社会と住まいを考える(国内)20

互いに伝播し、また呼応していく

神子澤知弓(グラフィックデザイナー)

赤子と不安を抱いて金沢へ

金沢の美大を卒業して東京で10年近く働いたのち、また金沢に戻ってきたのは今から約4年半前の2017年の夏のことだ。当時は建築設計をしている夫とデザイナーである私がそれぞれ独立して間もない頃で、またその半年前に長女が生まれたことをきっかけに、東京で働き続けることの意味を改めて考えた末の移住だった。移住を決めたのは子育てしながら仕事をするうえで富山県にいる両親を頼りたかったこと。そして夫が学生時代に趣味で調査していた「路上観察」を何らかの形にしたいという思いがあったからである。その背景には2015年の北陸新幹線開通がきっかけとなり、急速に変移していくこの金沢で、淘汰されてしまうかもしれない小さな風景たちを形に残したいという思いがあったからで、赤子を抱えながら、知り合いがほぼいないこの金沢で生活していくのには強い不安があったことを今でも覚えている。

「金沢民景」という名刺

久しぶりに戻ってきた金沢では観光客向けの商店やホテルが沢山作られていて、時間の経過を強く感じた。私の「アタマの中の金沢」は現実からすでに10年もズレていたことに、当たり前ながら驚く。

さて先述した「路上観察」について、改めて有志を集め、金沢の住人が作り出した風景を収集して手作りのミニ本としてまとめることになった。

金沢民景

筆者撮影

その本を「金沢民景(かなざわみんけい)」と名付け、「たぬき」や「バーティカル屋根」など、テーマ毎に1冊16ページの構成でシリーズ化していった。目指すは「親しみやすさ」。子どもが読む事典のようなイメージでタイトルロゴを作り、目に留まりやすいようなカラフルなイラストを表紙にした。「初めまして。これお近づきの印に」と無料でばら撒きたい気持ちを抑えて値段は1冊100円。SNS活動をはじめ、個人書店に直接売り込んだり、助成金を使って発表会を行ったりと地道に活動の輪を広げていった。そうして新しい号が出るごとに少しずつ「金沢民景」が知られていき、また、活動に興味を持って一緒に制作する仲間も増えていった。そこには徐々に金沢という街に入り込んでいく感覚があり、名刺代わりになっていた「金沢民景」のお陰で多くの人に早い速度で知り合えたように思える。そしてこれがきっかけとなって、新しい仕事や取り組みが生まれていった。

「金沢民景」の発表会

金沢町屋で行われた「金沢民景」の発表会
撮影=頼安ブルノ礼市

等身大のSDGs

時は流れて2021年7月。秋に開催予定のSDGsイベントのビジュアルを担当して欲しいとの依頼。主催者である「乙女の金沢」の岩本歩弓さんも、「金沢民景」がきっかけで知り合った人だ。

イベントを開催するうえで気に掛けたいのは「勉強をさせられる」というような、背筋を正す固いイメージは避けたいということ。あのよく目にする24色色鉛筆のようなグラフィックはやめて、いつもの楽しいイベントというイメージでいきたい。その中で、SDGsを考えるきっかけを作れたら。そこで岩本さんがSDGsの頭文字をとってあいうえお作文を考案。それをイベントのタイトルにしてSDGsに対するハードルを下げ、メインビジュアルにしよう、ということになった。タイトルはずばり「S…市役所の D…第二本庁舎で G…ゴミのことなど考えるマーケット s…してみます」。会場に設置するのぼり旗もそれに合わせて「O…おでん」「H…はな」「F…ふるほん」とあいうえお作文風に。色も、流行色のスキンカラーを基調としたナチュラルな色味を組み合わせて作成した。

SDGs
SDGs

撮影=湯浅啓

直接打ち合わせをすることはないけれど、個々のお店のSDGsへの取り組みなどのテキストをデザインに落とし込んでいく作業をすると、そのお店と一緒にイベントを作り上げていっているような気持ちになった。今まではお客様の立場で、提供される食事やサービスのことしか知らなかったが、一緒にイベントを作り上げる一員として同じ目線に立ったような、店のカウンターの内側に入ったような。この時初めて、私は金沢という街に住み、この街を作っている一人だと強く感じた。東京には10年近くも住んでいたのに、「今住んでいる街」と「自分」は常に切り離されていた。その時は意識できなかった「この街に住んでいる」という感覚は、新鮮で、楽しかった。

