循環する社会、変わる暮らし

“こんがらがった問題”のためのデザイン

水野大二郎(デザイン研究者、デザインリサーチャー)

はじめに

自然環境、人工環境、社会環境、情報環境がこんがらがっているのが、私たちが現在いる環境である。こんがらがった環境では、相互依存的で多種多様なステークホルダーが“こんがらがった問題”が発生する。旧来のこんがらがった問題は、Wicked Problem(厄介・意地悪な問題)として知られてきたが、これが今日に至るまでのあいだに進化したわけである。アントロポセンやマルチスピーシーズ・サステナビリティのみならず、Defuturing★1やThe Stack★2など、さまざまな識者によって多様な思想や世界観からこの問題が指摘されるようになって久しい。日本ではサーキュラー・エコノミーや脱炭素経営などに関連するこんがらがった問題、例えばエネルギー問題が衆目を集めているが、これらの問題の根本にあるのは何なのか。それは二酸化炭素排出量など、単に環境容量に対する人間活動量の非対称性が問題なのか。何をこの問題の根本として認識し、デザイナーや建築家はこれからの社会、住まいに対して何をしていけばよいのか。

サステナブル・ファッション

水野大二郎ほか
『サーキューラーデザイン
──持続可能な社会をつくる
製品・サービス・ビジネス』
(学芸出版社、2022)

「多元世界」からデザインを再定位する

2022年、私は『サーキュラーデザイン』や『サステナブル・ファッション』をはじめ、こんがらがった問題に関連する複数の書籍、論文、報告書などの出版、発表を行った。そのなかでも特にこんがらがった問題に対する自身の認識に影響を与えたのは、デザイン・建築を含むあらゆる近代の開発プロジェクトの臨界点を認識すること、すなわちデザイン行為の再定位と持続可能な世界観へのトランジションという観点であった。大阪大学の森田敦郎先生らとともに現在進行中である、開発人類学者アルトゥーロ・エスコバルによる著書『Designs for the Pluriverse: Radical Interdependence, Autonomy, and the Making of Worlds(多元世界のためのデザイン──ラディカルな相互依存性、自律、そして世界をつくること) 』(Duke University Press、2018)の翻訳作業を通して、私は今まさに、トランジションを経験している。

エスコバルによる「多元世界」への誘いの根幹にあるのは、持続不可能性からの存在論的転回である。過去何千年にも及ぶ家父長制文化の発展が、計画的自然破壊を正当化してきた西洋文明の、ひいては環境危機の根源のひとつであるとエスコバルは考える。物質を分離し有用な元素を抽出、発見するという破壊に基づく知は、人類の発展に重要な役割を果たした。だが破壊は近代化に伴い、「無限の進歩」の探索と「より良き世界」の約束といった、一神教的教義のようなものとしての「開発」へと変質していった。このような「開発」は、全生命の関係構造(ホラーキー)を尊重する生命観に基づき定義される互恵的世界(女家長制)よりも、ヒエラルキーに基づく二元論的な存在論の世界(家父長制)を推し進めていくことになった。つまり家父長制に基づく資本主義近代がつくる公共圏こそが、あらゆる形態の従属、支配関係の根源であるとエスコバルは考えたわけである。人間は全ての生命から距離をおくようになったが、人間であろうと非人間であろうと、全ての生命は関係性のマトリクスのなかで営まれることを再度認識し、デザインの前提条件とすべきだとエスコバルはいう。すなわち、全ての生命の相互依存性を尊重し共同体を育むような考え方に基づき、多様な場所や領域に根差した世界観を尊重するのが(グローバル・ノースの一元化した世界に対する)多元世界のためのデザインである。こんがらがった問題のために必要なデザインの再定位の必然性を、私はエスコバルの指摘を通して認識した。

サステナブル・ファッション

Arturo Escobar,
Designs for the Pluriverse:
Radical Interdependence,
Autonomy, and the Making of Worlds,

Duke University Press, 2018.

