循環する社会、変わる暮らし
テクノロジーを活用し、市民のまちづくり参加を後押しする
三谷繭子(株式会社Groove Designs代表取締役)
このコラムの読者のなかで、自分のまちで行われている「まちづくり」に関わりを実際に持つことができている人はどれくらいいるだろうか? まちやまちづくりにまったく関心を持っていないから、という人はおそらくいないはずだ。一方で、「興味は持っているが、接点がなく参加の仕方がわからない」「日々の仕事などが忙しいので、会議などへの参加が難しい」という人は多いのではないだろうか。
「まちづくり」は誰の手によるものか?
筆者は10年来、いわゆる都市計画・まちづくりコンサルタントと呼ばれる立場で、さまざまな地域の現場に関わってきた。地域のまちづくりの議論をするうえで、例えば小さな公園の話ひとつとっても、少子高齢化による人口減少、それに伴う公共機能の縮退化、地域の持続性といった観点で、日本社会に対する危機感を持たざるをえない場面が多くある。だからこそ、これからのまちをつくっていくのは、行政でもなく、大きなことを成し遂げられるスターでもなく、私たち一人ひとりがまちと関わっていくアクションなのだという確信を得てきた。
そもそも「まちづくり」という言葉は、今でこそさまざまな意味合いで使われている(バズワード化しているともいえる)が、もともとは高度経済成長期に、公害や生活環境の変化など、厳しい都市問題が増え、住民自らが声を上げ、実践活動に動き出した際に生まれた言葉である。それがだんだんと行政も「まちづくり」を掲げ、施策そのものを推進する際に使う言葉としても使われるようになり、市民は、まちのことは行政がやってくれるものという感覚になっていった。気がつけば市民、特に若い世代は生活と地域活動が乖離し、まちのことを「自分ごと」と感じられなくなっているのが現状ではないだろうか。
前向きな発想で自らのまちをよくしたり、面白くしていく人々が多く生まれているとメディアは伝えている。そういった人たちを、担い手、プレーヤー、また、アーバニストと呼んだりする。ここでは、こういった人たちのことをあえて"担い手"と呼ぶ。
しかし少子高齢化や都市への人口集中・地方過疎化の進行が顕著な日本社会で、まちを維持し、また地域の人たちが望む姿であり続けるには、派手であったり、すごい活動でなくてもいい。自分たちができることでまちに参加していく、そんな人々を多く増やすことが重要だ。「まちづくり」はどうしたら市民の実感を伴ったものにできるだろうか?
そんな問いを持ちながら、Groove Designsではまちづくりへの参画が、自分たち自身の希望・ありたい姿を叶える術となっていくことを実感できる、そんな場面をひとつでも多くつくっていけるよう、リアルな地域まちづくりの伴走支援コンサルティング、そして、参加型まちづくりのためのコミュニティエンゲージメントプラットフォーム「my groove」を展開している。
デジタルで、地域に関わりたいと思っている人が、知る → 関わるのステップを踏める場をつくる
上記のような状況のなか、「まちづくり」を主体的に行っている行政、まちづくり団体等で常に出てくる共通課題は、まだ参加していない、潜在的な担い手の発掘だ。
地域の将来を担うはずの若年層・働き世代は、町内会・自治会等の既存地域コミュニティへの参加・関心意欲が低下しており、また、ライフスタイルの多様化・多忙化もあり、担い手確保が困難となりつつある。そのため、従来のフレームとは異なる形で地域における担い手を見出し、協力関係を築くことが必要となっている。
これを考えるうえでの参考として、当社が以前実施した「地域に関わりたいと思っているが、できていない若い世代」へのインタビュー結果(20〜30代男女を対象に実施)を紹介したい。
いわゆるまちづくりの主体(行政・まちづくり団体等)が新しく地域の人とつながりたい、地域の方々の声を聞きたいといった意欲を持ってコミュニケーションの機会をつくっても、リアルな参加ができない層もいる。そういった人々が参画の手段をつくろうとしているのが、デジタル技術を活用したコミュニティエンゲージメントプラットフォーム「my groove」だ。上の図表に示すような課題を解決し、動き出したいという気持ちを持っている人たちが、小さなアクションから関わりをもっていける場にしていく新たな手法の提案である。
2023年1月現在、8つの地域で「my groove」の実践活動を行なっている。デジタル技術を活用して市民の参加を促し、アクションする市民の増加につなげていくためには、単にツールを導入するだけでは不十分であり、その体験をどのように設計していくかが重要だ。本稿では、2つの事例を紹介する。
自分のまちへの思い・課題感をプラットフォームで伝え、まちづくりプランを共につくる──小山駅周辺まちづくりプラン策定プロジェクト特設サイト
