循環する社会、変わる暮らし
ファッションデザインにおける脱成長批判試論──ありうべき惑星規模のエコロジカル・アライアンス
佐野虎太郎+川崎和也(Synflux)
ファッション産業が抱える環境問題
ファッションの未来にとって、今もっとも重要なのは環境の持続可能性の問題である。世界的に人口増加が続くなかで、人間の数が増えれば当然衣服の生産量もそれだけ増えることになる。そして、グローバル化のなかで強力に成長した大量生産体制やファスト・ファッションの潮流もまた消費をさらに加速させ、環境負荷の拡大に拍車をかけている。
環境省の統計★1によれば、衣服の原材料を調達する段階までに総量約90,000ktのCO2が排出され、また生産時に排出される布の端材は45,000tに上る。さらに、服1枚の生産に必要な水の量は約2,300Lに相当するとされている。この数字を見ても、わたしたちが日常的に着ている衣服には、有限な地球環境資源が過剰に使われていることがわかる。
しかしながら、一個人として、こうした衣服をめぐる環境問題を一気に解決しようとするのは難しい。素材から製造、流通、利用、廃棄にいたるまで問題は複雑にもつれ合い、技術、社会、経済、文化といった複雑な要因と関連し合っている。持続可能なファッションへの移行を成し遂げるためには、製品を際限なく作り、買い、捨てる、これまでの消費社会に対する考え方を劇的に変革し、デザインの存在意義を問い直す必要がある★2。
デザインにおける脱成長論の可能性と限界
脱成長。経済系のメディア等で見聞きしたことのある読者もいるかもしれないが、近年、消費社会や経済成長を第一に開発を続ける方向性に代わる思想として注目を集めている概念だ。フランスの経済哲学者セルジュ・ラトゥーシュ★3によれば、脱成長とは資本主義による人間活動を抑え、生産・消費を地域社会において循環させることだとしている。デザイン領域においても、人類学者のアルトゥーロ・エスコバルらによって、西洋中心の開発パラダイムを克服するため、脱成長との関係性においてトランジション・デザインが提唱され★4、グローバル化の波から逃れて土着的な生活文化への回帰を目指すデザインの方向性が示されている。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change)の第6次成果報告書では、その3,000ページ近い報告書内に脱成長を意味する「degrowth」という単語が28回も使用されている★5。そこで私たちに対して推奨されているのは、環境危機を遠ざけるための、それほど経済成長を望まず、簡素な生活と節度ある豊かさを望む「不自由な消費者」としての態度である。
以上のように展開される脱成長論を概観して、正直、筆者は違和感を抱かざるをえなかった。たしかに、一部の穏健派が強調するように、脱成長論は経済成長を必ずしも全否定するものではない。そして、「際限のない生産と消費」を批判することには意義がある。しかし、その代わりに提示されるビジョンはいささか退行した未来像であるように思えてならない。これまでと同じように、あるいはこれまで以上に豊かな生活を維持するための、データに基づいたエビデンスや現実的な政策立案もまだ十分ではないように見えるし、コモンズやローカリティへの回帰も反進歩的なイデオロギー色が強くなりすぎてしまえば、魅力的なオルタナティブたりえないだろう。
惑星規模のエコロジカル・アライアンス
それでは、脱成長ではない方法で行きすぎた消費と生産を問い直し、大量生産・大量消費を転換するような可能性はどのようなものがあるだろうか。そのなかのひとつに、言語学者のノーム・チョムスキーと経済学者のロバート・ポーリンらが提唱する「グリーンニューディール」★6がある。そこで提唱されるのは、気候危機を阻むのに必要なのは「グリーン経済への投資と成長」だというシンプルな主張だ。
彼らの著書では、世界の脱炭素化に必要な総投資額は米欧GDPの2%であるという事実が多くの統計調査から明らかにされている。ここでは、環境問題への解決のためには、自然エネルギーや地球温暖化対策の研究開発に対してむしろ積極的に投資を行い新たな雇用や経済成長を生み出すことが重要だとして、脱成長は完全に喝破される。
また、サーキュラーエコノミーを前提としたデザイン活動やビジネスの成長も注目するべき事象だろう。それを象徴するように、2019年にフランスで開催されたG7サミットでは、欧米を中心とするファッションやテキスタイル企業71社による「ファッション協定」が採択された。気候変動や生物多様性、海洋保護の3分野で共通の目的に向かって対策を推進することを、加盟企業が誓約したのだ。近年では、こうした循環型ビジネスのネットワークが国際的に拡張しつつある。
そのなかで存在感を増しているのは、循環型デザイン・スタートアップである。生命工学やデジタルテクノロジーといった技術革新を前提として、環境負荷低減のための解決策を提案するその存在は、ファッションにおいてグリーン経済を推進する際の原動力となりつつある。
たとえば、アメリカを拠点に2013年から活動するMycoWorks★7は、再生可能性や生分解性の高いキノコの菌糸体から代替レザーをつくるバイオ技術「Fine Mycelium」を開発している。約67億円の資金調達を経て、エルメスとの社会実装も達成したりと、躍進が期待されているスタートアップのひとつである。ほかにも、日本のSpiber★8やアメリカのBolt Threads★9など、バイオ技術を前提にしたスタートアップが、素材という領域から複数のアパレル企業を媒介し、サステナビリティに向けた連携を強化しはじめているのである。
筆者が経営するSynfluxもまた、デジタル技術を活用する循環型デザイン・スタートアップの文脈に位置している★10。私たちが開発する「Algorithmic Couture」は、ファッションロス・ゼロのためのデザインシステムである。衣服のデザインは身体にフィットするために複雑な曲線を用いた型紙によって成立するが、パターンカッティングの工程で使用されるテキスタイルの約3割もが廃棄されるという問題がある。Algorithmic Coutureは、建築設計などで発展した複雑な形状を計算機を用いて生成するコンピュテーショナル・デザインの方法論を応用することで、無駄を限りなく削減したデザインを自動生成する。このシステムやアルゴリズムをできるだけ多くの衣服に埋め込むことができれば、衣類の消費をやみくもに制限せずとも、最適化された生産を維持できる。
おわりに
ここまで、脱成長イデオロギーとは異なる可能性を、サーキュラーエコノミーやグリーン経済において拡大し始めているビジネスやデザイン実践の潮流から見出そうと試みてきた。その意味で、本稿は脱成長批判の立場をとっている。しかしそれは、必ずしも既存の消費社会や従来のファッションにおける生産体制を肯定することを意味しない。市場経済の内側からその大量生産構造を破壊するかたちで、新しいエコロジカルなデザインの方法論を打ち立てることを目指せないだろうか。それがもし可能だとすれば、それはプラグマティックかつ魅力的で、未来志向的なオルタナティブでなければならないのであろう。私たちはその可能性を、環境危機へ挑戦しようと創造性を連鎖させ、協業の輪をつなぎ、デザインやテクノロジーの愉しさを介して連帯しようとする実践者たちのネットワーク──惑星規模のエコロジカル・アライアンスに託したいと思う。
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公開日:2022年09月22日