社会と住まいを考える(国内)18

新しい地域生活圏をめざして──「まちえき」と「モビリティハブ」

吉本憲生(株式会社日建設計総合研究所主任研究員)

生活圏の時代に向けて

言わずもがなではあるが、2020年初頭から世界的に流行している新型コロナウイルス感染症は人々の生活の在り方に大きな影響を及ぼし、ライフ・ワーク・スタイルの見直しが目下図られている。ワークスタイルの変化については、東京都の調査によると、都内企業のコロナ禍以前のリモートワーク実施率は24%程度であったが、2020年の第1回緊急事態宣言以降、50〜60%程度の割合で推移し、その傾向は今も継続している★1。また、就労環境だけではなく、就学環境に関しても、日本における遠隔授業の実施率は50%程度との調査結果が得られている★2。

このようなワークスタイル、就学スタイルの変化は、人々の「生活圏」の在り方を大きく変えることになる。例えば、筆者はコロナ禍以降、リモートワーク中心のワークスタイルへと転換したが、昨年(2021年)7月〜11月頃の移動実態をみると、自宅から500m圏(徒歩圏)および自宅から3km圏(生活圏)を起点とする移動が全体の約5割程度を占めていることがわかる★3。また、大阪府茨木市郊外を対象とした加藤遼らによる研究においても、緊急事態宣言下の2020年4月では2019年4月時点に比べて、人々の日常的な移動範囲が狭まったことが示されている★4。コロナが収束した場合に、この傾向が継続するかは未知ではあるものの、生活における大半の移動が自宅周辺で行われている状況下では、生活圏における人々のアクティビティ、提供されるサービス、および空間の在り方に関する考え方に対し、大きな転換を迫ることになる。

著者の移動データからみる移動パターンの可視化

著者の移動データからみる移動パターンの可視化
筆者作成


著者の移動データからみる移動の起点(発生箇所)の割合

著者の移動データからみる移動の起点(発生箇所)の割合
筆者作成


「生活圏」ベースのまちづくりの展開

生活圏の重要性が高まるに伴い、まちづくりの潮流にも変化がみられている。例えば、パリ市長のアンナ・イダルゴが、2020年初頭の市長選挙キャンペーン時において提示した「15分都市構想」は、徒歩ないし自転車移動を中心とした「生活圏」のビジョンを示したものだ★5。この構想では、自宅から15分以内で、店舗、職場、学校、文化施設、病院などあらゆる生活サービスにアクセスできる生活環境を形成することが目指される。これまでもパリでは、歩行者専用空間の拡充など歩行者中心の都市空間再編を進めてきたが★6、「15分都市構想」は、その対象を生活空間に適用している点に特徴があり、コロナ禍における行動制約の機運と重なり、大きな注目を集めている。この15分都市構想で示されるように、生活圏を充実させていくことは、多様なサービスへのアクセスの機会を担保することを意味するが、そのためには、多様な機能をいかに配置していくかに加え(土地利用のデザイン)、それらの機能へのアクセシビリティをいかに確保していくか(モビリティのデザイン)が、重要な論点となる。

このような移動と土地利用の関係について議論した都市論として、MOD(Mobility Oriented Development)の考えがある。MODは、Piotr Marek Smolnickiが提唱するアイデアであり、Smolnickiは都心への過度な人口集中を緩和させることを目的とし、自動車による道路利用料金にダイナミックプライシングを適用することで、混雑する方向(例えば、朝方における郊外から都市への移動)とは逆方向に移動する際にインセンティブを与える仕組みを提案している★7。結果として、就業地選択・居住地選択の行動変容により、都心における就労地の密度低下および住宅地の密度向上を誘導し、都心の土地利用の多様化につながるというアイデアが示されている。ここで重要なことは、都心が担っていた機能の一部を、郊外の生活圏が担う可能性が示されている点である。つまり、都心/郊外は、互いに一部の機能を代替しうる交換可能な場所となることが目指されている。このことは、移動目的地として、都心と郊外が競合関係になることを意味する。