建築における持続可能なデザインへの取り組みの現状

こんがらがった問題に立ち向かうための認識を得たのはよいものの、具体的にどのようなデザインをしていけばよいのか、私は依然として悩んでいる。すでに人間中心性を離れたメッシュワークが織りなす世界観とは、人類学における理論的な枠組みのみならず、持続可能な循環型産業生態系構築としてさまざまな産業におけるデザイン戦略に影響を及ぼしている。この動向は建築においても顕著であり、例えばイギリスに本部をおく建築系エンジニアリング・コンサルティング企業Arupは サーキュラー・ビルディング・ツールキット などを、アメリカを中心にしたエンジニアリング・コンサルティング企業、HDRでは リジェネラティブデザイン・フレームワークに関する情報 を、すでに無償で公開している。また、脱炭素経営などに必須とされるエネルギーや二酸化炭素排出量測定ツールキットなども各種揃っており、例えばSBTi(サイエンス・ベースト・ターゲット・イニシアチブ)のような、脱炭素経営のための評価ワークシートなどの存在が環境省公式HPで紹介されていることは周知の通りである。自然、人工、社会、情報環境が織りなす「生態系」への理解と介入が促進され、具体的変革のためのデザインの検討が可能となるならば、これらのツールは有益であろう。だが、これらはそもそも存在論的転回を促進する類のものではない。 存在論的転回を促すような資料 もあるにはあるが、使いやすいものだとは言い難い。

これからの住まいや社会には関係性のマトリクス、すなわち互恵的、関係的な世界観に基づくデザインが要請されるとするならば、このようなこんがらがった関係性を経済合理性の名のもとに限定的に捉えてきた従来のデザイナーや建築家だけに担わせるには、あまりに複雑で重要すぎるのではないか。自然生態系と連動させつつ、再生/循環利用可能な部材や素材の開発、流通、アセンブリ、使用期間中のメンテやリペアなどの長寿命化サービス運用、ディスアセンブリや回収、再資源化などからなる産業生態系の構築と持続的運用を従来のデザイナーや建築家だけに押し付けるのは、もはや無責任だといえないだろうか。今やデザインは、ポリオニマスな透明性を実現するブロックチェーン技術や、GPT-3を用いた機械学習に基づくデータ、土壌や海洋における生分解を担う菌類や微生物などのデータなども用いつつ、どのようにこんがらがった時間・空間のなかで共生できるかが重要となっており、従来の職能を大きく拡張した新たなデザイナー、建築家像を素描することが重要になっているといえよう。

これからのデザイナー、建築家に求められるもの

私は、新たなデザイナー、建築家像は、LARP★3デザイナーに近づくと見ている。デザインのためのコミュニケーションが発生するのは人間ー人間のみならず、人間ー機械、人間ーAI、人間ー非人間(生物)など多様な「あいだ」に存在する。そして、これを全て計画、制御するのは困難である。ならば、包括的な生態系のためのデザインは投擲(とうてき)的、創発的なメタデザインの要素が必要となるのではないか。厳密な制御や計画がない状況的なLARPのように、メタ群像劇としてのオープンワールドゲームのようなデザインが求められるのではないか。終わることなきこんがらがった環境と向き合うための冗長性を担保するデザインのヒントがオープンワールドのドラマツルギーにあるのではないか。マルチモーダルなインタラクションを設計するゲームデザイナーから、われわれは多くを学ぶことができるのではないか。

このような仮説のもと、私は「デス・ストランディング 2」★4の公開を心待ちにしつつ、引き続きこんがらがった環境における、こんがらがった問題のためのデザインについて悩み続けている。




★1──デザイン思想家トニー・フライが提唱した概念。私たちから望ましい未来を奪う持続不能な状態、脱未来。
★2──デザイン理論家ベンジャミン・ブラットンが提唱した概念。惑星規模まで拡大したコンピュテーションにより、地球のあらゆる事象は規定される。
★3──Live Action Role Playing(ライブアクション・ロールプレイング)。ロールプレイングゲームの形態のひとつ。現実世界でのプレイヤーの身体的行動を大きく伴う。
★4──ゲームクリエイター小島秀夫がプロデュースしたビデオゲーム。



水野大二郎(みずの・だいじろう)

1979年生まれ。デザイン研究者、デザインリサーチャー。芸術博士(ファッションデザイン)。京都工芸繊維大学KYOTO Design Lab特任教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授。共著書=『サステナブル・ファッション──ありうるかもしれない未来』(2022)、『サーキューラー・デザイン──持続可能な社会をつくる製品・サービス・ビジネス』(2022)、『インクルーシブデザイン──社会の課題を解決する参加型デザイン』(いずれも学芸出版社、2014)、『フードデザイン──未来の食を探るデザインリサーチ』(BNN、2022)など。

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公開日:2023年02月22日