子さんが主張したように「差異を認めたうえで、どうやって再び連帯、共同することができるのか」、まさしくそれが問われているわけで、その問題意識は引き続き持っていきたい。さて、こうした前提に立ったとき、個々に提示・主張されるキーワードや取り組みを個々に独立したものとして扱い紹介するのではなく、その根っこにある作者/プレーヤーが有する共通の問題意識や認識枠組みを理解していくことが重要だと考えた。「これからの社会、これからの住まい 3」を、星同士を繋ぎ新しい星座を発見できるような、そういうメディアにできたら本望である。

とは言っても(完全に発信側の都合なのだが)本メディアは「特集形式」で複数の記事をまとめ発信していくことがウェブの構造上できない。各記事や鼎談は個々に掲載されるし、それをメタ的に解説し読者に道導を示す序文や解説を加えることもできない。編集側としていくら主題や狙いを仕込んでおいても、読者としてその隠れた関係性を想像することは難しいのではないかと想像する。そういうわけで、図のようなリストをつくってみた。住まいや建築を取り巻く概念を、従来の認識枠組みによるもの[A]と、今変容しシフトしつつある認識枠組みによるもの[B]に分け、対照的なキーワードを並べた。この[B]欄に掲載されている諸概念が本メディアのテーマが指し示す「これから」そのものだと思ってもらってよい。こうしたリストは物事をひどく単純化してしまう危険もあるが、一方で今訪れつつある認識の転換を多くの人と共有するには都合のよいツールになる★2。

A/Bリスト

筆者作成

根っこにある思いや価値観は一緒なのに、使っているキーワードが異なるために、その関係性が見えなくなってしまうということはよくある。今の言説空間は、異なるプレーヤーが異なるキーワードを使い、言葉が現れては消えていく状況が続いている。それではいけない。このリストはその背後にある概念同士を関係づけ、直感的に認識レベルのシフトを感じられるようにすることが目的である。これから1年、このウェブ媒体で掲載される個別の記事の関連を解釈していくための、読者にとって何らかの道標として機能することを期待している。また、さまざまな鼎談、対談、テキストのプロダクションを通して、このリストを積極的に更新していきたい。もし重要なキーワードで漏れているものがあれば読者の方からもぜひご指摘いただきたい。どのようにリストが更新されていくのか、これからの1年がとても楽しみである。




★1──カーネギーメロン大学で提唱されたTransition Designなどが具体的な例として挙げられる。Transition Designは、気候変動や格差問題など、地球規模の複雑な課題群の解決のために、根本的な価値観の移行(Transition)をデザインの力で実践し研究するための枠組みである。実験的に教育カリキュラムの一部として運用されている。
★2──こうしたリストの作成は、古くはVenturiほか(1972)が、モダニズムとポストモダニズムの違いを示すために、自らが設計した 《Guild House》と、ポール・ルドルフによって設計された《Crawford Manor》の違いを示す比較リストや、最近であれば Dunne & Rabyが従来のプロダクトデザインのあり方とスペキュラティブデザインの違いを示すためにつくったA/Bリストというものなど、根本的な価値観の変化を複数のキーワードを通して理解するために伝統的につくられてきた。

連勇太朗(むらじ・ゆうたろう)

1987年生まれ。明治大学専任講師、NPO法人CHAr(旧モクチン企画)代表理事、株式会社@カマタ取締役。主なプロジェクト=《モクチンレシピ》(CHAr、2012〜)、《梅森プラットフォーム》(@カマタ、2019)など。主な作品=《2020/はねとくも》(CHAr、2020)、《KOCA》(@カマタ、2019)など。主な著書=『モクチンメソッド──都市を変える木賃アパート改修戦略』(学芸出版、2017)など。
http://studiochar.jp

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公開日:2022年05月25日