15分都市のコンセプト

15分都市のコンセプト
引用出典=ParisEnCommun(https://twitter.com/ParisEnCommun/status/1219580413540290560?s=20


移動の動機の変化と「まちえき」の構想

さて、移動目的地として、都心と郊外生活圏が競合関係となるとき、人々はどのような基準で、活動場所・目的地を選択するようになるのだろうか。例えば、交通工学における行動理論では、経済学における効用最大化理論を援用し、移動手段や目的地選択の要因を説明するための数理モデルが構築されてきた★8。その際、「効用」という行動主体の欲望・目標を満たす満足度の度合いを説明するための関数(数式)が設定され、目的地選択においては、施設立地、土地利用、交通ネットワークの接続状況などがその説明変数として想定されてきた。しかし、もし上述したように、機能的な代替性が都心と生活圏の間に生まれた場合、土地利用や施設数などは効用を説明する際の指標としての優位性を失うことになる。その際、施設の数・土地利用(機能)に代わって、活動の質が重要になるのではないかと考えられる。

例えば、建築家の原広司は、人々の行動を誘起する因子のことを「アトラクター」と呼び、記号性をもつランドマークであると定義した★9。原は自らが設計した京都駅(1997)を「都市のアトラクター」として表現したが、京都駅では大規模な空間の中に、広場やステージ、大階段など、さまざまな空間要素が散りばめられている。そこでは、空間形態の記号性をもとに、人の活動が誘発されていると理解できる。

多様な場が存在する京都駅のアトリウム空間

多様な場が存在する京都駅のアトリウム空間
筆者撮影


このように、これからの生活圏のあり方を考えていくうえでは、人々の活動場所としての魅力をいかに創出していくかが重要になるかと思われる。そして、そのことは、活動の「動機づけ」の新しいデザイン手法を要請する。このような、移動・活動の新しい動機を創出していくためのまちづくりの考えについて、筆者はこれまでに「まちえき」や「モビリティハブ」という発想をもとに検討を行ってきた★10。

「まちえき」とは、「移動を喚起する魅力と駅のような交通結節機能が複合化された地域拠点」のことを指し、このような拠点像を成立させるためには、(1)移動や活動の動機となる個々のスポットの魅力・ポテンシャルを顕在化させること、(2)個々のスポットまでのモビリティ(移動性)を高めること、の2点が必要ではないかと考えている。生活圏での活動を増やし、持続させていくためには、都心などのエリアに遜色のないスポット・サービスの満足度、あるいはそれらのエリアとは異なる体験の質が提供される必要があるのと同時に、スポット・サービスへアクセスしやすい環境が求められるからだ。特に、地域生活圏における移動手段はこれまで、自動車や自転車など、個々の住民が所有するプライベートなものに委ねられる傾向にあった。しかし、今後は、コミュニティバス、デマンド交通(個々の需要に応じた移動サービス)、シェアリングモビリティなど、地域で共有・共同利用される移動手段を充実させていく必要があるだろう。

このような、地域のスポットの充実化とモビリティの充実化を一体的に進めていくことが、地域全体のブランディングにつながり、地域としての総合的な魅力度を高めていくのではないかと考えている。また、その際には、地域の住民主体で拠点運営や検討を行っていくエリアマネジメントの視点も重要になるに違いない。

「まちえき」の概念図

「まちえき」の概念図
筆者作成


モビリティハブを試し、まちに埋め込む

上記の「まちえき」の発想を実現するための具体的な空間装置が、「モビリティハブ」である。モビリティハブとは、鉄道やバス等の基幹的な公共交通の乗降場周辺や移動が不便な地域において、シェアリング型の移動サービス(カーシェア、自転車シェア、電動キックボード等)の利用拠点を集約する試みであり、欧州から始まり世界的に多様な取組・検証が行われている★11。

