循環する社会、変わる暮らし
メタマテリアルによる設計事業の現在から未来
大嶋泰介(Nature Architects代表取締役CEO)
はじめに
「メタマテリアル」という言葉は聞き慣れない方も多いかもしれませんし、研究室の中の最先端技術といったイメージを持たれるかもしれません。しかし実際はすでにさまざまな製造業の領域に取り入れられ始めている次世代の重要となる設計技術です。
この記事では製造業一般において新規設計とはどのようなことなのかを述べ、そのあとにメタマテリアルとは何か、メタマテリアルを取り入れた設計の必要性について述べます。最後にメタマテリアルを取り入れた建築や新しい社会像の可能性について述べます。
製造業における新規設計
新しく製品や部材を設計する行為は「新規設計」と呼ばれています。一般に新規設計は、以下の図にあるようにどのような製品をつくるかという構想設計に始まり、具体的な仕様決定から設計を行う基本設計、量産を見据えたより詳細な設計へと続きます。しかし実際の新規設計は、従来製品の流用設計からの設計改善であることが多く、根本的に新しく競争力のある新たな製品が生み出されることは稀です。
新規設計の根源的な難しさ
その理由は、大企業は大量の類似製品の流用設計を効率的に行うために部署や業務が最適化されていることにあります。また、本質的に新しい設計は、沢山の未知の設計パラメータと機能要件、製造制約、コストといったさまざまな観点を、設計者が考え具体的な設計に落とし込む必要があります。これらの設計は、従来であればベテラン設計者の経験や勘に支えられてきました。しかし、現在のあらゆる製造業企業は、経験と勘だけでは対応できない根源的な新規設計が求められる状況に直面しています。
本質的な新規設計の必要性
例えば、自動運転や電動化に伴い、エンジンノイズではなくロードノイズが乗車時にノイズの主要因となる新しい課題が生まれています。このような低周波のロードノイズの低減は従来の遮音部材では難しく、新しい遮音部材の開発が求められています。この事例は一例であり、あらゆる製造業企業はサプライチェーンの安定化、SDGs強化、労働力不足などを解決するための根本的に新しい設計が必要となる状況に直面しています。
Nature Architectsは何をしているのか?
私が代表を務めるNature Architects株式会社は、モビリティ領域のメーカー/サプライヤーを中心としてあらゆる製造業の領域の新規設計を支援しています。その中でもわれわれは名ばかりの新規事業部門の企画設計ではなく、2〜5年のスパンで大企業の次の主力製品や主力事業を担う新規設計を支援しています。こうした設計は前述した通り、形状・機能・製造・コストなどさまざまな設計要件が複雑に絡み合った難しい問題となります。このような困難な問題を、筋の良い構想設計/基本設計案をする独自の設計アルゴリズムDFM(Direct Functional Modeling)を駆使して早く沢山提案し、量産まで並走支援するのがわれわれNature Architectsの提供価値です。
メタマテリアルとは何か?
またわれわれNature Architectsは、メタマテリアルと呼ばれる技術/考え方のエッセンスを取り入れた設計支援を行っています。なぜなら根本的に競争力を持つ新規設計には、メタマテリアル的考え方が重要だと考えているからです(その理由についてはこの文章の後半に述べます)。
最も広い定義でのメタマテリアルとは、特定の材料に人工的な幾何形状を設計するなどして幾何構造や材料配置を適切に設計することで、目的の“マクロな物性”がコントロールされたモノであり、その結果従来の物質の機能を凌駕するモノを指します。つまりすごく大雑把に言えば、カタチの設計で新しい機能が生み出されたモノはメタマテリアルと考えることができます。
動画のAuxetic構造は、力学的メタマテリアル(Mechanical Metamaterials)のひとつです。このメタマテリアルは、ゴムやエラストマーなどの一般的な柔軟な材料に穴をあけたシンプルな幾何構造ですが、特異な変形を生み出します。一般的な柔軟材料は体積を保存するため圧縮方向と垂直な方向に膨らみます。一方で動画のメタマテリアルは、圧縮方向に垂直な方向は膨らまずに縮み、全体として体積が拡大縮小する、通常ではありえない変形が生まれています。こうした構造は負のポアソン比を持つメタマテリアル(Auxetic)と呼ばれています。
日常にあるメタマテリアル
メタマテリアルは最先端の技術というだけではなく、すでに日常で見つけることのできるものでもあります。例えば、小学校や中学校の音楽室の壁には大量の穴が空いていたと思います。これは音(空気振動)を共鳴/共振を利用して吸収するための、音響メタマテリアルとも呼ばれる技術を利用した吸音壁です。これ以外にも、少し拡大解釈ではあるもののバネは金属をコイル状に加工することによって狙った弾性がえられる構造であることから、広義のメタマテリアルと捉えることもできるでしょう★1。このようにわれわれの日常の中には、すでにメタマテリアル的設計は普及していると言えます。
DFM(Direct Functional Modeling)とは何か?