栃木県の小山駅周辺地区は、中央自由通路や駅東新駅前広場等の整備により利便性の向上を図り、近年は再開発事業等によるまちなか居住を推進している。これらの取り組みにより一定の効果が得られている一方で、空き店舗や駐車場が目立ち、地区の賑わいが失われている状況となっている。
こうした課題に取組んでいくなかで現在策定を進めている、「小山駅周辺地区まちづくりプラン」は、地区の将来ビジョンを示し、民間と行政が共通のビジョンのもと、「自分事としてまちづくりに取り組むための指針とする」ことを目的としている。この根底には、これまでのまちづくりは、行政が主体となり事業ごとに計画して取り組んできたが、人口減少が進む縮小型社会において地区の現状を改善していくためには、まちに関わる市民や企業、団体等といった民間と行政が連携し、長期的な地区のビジョンを共有しながら、地区全体でまちづくりに取り組んでいくことが必要となってきているという小山市としての考えがある。
このため、プラン策定の過程では、多くの市民の意見を取り入れるため、アンケートや市民参加型のワークショップ等さまざまな取り組みを行ってきた。これに加え、物理的な制約などでこれまでのワークショップやアンケートでは意見を出せなかった方々からの意見も集めていき、プランへ反映していきたいという考えから「my groove」を用いて特設サイトを設置した。
本取り組みの特徴や成果は以下だ。
●18日間(2022/11/19〜/12/6)という短期間の意見募集でも、閲覧ページ数は1万を超え、意見投稿数が192件集まった。
●投稿された意見は具体性があり熱量の高いものが多く、歩きやすい・暮らしやすい小山駅周辺を実現していくうえで感じている課題や、具体的な提案などが見られた。また、プロジェクト参加に対しても80件以上の応答があり、単に応援したいというだけでなく実際に活動に参加したいという回答も見られた。
●特設サイトでは、駅周辺の9エリアそれぞれで検討中の将来ビジョンへの意見収集を行った。この際、1クリックで回答できるアンケートによりサイト訪問者の各エリアへの関心度も把握するなど、プラン検討を後押しするデータ把握・分析も行った。
●実際に投稿した人は、20〜40代が80%以上を占めていた。そのなかには、以前小山市に住んでいたが今はまちを離れており、たまたま駅で意見募集のチラシを見かけて投稿したという方もいた。
さまざまな主体がまちづくりのプロセスと思いを可視化するプラットフォーム──氷見市景観まちづくりサイトmy groove ひみ
富山県氷見市では、景観計画に基づき、今年度は景観形成重点地区指定に向けた取り組みを行なっている。まち並みの保全や誘導をするだけでなく、対象となる沿道で個性となる景観を活かして、人の活動が映える空間をつくりたいということや、景観の魅力を共有し、みんなで景観をつくり・まもる機運を高めることを目的としている。そのため、積極的に市民の声を取り入れ、また景観マネジメント活動にともに取り組む機運づくりを行いたいという考えだ。
氷見市が市民との協働手段として、連続ワークショップ、景観まちづくり実証実験を実施するなかで、景観まちづくりの特設サイト「my grooveひみ」では、リアルな場のプロセスや結果を可視化し、また、WSの問いをオンライン上でも展開するという、リアルとデジタルを融合させた取り組みを試みている。
本取り組みの特徴や成果は以下だ。
●ワークショップのフェーズページでは、ワークショップに実地参加できなかった方が、かなり具体的な意見を書き込んでくれるなど、熱量を持った参加者の意見の受け皿になった。
●「my groove」の特徴として、登録したユーザーが誰でも書き込み(記事発信・意見コメントとも)することができるという点があり、実証実験の主体となった市民チームや取り組みの連携主体が、組織や取り組みの垣根を超えてプラットフォーム上で発信を行なった。まちづくりに関わってくれた人の想い、行動を直に表現できる場になった。
デジタルからまちづくりに参加し、地域に関わる一歩を踏み出す
その他の地域でも、さまざまなテーマのまちづくりで「my groove」を活用いただいており、自治体やまちづくり団体とのパートナーシップで、取り組みプロセスについて検証を行っている。
まちづくりへの参加のハードルを下げ、新たな関わり方をきっかけに、自分の声や行動が届くという実感を持てる体験価値をつくる。熱量が直に伝わりやすいリアルな現場に加え、デジタルを使った場と体験の価値を丁寧につくっていくことで、小さな成功体験をつくっていく。それらを重ねていくと「自分でもなにか起こしていけるかも」と自分の暮らしの一歩外側のパブリックな世界に踏み出し、社会に対する参画が前向きになる循環をつくりだせるのではないだろうか。
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公開日:2023年01月25日