著者が所属する日建設計総合研究所においても「モビリティハブ」に関する検討を展開している★12。そのなかでも、都心近郊の住宅地(横浜・黄金町)および都心商業地域周縁部(渋谷)を対象に実施した2つの実証実験を紹介したい。ここでポイントとなるのは、一般的な「モビリティハブ」の考えとは少し異なり、「多様な交通モードの結節」に焦点を合わせるというよりも、「まちとまち、スポットとスポットの結節」に重きを置いて取り組みを行っていることである。上述した「まちえき」の発想と連動し、筆者らの取組は、「モビリティハブ」という装置を活用し、地域における多様で魅力的なスポットへの人の移動を増やし、地域の活動を活性化させることを狙いとしている。

ひとつめの取り組みとして、横浜・黄金町では2019年10月26日〜11月7日の期間に、日産自動車による実証実験として、鉄道高架下空間に「日産モビリティハブ」を仮設的に設置した★13。高架下を木質の空間として設えるとともに、文字看板等を設置することで地域拠点としてのランドマーク性を担保しながら、移動サービス用の車両が乗り入れ可能な空間デザインとした。実験内容としては、サブスクリプション型の利用料金と自動運転によるデマンド交通サービスの導入を想定し、ハブ周辺の約2kmの範囲にある37カ所のスポットで自由に乗降できる移動サービスの提供と、ハブにおける地域情報の発信を行った。実験の結果、横浜における主要な観光地だけではなく、周辺部にある商店街や公園など、これまで当該地からの移動があまり見られない地域への移動を誘発することができた。また、仮設空間の設置時においては、モビリティハブの実験以外にも地域のイベント(マルシェ)会場としても活用され、地域拠点としての活用可能性の一端を垣間見ることができた。

黄金町における日産モビリティハブ

黄金町における日産モビリティハブ
筆者撮影


日産モビリティハブのマルシェ活用時の風景

日産モビリティハブのマルシェ活用時の風景
筆者撮影


日産モビリティハブ検討時のコンセプトイメージ図

日産モビリティハブ検討時のコンセプトイメージ図
パース作成=日建設計


次に2つめの取り組みとしては、日建設計グループが自主的な研究開発の一環として、渋谷未来デザイン・東急・東急不動産との共催により、渋谷において2021年11月10日〜13日に実施した「SMILE(Shibuya Mobility and Information LoungE)」実証実験がある★14。この実験では、渋谷の2カ所(東急百貨店本店前および渋谷ソラスタ前)において歩道に隣接する空地に、日建設計 Nikken Wood Labが企画・プロデュースした「つな木」を活用した木質のファニチャーにより、地域の情報提供や滞留空間の創出を行うとともに、LUUPによるシェアリング自転車・電動キックボードのポートを併設し、回遊範囲の拡張効果を検証した。とくに、東急百貨店前においては、当該地より北側に位置する「奥渋」エリアへの移動創出を狙いとし、奥渋エリアにおける店舗・施設情報を掲載したポストカードをファニチャーの側面に配置し、通行者へのアピールと立ち寄りや移動などの行動喚起を図った。実験の結果、移動の観点では、2つの拠点を中心に自転車やキックボードによる1〜3kmの移動が発生し、回遊範囲の拡張効果を実証することができた。さらに、4日間の短い実験でありながら、シェアリングポートとしての利用者認知も進み、渋谷ソラスタ前では、バス停の降車客がそのまま目の前のシェアリング自転車に乗り換えるという行動もみられ、モビリティハブ本来の乗り換え拠点としての機能も発揮した。また、滞留行動の観点では、「SMILE」(笑顔)のアイコンとしてのU字のハンモックベンチや、地域情報のポストカードウォールなどの空間・情報デザインによる人々の立ち寄り行動も確認することができた。