近年のメタマテリアルの研究では、形状とそれによって生まれる機能の関係を明らかにし、これまでの材料や部材では実現できなかった機能を生み出す試みが行われてきました。これらの研究では、3Dプリンタでしか造形ができない複雑な3D構造が多く、産業応用が難しいものも少なくありません。一方で、射出成形などの量産で用いられる製造手法で造形可能な構造でも、メタマテリアルの機能は生み出すことが可能です。メタマテリアルを今の製造業に適応するためにはこのような製造性を必ず考慮する必要があります。
弊社の独自設計技術DFMは、メタマテリアルのエッセンスを活用して機能を直接設計するための設計 概念、設計アルゴリズム群の総称です。Nature ArchitectsではDFMを活用して、形状・機能・製造・コストを包括して考慮しながら、狙った機能を生み出す設計を行っています。これにより現代の製造業の設計プロセスの中に現実的な時間軸でメタマテリアルを設計し組み込むことができています。
設計/製造を複雑にすることなく価値を生み出す
メタマテリアルは一般的な材料に穴をあける、波形状を設計するなどカタチの構造設計で、従来部材では不可能であった機能や付加価値を生み出すことができます。例えば、先程のyoutube動画の例では、ゴムシートに穴をあけるだけで自然界にはほとんど存在しない変形を生み出し、衝撃吸収性、変形追従性を大幅に向上させる機能を生み出すことができます。
この例以外にも、ゲームのコントローラースティックの組み立てを削減しつつ耐久性を向上させる設計や、振動を増幅させて伝え安価なアクチュエーターに置き換える筐体設計などさまざまな事例が存在しますが、これらのすべてが、組み立てを増やすことなく設計によって付加価値を向上させた事例です。言い換えれば設計製造の複雑さをあまり増やすことなく、付加価値を増やす設計をメタマテリアルのエッセンスを加えた設計で実現することができるのです。
大雑把な一般論として、製品の機能や付加価値が上がれば設計や製造が複雑になるという相関関係があります。メタマテリアルのエッセンスを取り入れた設計は、この相関関係のトレードオフを押し上げることで、設計製造の複雑さやコストを大幅に上げることなく、場合によってはコスト削減を伴いながら付加価値を生み出す設計を実現します。このことが新規設計にメタマテリアルのエッセンスを取り入れた設計が重要である大きな理由です。
建築における新規設計
ここまでは設計一般の話をしてきました。ここからは、建築設計においてこれまでの議論がどのように適応できるかについて述べます。建築ではすべての設計が一点ものであり新規設計です。しかしそこで用いられる部材は大量生産品であることがほとんどであり、既存の部材を組み合わせて目的の建築を実現することが大前提です。例えば、自由な曲面形状の建築を実現するためには、最小の種類のパネルで既製品を組み合わせて目的の曲面を実現できないか? という幾何学的・組み合わせ的な問題を、製造性/施工性/コスト/機能性を考慮して解くことになります。しかし、従来部材を複雑に組み合わせる設計だけでは、根本的に新しい建築の意匠や機能は頭打ちになってしまうと私は考えています。現在のBIMを代表とする建築のための情報システムも、複雑さにどのように対処するかというものであり、新しい設計には本質的には貢献しないものであると考えています。
一方で、複雑になり続ける建築設計とは異なる方向性の発展をメタマテリアルで考えることができます。そこでの問いは「部材を新しく設計することで、製造/施工を複雑にすることなく付加価値を生み出せないか?」というものです。実際にNature Architectsでも大手町ビルの中にあるコワーキングスペースにて、一般的な曲げ加工では曲げられない部材CLTを曲面状に曲がるようにスリット加工し曲面的な内装を生み出しました。
国外では、こうした技術を活用し、音響特性の良いホールの設計などの事例が新たに生まれています。別の事例では、鉄鋼会社が提供する遮音部材で従来は不透明であった高速道路の遮音壁を、音響メタマテリアルの原理を利用して透明化を実現しています。これらは、部材から建築や土木の在り方を革新した事例となっています。
メタマテリアルが実現する社会像
メタマテリアルの根源的な面白さのひとつは、従来の分業化された設計では実用的な設計が不可能である点にあります。製造業の中でメタマテリアルを運用するためには、設計/解析/製造部門が分業化されている現代のものづくりではなく、設計/解析/製造を同時に考えた先にある新しい形態を生み出す必要があります。この問題意識は、建築においてはコンピューテーショナルデザイン、フォームファインディングなどと呼ばれる学問領域でも長い間議論されてきました。しかし、そこに抜け落ちがちな視点のひとつが部材の革新です。部材を新しく生み出すことで建築を再解釈し、設計/解析/製造をコンピューテーショナルデザインを介して統合的に設計することで、本質的に新しい建築の意匠や機能は実現されると私は考えています。先程紹介したCLTおよび透明な吸音部材の事例も、部材を新しく開発することによって新しい建築や土木の在り方が生まれた事例です。
長い歴史を振り返ると、ガラスの発見・発展などの新材料が生まれるとそれに伴い新しい製品が生まれ、人間のライフスタイルが変化し、新しく市場が創出されます。メタマテリアルも当然例外ではなく、新しいライフスタイルや市場を創出するポテンシャルを持っています。したがって、われわれは実務の設計でも設計の先にどのような人々の新しいライフスタイルや市場創出がありえるかを考えながら業務を行っています。具体的には、
(A)遮音壁が透明になって初めて実現する建築/土木の在り方とは? (B)壁からシームレスに音源を設置できる空間が可能になった先にある音響空間とは? (C)ゴムを使うことなくプラスチックで同様の柔軟性を生み出す材料代替の先にある部材やプロダクト群は何か? etc.
このような問いを発展的に捉え、リアリティのある設計に落とし込む行為がメタマテリアル設計です。こうした問いは上に挙げた(A)〜(C)の3つ以外にも無数に存在します。私はこうした設計の実例を生み出すことで、新しい社会現象や市場が立ち上がると確信しています。
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公開日:2022年10月20日