思えば、「金沢民景」が面白いと思えたのは、その目線が金沢の外にいる人間の目線だったから。いわゆるよそ者が街のコアな部分を取り上げた本を作るなんて、少し烏滸がましい気もするが、旅行者の目線で見ることができたからこそ、地元の人には当たり前になっている風景が新鮮に映ったように思う。「金沢民景」を制作し始めた時にあった外側からの目線。それが今回、このイベントを通して内側からの目線に少しだけシフトしていったように感じた。

SDGs

撮影=湯浅啓

SDGs

縫製作家の任田菜津子さん(mogo主宰)の手によってエコバッグに生まれ変わったのぼり旗
撮影=任田菜津子

イベントでは、少しでも環境に配慮できるように、さまざまな面からアプローチしていった。

まず、すでに習慣化していることだが来場者にはマイバック持参をお願いした。また一部店舗では持参した容器・タンブラーに対応するという取組みをとった。パンフレットは環境に配慮した印刷を行っている大川印刷さんにお願いし、用紙も国産竹100%紙を使用した。イベント内に設置された、各々でSDGsを考える「わたしのSDGs」のコーナーで使われた紙は端紙を用いた。敷地内に入る際に必要な感染対策のステッカーは、今回は新しくは作らず、別のイベントで出た余りを活用した。のぼり旗はこのイベントで使用した後に、いくつかのエコバックに生まれ変わり、後日別のイベントで販売された。ずっと使ってもらえるように、ロゴ作りは丁寧に行った。会場内では物販や飲食販売の他にも、金継ぎや傘の修理を行っているブースなどもあり、生活そのものを見つめ直すきっかけを与えてくれる。

金沢民景

撮影=湯浅啓

イベント当日は、お天気にも恵まれ大盛況。コロナ禍のイベントということもあり、フードはテイクアウトのみにも関わらず用意されていた物のほとんどは午前中になくなった。

お互いに伝播していく

城下町の金沢には大きな災害がないお陰で古い街並みや町屋が中心部に多く存在し、尊ばれている。普段見慣れている街のこういった風景も、保存し続け、また活用するためにさまざまな条例があるという。このような取り組みもサスティナブルという意味ではSDGsであることに気が付く。

「金沢民景」を通して取材したなかにも、石臼を2次利用して別の用途にしていたり、外部に晒されている室外機などに手作りで専用の屋根を作ったりと、ものを大切に使い続ける風潮が見られて面白い。

SDGs

左:店先で傘立てとして活躍する石臼
筆者撮影
右:室外機を覆う木製の屋根と壁面
撮影=頼安ブルノ礼市

SDGsの取り組みを、と言われると自身の生活を見直したり、改めて何か行動しなければいけない気持ちになるが、先人たちをみているとすでに自然に行っていることも沢山ある。あいうえお作文風にいうと「S…す D…でに G…がんこ(石川の方言で“ものすごく”) s…しとらっせる」。そこに共通しているのはその物に対する愛着があるということだ。ありのままの住人の紹介を続け、発信し続けていくのもある意味SDGsかも。

急速に変化を遂げるこの現代に、定着しはじめているSDGsの取り組みが、消えてしまうかもしれない風景に対してそうならないように働きかければいいなと願ってやまない。少しでも。

「金沢民景」で取材した住人がいいと思って作り上げていったもの。それが私たちに伝播していったように、また私たちがいいと思ったものが周りに伝播していく。そのお互いに呼応しあっている感覚が、地方ならではで、心地が良い。時を経過して得た「この街に住んでいる」という実感が、当初あった不安を、長女の成長と反比例して小さくしていった。

神子澤知弓(みこざわ・ともみ)

グラフィックデザイナー。富山県生まれ、金沢美術工芸大学視覚デザイン科卒。2015年神子澤知弓デザイン事務所設立。2019年〜金沢美術工芸大学非常勤講師。企業や店舗のVI・CI開発、サイン計画、広報物のビジュアルデザインやブックデザインなどを手がける。

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公開日:2022年03月23日