SMILE東急百貨店本店前の風景

SMILE東急百貨店本店前の風景
撮影=日建設計


SMILE東急百貨店本店前におけるアクティビティ

SMILE東急百貨店本店前におけるアクティビティ
撮影=日建設計総合研究所


SMILE渋谷ソラスタ前の風景

SMILE渋谷ソラスタ前の風景
撮影=日建設計


上記の取組事例は、まだまだ構想・検証段階のものであり、実装や持続的な活用を行っていくうえではいろいろな課題がある。しかし、ビジョンを示し、検証するという取組を積み重ねていくことが、関係者間の認識や目的を共有するうえでも重要であると考える。とくに生活圏でのまちづくりを充実させていくうえでは、住民もプレイヤーとなりながら取組を実践していくことが必要だろう。新しい生活圏のあり方を構想・構築していくためには、新しいビジョンを描きながら、空間デザインやモビリティサービスなどのソリューションだけではなくまちづくりのプロセスや体制を含めたアプローチの革新が求められる。




★1──https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2021/12/09/06.html
★2──https://resemom.jp/article/2021/08/31/63350.html
★3──Googleロケーション履歴をもとにGIS上で集計。「都心」はおおむね都区部を包含する範囲として皇居を中心に18.5km内、「東京圏」はおおむね東京多摩地域の大部分および隣接する他県の主要都市を包含する皇居を中心に50km内の範囲、「東京圏外」は「東京圏」より外側の範囲とした。
★4──Haruka Kato, Atsushi Takizawa & Daisuke Matsushita “Impact of COVID-19 Pandemic on Home Range in a Suburban City in the Osaka Metropolitan Area”, Sustainability, Vol.13 Issue16, No.8974, 2021.
★5──「ParisEnCommun」Twitterアカウント、https://twitter.com/ParisEnCommun/status/1219580413540290560?s=20
★6──ヴァンソン藤井由実「パリに見る新しい都市像──都市空間の再編成をもたらした道路空間の再配分」(『運輸と経済』No.894、交通経済研究所、2021)
★7──Piotr Marek Smolnicki, “Mobility Oriented Development (MOD): Public-Private Partnership in Urban Parking and Traffic Management with the Use of Autonomous Automobiles, Car-Sharing, Ridesharing Modes of Transport and Mobility as a Service (MaaS)”, Happy City - How to Plan and Create the Best Livable Area for the People: Springer International Publishing, 2017.
★8──北村隆一+森川高行編著『交通行動の分析とモデリング』(技報堂出版、2002)
★9──原広司「空間の文法」(『GA JAPAN No.29』A.D.A.EDITA Tokyo 、1997)、および原広司「『ディスクリートシティ』と〈実験住宅 ラテンアメリカ〉をめぐるディスクール」(『ディスクリート・シティ』TOTO出版、2004)
★10──拙論「移動のモチベーションを喚起するニューノーマル時代の地域拠点」(https://note.com/nikken/n/n7a7059d4e9e2)、および三好健宏+吉本憲生+桃谷英樹「自動運転・MaaSの普及を見据えた都市ビジョン エリアを活性化させる新しいモビリティコンセプト」(『新都市』2020年1号、都市計画協会、2020)
★11──牧村和彦「移動×都市DXの最前線──モビリティハブが都市の価値を変える」(『建築雑誌』2021年12月号、日本建築学会、2021)
★12──安藤章「後世まちづくりの礎になるモビリティ革命を考える──集約型都市構造の視点を踏まえ」(『都市計画』353号、日本都市計画学会、2021)
★13──本実験の企画・運営・検証を日建設計総合研究所、空間デザインを日建設計が実施した。また、実施にあたっては、YADOKARI、黄金町エリアマネジメントセンター等の協力をいただいた。
★14──本実験の企画・運営・検証を日建設計総合研究所、空間デザインを日建設計Nikken Wood Lab が実施した。また、実施にあたってはほかに渋谷区、東急バス、LUUP、nearMe、DNP、Hakuju Hall、白寿生科学研究所、東急百貨店、東京都市大学都市空間生成研究室、Intelligence Designの後援・協力をいただいた。

吉本憲生(よしもと・のりお)

1985年生まれ。2014年東京工業大学博士課程修了。同年博士(工学)取得。専門領域は、都市解析・都市評価、空間行動・モビリティデザイン、近代都市史。横浜国立大学大学院Y-GSA産学連携研究員(2014〜18)を経て、株式会社日建設計総合研究所主任研究員。

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公開日:2022年01月26日